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茶道部シリーズ  作者: はせがわ
吉川実佳と四条壱 その1
4/4

新茶と季節の練りきりをすこしずつ4(完結)

 文化祭当日のお手前は大盛況だった、というのが実佳の感想だ。他にも色々思う所はあるようだが、結局のところ実佳の危惧していたような『大失敗』は起こらず、細々としたミスはあっても誤摩化せる程度であった。

 茶道で最も大事な物は、相手をもてなす心なのである。作法などは大切ではあるが、その気持ちには敵わない。


「それに先輩だって、なんだかんだ言って噛まずに言えたじゃないですか。えらいえらい」

「違いない。おたくはもっと楽観的に構えればいいんだよ」


 水屋の子が一人、正客として入ってくれたこと。四条が客として来てくれていて、何故だか緊張が上手い具合に解けたこと。いくつか要因はあるけれど、本当に無事に終わって良かったと、実佳は思った。

 文化祭終了後の作法室。文化祭のお手前は部員全員浴衣を着ていて、今もまだそのままだ。

 反省会と称して、自分たち用に確保していたお茶菓子を出してきて、それぞれ勝手にお茶を点てていただく。それが茶道部の恒例行事でもある。


「あ……」


(そういえば私、まだ四条くんにお礼を言えてない)


 忙しい時間の合間を縫って美術部の展示を見に行きはしたが、タイミングを逃したらしく彼自身には会えなかった。直接お礼を言いたかった実佳としては、不満の残る結果だ。

 急いでお茶菓子とお抹茶を頂き、立ち上がる。


「ちょっと、私行ってくるね」

「ちょい待ち。せっかくだから、お茶点てて行けば?」

「え? ……うん、そうする」


 きっと実佳が何処へ行こうと思ったのかなんて、理有にはお見通しなのだ。おとなしく頷くと、実佳は水屋に向かって、お茶を点てる。別に帰ってこなくても構わんからね、という理有の声を背中に受けながら。





     ◇






 二度目にやってくる美術部の部室前。このあいだ程ではないにしろ、やはり慣れない。今回は、自分が四条に受け入れてもらえるのか、という不安を抱えている所為か、クラブハウス独特の雰囲気に妙に拒絶されている気分になった。それでも、勇気を持って足を踏み入れたのは良いが最後の砦、扉に阻まれる。ノックをしようと思い、持ち上げた腕を下げ、またドアの前に出し、を繰り返した後、実佳はため息をついた。


(何をやってるんだろう……)


 早くしないと、せっかく点ててきたお茶も冷めてしまう。いいや、と半ばヤケになりながら先ほどまで宙をさまよっていた手で扉を叩いた。

 どうぞ、とくぐもった声が聞こえて、実佳はドアノブに手をかける。

 キィッと音を立てて扉が開く。


「あれ……吉川さん? なんか用?」

「展示見に行ったんだけどね、会えなかったから。タオル返そうと思って。洗濯もちゃんとしました! えっと、あとはコレ! 差し入れ、みたいな? お茶菓子もねぇ、持って来られたらと思ったんだけど、食べちゃって」


 実佳は、作法室で点ててきたお茶を差し出した。おずおずと受け取る四条。


「サンキュ」


 じっ、とお茶碗を眺めたあと、口をつける。前ほどのドキドキ感は無いにせよ、やはり言葉にしにくい妙な感覚がある。他の人には言ったことが無く、もしかしたら自分だけがそう思っているのかもしれないな、と実佳はこっそり思った。


「あ、やっぱりなんとなく味が違うな。さっき、俺も茶道部のお茶会行ったんだけど」

「水屋のみんなのも上手なんだよね。すごい数点ててるもん」

「いや、でも……俺はあんたがお茶を点ててるとこ、結構好きだったよ」


 さらり、と他意も無くそんなことを言うから、始末に悪いのだ。実佳はそう思って文句を言いたくなったが、なんと言えば良いのかも分からずに黙り込んだ。


「さ、さんきゅ?」


 四条がよく使うお礼のワードを用いて、誤摩化した。四条はそれに吹き出しはしたが、なにも突っ込みを入れることはない。なんとなく気まずくなって、実佳は慌てて言葉を継ぎ足した。


「あ、四条くんの絵もちゃんと見てきたよ! どどんって飾られてて、おお! って思った! 私、四条くんの作品のファンだからね! もうちょっと小さかったら、家に飾りたいくらい」

「そんなこと言うと、照れるから止めろ。あと、俺が調子乗る」


 ほんのりと顔を染めて俯きながらボソリ、と呟かれた言葉。その様子が可愛いと、実佳は思ったが言わなかった。代わりに少し笑いを零したあと、続けて言う。


「……調子乗っても良いのに」

「だから、そんなことを言うと勘違いするだろ、ほら……」

「へ? だから、勘違いじゃないってば」

「……まあ、いいや。今度描いてやる。いらないって言っても押し付ける」


 完全にふぃっと顔を背けてから、四条は宣言した。いらないと言うつもりなんて、毛頭ないのに。実佳は思ったけれど、口に出さない。


「つーか、そろそろ帰るか。えっと、このお茶碗、どうしたらいいんだ?」

「あ、じゃあ、私が持って帰る。今日はもう部室帰ってこなくていいって言われたし」


 実佳はお茶碗を受け取って、割れないようにと自分の布巾で包むと、そっと鞄の中に入れた。

 そして、先に部屋を出た四条のあとに続く。


「そういえば、朝は結構見かけたりしたけど、一緒に帰るのは初めてだよね」

「そう、だな……」


 自覚すると、急に気恥ずかしくなって、二人して無言になってしまう。この沈黙の空間も別に嫌いじゃないな、と実佳は思った。

 こっそりと盗み見た横顔が何だか今まで見たことの無いような表情で、でもきっと自分も同じような顔つきをしているのだろうと思うと、なんとも言えない気持ちになった。

 クラブハウスを出ると、もう日は落ちかけていて少し薄暗く、なんとなく不安になる。それを誤摩化すために、実佳は四条のショルダーの紐を掴んだ。それに気付いても、四条は振りほどかない。

 ふと、お互い顔を見合わせて、意味も無く笑い合う。もう生徒がほとんど残っていないだろう校舎に、二人分の笑い声が静かに響き渡った。



     The End.

本編はこれにて完結です。お付き合いありがとうございました。

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