第一章10 「安らぎ(?)の宿屋」
Side快
白魔の森へ向かうのにまずは準備をする。防具屋みたいなところで動きを阻害しない程度の皮鎧を買い、野宿をするのでテントを買い。といった具合だ。馬をギルドが用意してくれるのとのことだったので足については心配ない。……と言ってももう夜だ、宿を探して今日は休むことにする。
「”ノルダムの端っこ亭”……ね」
何とも言えない名前だが、ギルドから紹介された宿屋なのだからしょうがない。なんでも食事も美味しい事で有名な宿屋らしい。見た感じは木造のいかにもファンタジーな宿屋という感じなのだが……。
「いらっしゃいませ!!」
宿屋に入って初めに聞こえて来たのは元気な女の子の声だった。10歳くらいの少女でいかにも看板娘って感じの活発そうな女の子が立っていた。
「泊まりたいんだけど、部屋空いてる?」
「はい! 宿泊の方ですね。今女将を呼んできますので待っててください」
丁寧な口調で受け答えした少女はカウンターの横にある扉に消えていった。どうやら受付をする人は別にいるようだ。そしてしばらくカウンターの前で待っていると、扉の奥から30歳くらいで、肝っ玉母さんという言葉が似あうであろう少しふくよかな女性が出てきた。
「泊まりたいっていうお客さんはあんたかい? うーん……見たところどこかの道場の人みたいだけど」
「あぁ、ギルドから紹介されてな。泊まるならここがいいとギルマスのおっさんに言われてな。それに道場は暫くやめて冒険者で生計を立てようかとね」
「あら、そしたらガインに紹介されてきたのかい? 腕っぷしのいい奴なら道場よりそっちの方が羽振りが良くなるわね」
「あぁ、俺もそう聞いてね。……ちなみになんだが、ガインってのはギルドマスターの事か?」
「そうだよ。なんだい名前知らなかったのかい?」
……あのおっさんがガインなんてかっこいい名前だったのか。知らなかったよ。
「ちなみに言うと、あたいの旦那さ」
「……自分の嫁さんの店だからあんなにすすめてきたのか」
実はこのお店を紹介してもらうときにギルドマスターがやたらとこの店のことをほめていたのだ。そこまで言うのだから、さぞいい場所なんだろうなと思っていたのだがどうやらただの自慢話だったみたいだ。
「とりあえず今日一日で頼む」
「一泊だけなのかい?」
「あんたの旦那に遠征を頼まれてね。明日朝早く出るんだ」
「……可愛らしい顔をしたあんたにかい?」
「顔は関係ないだろう。とりあえず旦那よりは強いよ」
冗談だと思ったのか女将さんは俺の肩をたたきながら気分よさげに笑う。
「そうかいそうかい、それなら心配はないね」
「お母さん。お客さんを待たせちゃ悪いよ」
女将さんの隣でおとなしく待っていた少女が声をかける。……あの筋肉達摩のおっさんの娘とは思えないほどに可愛らしい女の子だ。髪の色は茶髪で肩にかかる程度の長さだ。幼さの残る顔ではあるが少し大人びているようにも見える。おかみさんの昔はさぞ美人だったのだろう……今はどうかは言わないでおこう。
「そうだね。じゃあ一泊分で銅貨2枚だよ」
「これでいいか?」
ショタ神が持たせてくれた銅色の硬貨を女将さんに手渡す。いろいろと旅の準備をしたときに使ったので今は少し心もとない。
領主からもらった前金は使わずにとっておく。……後々残しておいた方がいいと思ったのでね。
「確かに。それじゃあ部屋は3階の一番奥だよ。案内はうちのアンナにしてもらうかね」
「わかった。それじゃあお客さんついて来てください」
俺はおっさんの娘アンナについていき部屋へと無事にたどり着いた。……まぁ案内がなくても大丈夫だったけど。
部屋の中はシンプルで、ベットと机が置いてあるだけの部屋だった。しかし埃などは一切なく、とても清潔な部屋だった。
「さて、この街に着いて……というか、ギルドへ登録してさっそく面倒ごとに巻き込まれたわけなのだが。これはショタ神が仕組んだことなのか……」
『いや、僕じゃないよ』
ベットに横たわり、独り言のようにつぶやいた言葉に反応するようにショタ神の声がした。
「……随分とご無沙汰だな。ショタ神」
危うく驚いて変な声が出るところだった。……宿屋に泊まって早々奇声を上げる人間だと思われたくないのだが。
……今後もこういうのが続くだろうから、あきらめたほうがいいのかもしれないな。……どうせならやめてほしいものなのだが。
と、こう俺が心で思っている事もあっち側には漏れているんだろうな。
『大丈夫だよ。僕が君に意識を集中しているこの時にしか聞こえないから』
「普段の生活まで覗いていたら一発殴っているところだな」
『おぉ怖い怖い。そうならないように気を付けます!』
敬礼のようなポーズをとっているのが目に浮かぶようだ。……おどけているかのように話すショタ神に少しイラついたが、まぁいいか。
「とりあえず報告……というか文句だな。なぜあんな森の中に転移させたんだ?」
『あぁ、それ? あれは僕が決めたんじゃないよ。というかあそこしかなかったんだよね。僕も自由にはこの世界をいじれないからさ、唯一いじれたのがあそこだったっていうのが正解だね』
「神様も万能じゃないってことね」
『そうそう。魔力が多ければ、僕がいじれるようになると思っていてくれていいよ』
「ショタ神が魔力を作ったからか?」
『おぉ! すごいすごい! よくわかったね。そういうことだよ。僕の力に耐えられるのは僕の力を多く持っている生き物、あるいは場所に限るってことさ』
「ということは、あの森には魔力がたくさんあると」
『そういうこと、だからあそこを調査するのは僕からもお願いしたいかな』
どうやら自分がいじれる場所はなくしたくないらしい。
『それもあるけど、せっかく僕の話を聞いてくれる人がいるんだから、僕の世界をより良い方向に向かわせるためにも働いてほしいじゃん?』
「なんだかお前に踊らされているかのようで気分があまり良くないが、やってやると一度言った手前降りられないのがつらいな」
『変な意地を張るからそうなるんだよ』
「いらぬお世話だ」
そのあとはちょっとした雑談をしたのちに、ショタ神との会話はお開きになった。……どうせなら森の中にいた時も話しかけてきてくれたほうがいろいろと助かったのだが。まぁあいつのことだ、あたふたする俺を見て笑っていたのかもしれない。
「……とりあえず、寝よう」
あまり神経質にならないように今日はもう休もう。明日から始まる白魔の森探索に支障が出ても嫌だしな。
異世界で初めてのベットの感触はどうもいい心地だった。
要約
明日の出発のためにいろいろ買い込んだ主人公。そこでギルドマスターが紹介してくれた宿屋へとたどり着いたのだが、そこはギルドマスターの奥さんのお店だった。寝る直前にショタ神から連絡があり、神様直々からお願い事を受ける。
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