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ぱあと5 重い場面にいるときの心得

 からら〜〜ん、とテスト終了の鐘が鳴っていた。

 手首をつかみながら、廊下をひた走る。保健室、職員室、校長室、そして何故か騒がしい放送室の前を通り過ぎ――西階段をざかざか昇っていく最中で、逃亡犯が「あのっ!」と叫んだ。

何事かと振り返ると、ばしっと手を振り払われる。

「どうして……逃げたり、したんですかっ」

 二・三階間の踊り場で、荒い呼吸を繰り返す和谷。突然の猛ダッシュは、この女子にキツかったらしい。

「決まってるだろ、面倒だからだ。あのミギにからまれたら夜まで拘束こうそくされるんだからな」

「じゃなくて、なんで私があなたに連れ出されなきゃならないんですか」

「ノリで」

「……」

 正直に即答したのに、返ってきたのは呆れた表情。コール&レスポンスをする気もないらしい。

 でも本当にそれ以外 言いようがなかった。

 余計な詮索せんさくをし出したミギに、召喚がどうの使い魔がどうのと説明できるはずもない(というか奴に話す時間が勿体もったい無い)。

 こいつと いつもと様子が違う左垣ちゃんをそのままにしておけなかった、というのもある。

 あの時、左垣ちゃんと和谷の間に流れる空気は、どこかぎこちなかった。

 余裕のない左垣ちゃんってのも初めて見たし、こいつはおびえているようにも見えたし……

「なにがあったか知らねぇけど」

 そういやなんで 左垣ちゃんもミギも廊下に出ていたんだろうか。

 ふと疑問がぎったが、糸口を探すより まずは目の前の奴に切り出してみた。

「左垣ちゃん、いい奴だぞ。なんか誤解があったんだよ。今度腹割って話してみろって」

「……誤解なんて…最初からありません」

 和谷が視線を反らす。ぽつりとらした科白せりふが気になった。

「解ってるんです。新入生が先生に言ったって、どうしようもないって」

 弱々しい声、と思ったのはほんの数秒だ。立ちすくむ相手を見やると、眼鏡の奥の目が不自然に突っ張っていた。

 斜めに首を傾けた和谷の頬に、髪の束が流れている。それを振り払おうともせず、和谷は 行き場のなくした手でスカートのすそを握りしめた。

「そうよ、みんななにも知らないくせに…私にはなにもないのに……っ」

 …………。

 えーと。

 あれだ。俺、今、なんかすっごい重いシーンにいるのか?

 もしここでドン・マイ☆ と声を掛けたら、きっと周りの調和は瓦解がかいするだろう。

 空気が白々しいものに変わってしまうだろう。……それはそれで楽しそうだが、やめておく。

「あのさあ。事情はよく飲み込めてないけど」

 和谷が顔を上げる。顔に掛かった髪の毛の束が、さらりと元の場所に戻った。

 独白した声は鼻声でもなかったのに、眼鏡の奥の瞳が潤んでいたので どきりとしてしまう。

「知らないのはあたりまえだと思うぞ。百パーセント相手に理解してもらえるなんて、まずありえないだろ」

 正面切って異性の泣き顔を見てしまうと、自分が悪いような気がしてくる。

 家族の妹にしたってあんまり泣かない奴だから――慣れてないのかも知れない。

「それから、評価と価値は違うからな。なにもないなんて 自分が卑屈になって決めてどうするよ」

「!」

 相手の右手がすっと斜め上に伸びた。反動の動きで、いだ後のような風圧が起きる。

 ――平手打ち!と直感し、咄嗟とっさに手首を引っつかんで動きを止めた。

「……ちょっ……」

「話を最後まで聞けっての。だから価値を自分で決めればいいだろ」

 びっくりした顔が目の前にある。瞳孔どうこうが開いた双眸そうぼうを見て気付いた。

 手首を捕まえようとして、結果、相手に顔を寄せてしまっていたのだ。

 さながら、壁際に女子生徒を追い詰めて、強引に迫っている男子生徒……。


『だって、ここは重がいるから平気だろ。おれはおれの今の場所に戻る、それだけだよ』

 ……って、何でこんなときに弟の返答が浮かんでくるんだよ!?


「手助けしてやろうか。俺はおたくの使い魔になったらしいからさ」

 ここまで言ってしまえば、後は野となれ山となれ伐採地ばっさいちとなれ。

 四の五の細かいことは考えないようにする、それが俺だ。割と繊細だけど。

「さ、ご要望をなんなりと言ってみやがれ、ご主人様?」

 高速の平手打ちが飛んで来る予想が十分していたので、相手の右手首を持ったまま――引くに引けなかったので 顔を近づけたまま――にかっと笑ってみた。

 爽やか度を当社比30%増量してお届けしたつもりだが、お客様の反応はというと。

「――――――最低っ」

 左足を思い切り踏みつけてきたことから、お気に召さなかったようだった。


 * * *


「と、いうわけで そいつに呼び出されて逃げられて追っかけてミギが以下中略、踏みつけられたんだ」

 回転椅子の背もたれに体重を預けつつ、俺は学校で起きた散々な出来事を簡単にまとめた。

「ほ〜。そんなことがあったんだ」

 突然現れて俺が使い魔だのなんだと告げたルイアントーゼは、ケープを外してティッシュで口の周りを拭き拭き 能天気に相槌を打つ。

「とんでもない奴だったぞ……あんなのに関わる奴の気が知れねぇな」

「まあまあ。それより、テストは抜け出してきて大丈夫だったの?」

 あれだけ盛大に食い散らかしたベッドの上は綺麗になっていた。

 自分の食べ終わった煎餅の袋を片付けるあたり、このゴスロリッ子にも一応のマナーがあると見える。

「ハハ、聞くな。おかげで誰にも気付かれずに済んだ」

「よかったねぇ」

 突然教室から消えても、大騒ぎになるどころか誰にも注目されなかった 影の薄い俺。

 …思い出したら涙がちょちょぎれそうになった。

「はあ、踏まれたせいで足は痛いし、散々な一日だった…」

 テストを終えてもクラスメイトには冷たくあしらわれるし、ヤレヤレと自室のドアを開けてみたら変なのはベッドでごろごろしてるし……ついてない。

「……ううん、カサネはすごいよ」

 と。壁を背にして ベッドの上に座っていたゴスロリッ子が、不意に俺を見上げてきた。

 いつもとは打って変わって 神妙しんみょうな面持ちだったので、レスポンスするのも忘れていた。

「だって 女の子の傍にずっと居てあげてたんだから…」

 彼女はおもむろに長いワンピースの裾を持ち上げる。無駄な肉のついていない太股がちらりと見えてしまう。神聖な儀式でもするかのように ベッドから床へ降り立つと、俺を真っ直ぐに見た。

「色々大変なことがあったんだよね? だったら……」

 身長が頭一つ分と少し下にある彼女との目線は、俺が今椅子に腰掛けているせいで 見下ろされる格好になる。

 星屑ほしくずちりばめたような大きな瞳――憂いを帯びていて、此方が迂闊うかつに声を掛けられない。

 それよりも 明らかに俺より年下の外見をした子が、こんな表情を向けられるのか?

「ボクはキミに言わなくちゃ……」

「な、なんだよ」

 のけぞってしまう。スカートの両裾を左手で押さえた彼女は、俺の肩にぽんと右手を置くと――

「ドン・マイ☆」

「………………」

 目が線になるくらい細くなってしまった。

 既にゴスロリッ子の姿はなく、スカートにこぼれた食べかすをゴミ箱に払い落としている。

 ああそうですか、ご丁寧に食べくずを払ってくれたわけで、一連の動作に深い意味はないのですね。

 というか、こいつにうろたえた俺がバカだったんですね。

「元気出たー?」

「ああ、よぅく分かったよ。そのセリフを爽やかに言われるといっそうムカつくってことが」

 和谷にホント言わなくてよかったと思った。

「で、カサネ、モノは相談なんだけどねっ」

 再びきらきらした目で言って、少し間を置く。確信犯だ。つまり本人に悪気がない困ったちゃんのことだ。

「……おせんべ食べたいな」

「さあ邪魔者はいなくなったし勉強するかー」

 回転椅子をくるりと回して、俺は勉強道具を机から引っ張り出す。

「まだいるよ〜。邪魔者じゃないよ〜」

「第一に俺は明日のテスト勉強をしなきゃならない、第二に渡せるほどの金がない、なので無理」

「ん〜、ニホンの心を知るにはまず食べ物からっ」

「ああ聞こえない聞こえない」

 後ろを振り切り教科書をめくる。明日のテスト科目は古典に物理に地学に数学B……一夜漬けで何処まで出来るだろうか。いやいや、明後日まで俺生きていられるんだろうか。

 幸せが逃げていくと分かっていながら、ため息は出てしまう。

 後ろでも同じようなため息が聞こえてきたので、やれやれしょうがないと妥協した。

「……とりあえずテストが終わるまで勘弁かんべんしてくれ。その後だったら考えてやるから」

 返事はない。どうしたものかと後ろに椅子を回転させた。

 ――ゴスロリッ子はため息なんかしていなかった。背伸びをして深呼吸していただけだった。

「ね、カサネ。いいこと考えちゃったんだ」

 にこにこ顔ってことは、俺のセリフもさぞかし肯定的に受け取ったに違いない。

「そのコの希……明日 調べてみようよっ」

 あっけらかんとしたルイアントーゼの声が、腑抜ふぬけた俺の耳に突き刺さった。


 <いちにちめ☆終了>


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