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ぱあと7 頂点君臨!眞喜志様

 後ろで雷が落ちたような黄色い声がしたのを機に、俺は更に速度を上げた。

 間違いない。奴は校門から半径10メートル範囲に居る。

 イラン・イランの匂いで確証をつかんだ。

 とっとと教室に入ろう。テスト前を有効に使おう。

 いや…もしかしたら俺の姿に気が付いた後かも知れない!

 ちっ、と舌打ちをして、花壇を飛び越えグラウンドを突っ切り、ショートカットで生徒玄関へ向かう。

 猛スピードで上履きと下履きを履き替える。バスケのピボットの如く身体を捻り、廊下を突っ走り、あえて教室からは遠い西階段を二段抜かしで駆け上り、二階に到着、あと少しで三階にたどり着かんとして――

「なにを逃げるんだい 菓子少年・市原イチハラ カサネくん。相変わらずお茶目だなあ」

「出た」

 あっけなく、捕まった。



 でびるにお願いっ! ぱあとせぶん



 階の中間の踊り場で、先回りされていたとは 迂闊うかつだった。

 イラン・イランを振り切ったと思ったのに、森本を置き去りにしてまで逃げたのに、相手は目の前にばーんと立ちはだかっていた。

 こんなことってあるか? 全速力で振り切ったのに、なんですずしい顔して待ってんだよ!?

「つれないなあ。君から 幽霊や悪魔のたぐいのように出た、と言われるとは心外だよ。せっかく裏門からVIPルートを通ってきたというのに」

 息の上がっている俺の思考すら先回りして、相手は語る。切れ長の瞳が、自信満々に見下ろしていた。カリスマあふれるその容姿。どこぞから追い風が吹く。階段上から威厳いげんバリバリに立ち往生されたら、誰でも気圧されるだろう。

「ホラホラ、どこのADV(アドベンチャー)にも美形耽美(たんび)青年が居るものだろう? その期待を一身に背負って 場に登場したのが、このワタシというわけさ」

 そして俺は、あきらめると同時にげんなりした。

「トートツに言われても分からないから。っていうか、マキシ先輩 男じゃないだろ」

 マキシ先輩、こと眞喜志マキシ ユウ先輩は、ヅカの男役を模しているような麗人だ。

 鼻持ちならない坊ちゃんのような喋り口調だが、勿論もちろん喉仏もない。制服の上でも分かる緩やかな曲線は、正真正銘端正な女性だった。 ご丁寧に、今は踊り場の窓を全開にして(風を受けつつ)俺を待ち伏せしていたらしい。

「……ふうん? ならば聞こう。ワタシを見て逃げるとは、一体どんな照れ隠しの表れかな」

 すっ、と踊り場の足が前に伸びた。ジャケットの上に緩く締めた紐ネクタイが揺れ動く。男子用のズボンを着こなしているのが 破天荒はてんこうなマキシ先輩らしかった。

「それに君は、ワタシが男ではないと言ったね。前にもいたはずだよ……なんと呼べばいいのか、とね」

 まるで赤絨毯レッドカーペットの上でも歩いてくるかのような 軽やかな仕種で、階段を降りてくる。 

 ……俺は、先輩が数歩近づいてきた分、同じだけ後ろに退いた。本能で危険を感じ取ったからだ。

「男女の差など、美の前では無に等しくなるのだよ、重くん」

 横で一つ結びにした髪の束が、さらりとなびく。数秒経って、先輩がまた動いた。俺はまた 後退あとずさりする。

「君も知っているだろう? カーテンコールのたびに聞かれる拍手喝采(かっさい)恍惚こうこつ境地きょうち魅入みいる客席……。それはワタシが 性別という垣根を越えて、美の頂点に君臨してしまっているからだ」

 自信家特有の、不敵な笑みを見せる。

 女王でもない。帝王でもない。自分のことは頂点トップと呼べと、オーラが物語っていた。

「…あ、そういや先輩も演劇部だったっけ」

 と、目をらしつつ 事実にふたつ気が付く。

 ひとつは、身近な人間でここにも演劇部が居たということ。できることなら遠ざけたい人間だったりしたので概念がなかった。というか、先輩の貴人(奇人)振りのイメージが強すぎて忘れていた。

 そして もうひとつは――壁に追いやられてしまった俺が、もう後ろに下がる場所はないということだ。

「そうとも、れっきとした部長を務めているがね」

 柑橘系の香りが 風に乗ってやってくる。先輩の声は、暗に 動くな、と言っていた。

「なら聞きたいことあるんだけど。 …和谷ワヤって知ってるか」

 なんとかしようとして、ついあの女子の名前を口に出してしまう。尋ねてから、ヤバいと反省した。今の状態、交換条件として提案しているようなモンじゃないか。

 口の中で名を繰り返した後、先輩は口元に指をてつつ答えた。

「ああ、新入生の女子か。彼女がどうかしたのかい」

「そいつ素行とか悪い? ……すぐ手が出るとか、踏みつけるとか情緒不安定だとか」

「いいや? 今度の劇の主役に抜擢ばってきされて、皆の期待を一身に背負っているよ」

「――主役?」

 単語を鸚鵡おうむ返しして目線を元に戻した時、あろうことか先輩は俺の眼前に居た。

 親指と人差し指で、俺のあごを持ち上げる。

「っ!」

「ふふ……それより、重くん?」

 俺より数センチ高い口元まで固定させたかと思うと、先輩は妖しく笑った。

 いい人ではあるのだが、この先輩は演劇部ということもあって リアクション・言動共に暴走気味なのだ。なんでだか学校のアイドルに君臨していて、俺の反応が面白いのか見かけるとすぐこうやって逃げ道をふさいでからかってくるのだが――

「覚えているかい。1年前、初対面にも関わらず うるんだ瞳でせがんできたのは誰だったかな。我慢できないと言った君の顔……ワタシはよぅく覚えているとも……」

「猛暑日に 俺が自動販売機の前で10円足らずにもがいていた事実はハショるつもりだろ、先輩」

「それからというもの、ワタシも君の純情そうで積極的な面にうっかりほだされてしまっていたよ……」

「俺は先輩のいっそ清々しいまでの独壇場どくだんじょうにうなされてるけど」

「そうとも、下肢なんていろんな瑕疵かしをつけたくなるほど菓子っぽいじゃないか」

「カシカシ何言ってるんだよ。目線下にして俺のどこ見てるんだよ」

「おや、恥らっているのかい。……でもね、君の拒否権よりワタシの行使権のほうが優位なんだよ……?」

「あの〜、先輩はからかって楽しいと思うんですけどね、こういう現場を見られると男子にも女子にも俺の評判がいちじるしく下降してしまってですね……」 

 先輩を遠ざけたい最大の理由ゆえに、俺は日ごろから事項をつくり実行していた。

 その1、イラン・イランの香りをいだら即逃げろ。 

 その2、生徒の歓声を聞いても即逃げろ。 

 その3、遭ってもフットワークを軽くしてなんとしてでも即逃げろ。

 何故なら こうやって先輩とやりとりをしていると、どこからか……


「キャーッ せがんできたなんて1年前になに仕出かしてるのよ!? この不潔魔!」

「オレらの眞喜志さんに楯突くとはいい度胸だぜ!」

「みなさん来て! 我らが眞喜志さまにハエが! 羽虫が! ちょこざいな蛆虫うじむしが〜〜!!」


 ……って おいおいおいどっから出てきたんだよこのギャラリー!?

  

「おやおや 美の頂点に立っていると うかうか重くんを誘惑することも出来ないね」

 満面の笑みで、俺の首元から先輩が手を離す。ほっとしたのも束の間、頬に柔らかいものが触れた。

「キャーーーーッッ!! ケダモノが眞喜志さまの唇に頬を擦りつけたわ〜〜〜!」

 逆!逆! 先輩が挨拶あいさつ代わりで俺の頬に! 

「明日の練習にご招待しようか。……素晴らしい演技を披露してくれるはずだから、期待の星が」

 マキシ先輩、絶対(たの)しんでるだろ。ルイアントーゼが確信犯なら、あんた愉快犯だろ。

 怒号の嵐の中、俺は テスト日の貴重な朝に学校で勉強が出来ないばかりか、学校イチのお尋ね者になるという、先輩の素敵な置き土産みやげを食らうことになった。


 <ぱあとせぶん 終了>

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