ぱあと6<ににちめ☆>一秒で見つかる答え
朝。俺は、コンビニの飲み物の棚の前で苦渋の選択を強いられていた。
ガラス引き手の棚には、500mlのペットボトルがずらりと並んでいる。茶系の隣は炭酸系。そして取りやすい位置に置いてあるのが、キンキンに冷え切ってそうな黒い飲み物……
……替えるべきか意志を貫くか、それが問題だ。
俺は登下校中 路地を歩きながらコーラを飲むのが好きだった。ちょっとした贅沢でもあり、週に五日はコンビニに立ち寄っている。中でも、胡椒お医者様という名のコーラがお気に入りだった。誰がなんと言おうと毒々しくて癖になってやめられない、麻薬のような味が魅力なのだ。
それを、こともあろうにあのゴスロリッ子は 人の嗜好をとやかく言ってきた。なんだよ大手二社じゃなきゃ飲んじゃいけないのかよ! 限定チェリーバニラ味を求めちゃいけないのかよ! ああでもそういえば他のコーラも無難な味でイケるんだよなあ……今日ぐらい浮気して飲んだっていいよなあ…いやでも……
頭の中でぐるぐると思考を巡らしていた俺は、こうして5分強、ガラス棚から動かなかったわけだ。
で、考えあぐねて、出した結論。
「俺の意志は……常に変革と共にある!」
一念発起した俺は、取っ手を引き、ずらりと並ぶ大手一社に手を伸ばした――!
「――よォ市原! 今日も迷わずドク○ー・ペッパーかァ?」
「だああああっ」
ぽむっ。絶妙のタイミングで背中を叩かれたせいで、危うくつんのめりそうになってしまった。
後ろを振り返れば、逆毛金髪の相手が 機嫌良く笑っている。
「もっ……森本か…」
腰で履いたズボンから、小銭とベルトのバックルの音とでじゃらじゃら鳴って聞こえてくる。陽気でラテン系気質な帰宅部の森本は、財布を持たない主義だった。
「相変わらず好きだよナァ、ソレがよう。ま、意志を貫くってのはいいことじゃネーの?」
「…………」
ウラオモテのない顔が、今日はいつになく残酷に思えた。
本日も限定チェリーバニラ味決定。
でびるにお願いっ! ぱあとしっくす
「あー学生はツライよなァ。昨日も今日も明日もテストでよォー」
ゼリー型朝食を揉み飲みながら、そんな愚痴を吐いたのは森本だ。風シリーズ400CCバイクが似合いそうな風貌の森本だが、実際は電車通学&徒歩で登校していた。
あのコンビニは駅と学校に行く十字路に面していることもあって、登下校中の生徒が買いに来る。徒歩通学で通っている俺は、電車通学の森本と出会うことがたまにあるのだ。
森本のやや後方を歩きながら、結局いつものチェリーバニラのキャップを回した。景気付けにごくごくっと炭酸効いたカフェインを飲んでやる。いつもの薬っぽさにちょっと悲しくなったが、胡椒先生に罪はない。
銀杏並木が植えられた学校までの道のりには、他の生徒たちもちらほら見えた。
テスト期間中は 皆最後の足掻きをしようと、少し早めに家を出てくるものなのだ。
「にしても、昨日の一件知ってるかァ、市原」
前を歩く森本が振り返った。なんだよ、と先を促す。
「昨日の世界史ン時、変な放送流れてきただろー? 雑音酷くて聞き取れなかったけどよォ。あれ、どっかのガキが放送室入って 放送ジャックしてたらしいぜぇ?」
「ごふっ」
飲んでいたコーラを吹き出した。
「最近のガキも大胆不敵になったモンだよな〜。その後 教師が見つけて追っかけて逃げられて一時騒然となったとかなんとか。 学校の誰かに呼びかけてたってハナシ?」
「……へぇ〜……」
きゃるんっと明るくウインクする例のゴスロリッ子の姿が脳裏を過ぎる。
『あー えっとねぇカサネ、聞こえる〜〜? 今からキミを呼び出したヒトのところに転送するね〜☆』
それとともに、ノイズの掛かった能天気な声も。
……放送使ったのか、あいつは!
今頃わかった。昨日のあの召喚とかほざいてた声は、俺の頭だけに響いたんじゃない。放送室のマイクを使った、全校に響き渡る声だったのだ。
道理で左垣ちゃんとミギが一階の廊下に出てきたり、放送室が騒がしかったわけか……
「でも今日はもーちっと音量上げてジャックしてくんねェかなァ。そしたら試験だって中断されて延びっかもしんねェだろ〜?」
なにも知らない森本は、暢気にそんなことを言っている。
…おかげで俺は、連鎖で昨日の一件も思い出してしまった。
『――いいこと考えちゃったんだ。そのコの希、調べてみようよっ』
夕方、部屋で煎餅をたいらげたルイアントーゼは、至極当然に提案しやがったのだ。
『はあぁ!? だから俺今試験期間中! 見えない?この教科書ノート参考書広げてる状況で空気読めない? せめてテスト終わるまではって言ったよな!?』
だが妥協案もルイアントーゼにはどこ吹く風だった。『だってキミは認定された悪魔だし、そのコはキミの主人だし☆彡』とはゴスロリ娘の言い分だ。
『事情聴取ぐらいはできるはずだよ〜。うん、ボク カサネはやれるって信じてる』
『昨日会ったばっかりのオマエに信じられても困る』
『ボクはボクで調べてみるから。じゃ、知り合いとかツテとか探して頼って頑張ってね〜っ』
ひらひらりんちょと手を振られ、一方的に話を打ち切られた此方としては、たまったものじゃない。
なにをどうすれば、テスト期間にそんなことをする大義が見付かるんだ、俺。
「だいたい、あの女子と共通の知り合いなんて知るかよ……」
残り少なくなったコーラをごくりと飲む。
「……」
一秒で答えが見付かってしまった。昨日の一件で遭遇した女子は、むちゃくちゃ左垣ちゃんと知り合いらしかった。
部活とか話していたから――左垣ちゃんが顧問の部ってことか? そうしたら昨日の女子は、演劇部ってことになる。
『解ってるんです。新入生が先生に言ったって、どうしようもないって』
「……あいつ…新入生か」
「なんか言ったかァ?イチハラ」
「あ、いやこっちの話――ん? ……ふぇっ、ふぇっくしょんっ」
だが、げんなりする俺に追い討ちを掛けるかのごとく、その『香り』は突如として漂ってきた。
ふわり、と風に乗って鼻腔に届いたのは、柑橘の匂いだ。
男女問わず好かれそうな、柑橘系の爽やかな香り。付けすぎというわけでもなく、あくまで仄かに、上品に漂ってくる。
だがその匂いで確信を持つと、俺は思わず飛び上がった。あたりを見回した。
校門には不審者とおぼしき影は見当たらない。だが、間違いない。
この、例えるならイラン・イランしまくっている悪寒のするようなハジけた香りは。
『ロゼ・クロワ』ブランド新番02564『ブラン・フェニクス』もとい柑橘系の香水……っ!
遠くで聞こえる女子の歓声で確信した。寒気がする。この感覚は、ヤバい。
「……森本」
歩きを止め、ため息をオーバーに見せつけて 森本の肩をぽんと叩く。
「俺、逃げるわ」
「ハァ?」
「なんか 疲れる相手が来るっていうか、俺の価値むやみに下げられる危険性があるっていうか。じゃ、またなっ」
「あ、オイ市原よぅ―― ……ハッ、あのお方は!?」
後ろでまた歓声が聞こえたが、俺は構わず早歩きのままその場を去った。
<ぱあとしっくす 終了>