ぱあと3 しけってるんじゃなくてぬれせんべい
シュールだ。やけにシュールレアリスムだ。
この絵面を見て 超現実的イコール非現実的と言わずしてなんと呼ぶ。
「ほっかへりぃ〜〜」
部屋の戸を開けたら、自分のベッドの上でゴスロリちゃんがぼりぼり煎餅をほおばっている……
しかも口いっぱいで喋るからふがふがしている……
「ねぇカサネぇ、このおせんべ しけってるよ〜」
食べ終わった後で、ちょっとこれは惜しいみたいな顔で訴えてくる……
……っていうか、ベッドの上に広がっているこの包みと空き箱はもしや……!?
「だああっこれおふくろの秘蔵醤油ぬれせんじゃねぇか!」
思わず手持ちのスポーツショルダーを放り投げて絶叫していた。
「なああにヒトんちのベッドで優雅に暢気に我が物顔でせんべいほおばってんだオマエは!! 俺のせいにされるだろーがよっっ詫びろ! 即座に詫びてこいっ」
ぷっつんして一気に喋ると疲れるんです。ぜいぜい息が荒くなるんです。
…だが、ルイアントーゼは俺の科白を待った上で、こう答えた。
「あ、これ妹さんがボクにどうぞって」
「まじかよ」
でびるにお願いっ! ぱあとすりい
すぐ帰っちゃったよ、と付け足されたので、全寮制の学院に通っているから戻ったのだ、と説明してやった。
場所が同じ市内ということもあって、妹は学校帰りにぶらりと自宅に寄って帰ることがある。
大方、今日は土日に泊まった際の忘れ物を取りに来たのだろう。
高校を寮生活と勝手に決めてさっさと出て行った弟と違い、妹はなんだかんだで家族に会いたい年頃なのだ。
……しかし こんな格好をした不審少女を 兄の客だからとほいほい家に上げていいもんだろうか?
今度会ったら注意せねば。
「なあゴスロリ改め似非シスターさん」
ベッドに背を預けた俺は、ため息交じりに彼女に話す。
裾が豪快に広がる黒々したワンピース、頭から黒のほっかむり(ケープだよ〜、と注意された)を被って、それでも今日の装いをあくまでゴスロリのシスター風と解説したショートカットの相手は、すでに五枚目の袋を開けていた。
湿気ってるとか言ったくせに、どうやらぬれせんのしっとりとした食感がやみつきになったらしい。
「ふん?」
ぱきっ。もぐもぐ。
「消えてくださいって言ってくる女子、そうそう居ねぇよな」
ばりぃ。もぐもぐ、もぐもぐ。
「玄人張りのコブシで向かってくる女子なんて、そうそう居ねぇよな」
「ふんふん」
びっ。ぱきっ。もぐもぐ、もぐもぐ、もぐ。
「……大層なクチ聞いても鼻声の女子なんて居ねぇだろうなー…」
「ほほう。あ、カサネも一枚どうぞ」
「サンキュ。……でもあいつ、泣いてたんだ。たぶん俺が変なこと言ったから思い出したんだよ」
びりっ、もぐもぐ、もぐ、も……
「――って何枚開ける気だよお前!? 聞いてんのかヒトの話っ」
七枚目を食べ終えた似非シスターは、指に付いた醤油を口で絡め取りつつ、俺の話を聞いた。
「カサネは洞察力がすごいねぇ。普通は気付かないよ、そういうの」
「洞察力って言うか…?」
「うん。やっぱりキミにしてよかった」
にっこり笑われる俺。相手の表情に嘘は見えなかった。
「……は?」
「なんでもない。でも約定は締結しちゃったみたいだよ?」
ヤクジョウ。テイケツ。聞き慣れない単語を口にする。
「ボクが転送した先に、その女の子が居たんだよね。だったら カサネがその子の使い魔になったことは間違いないよ。キミは――彼女の希を叶えなきゃならない」
「ノゾミねえ……」
「彼女の望むことをキミが叶えられるってことだよ。 聞かせて。それで、どう別れたの?」
「……それがなあ、ヒダリミギのミギのせいで」
「ヒダリミギ??」
言い渋ったが、取り合えず俺はコイツに話すことにした。
* * *
「おい……待てって!」
後ろからぐいと腕をひったくったせいか、彼女は短く悲鳴をあげた。
これじゃ自分の気が済まなかっただけだ。
消えてくださいだの却下だの言われたあとに玄人張りのコブシで叩きつけられて、挙句の果てに言い逃げされて取り残されたこっちの身にもなってみろと言いたかっただけだ。
でなければあれから考えること十秒強、茫然自失だった俺が走り出せるわけがない。
保健室のドアをばんと開けて、一階の廊下をひた走って、犯人逮捕さながら、相手の腕を引っつかんでいるはずがないのだ。
「おたくなあっ」
もうちょっと礼儀をわきまえるとかあるだろが! ……いや、おたくは始終丁寧な口調だったけど!
叩きつけて言い逃げってどういうことだ! ……いや、突然降って湧いてきてあたかも女子生徒の眠っている保健室のベッドに押し入った男子生徒なのは俺だけど!
すうと息を吸い込み、嗜めようとした、はずだった。
「なんでテスト中に保健室で寝てんだよ!?」
だよ、よ、よ……1階廊下生徒玄関前にエコーが掛かる。
まったく段違い平行棒。考えがまとまらないのに喋ろうとすると、これだ。
再びしんと静まり返った廊下で、ふたりとも固まっていた。周りが職員室や教室じゃなくて良かった。
「具合が悪かったんです」
長いようで短い沈黙の後、逃亡犯はしれっとして言った。
「開始20分でテスト用紙提出して保健室で休んでました、それが何か」
顔を背けて目を合わせようとしない。抵抗もしなかった。
「…いや、別に何もねっすけど」
「なら、手を放してください。どんな理由があろうと手を出したのは私ですし謝ります。保健室は…すぐ片付けに行きますから」
「……あのさあ」
心なしか相手の俯く顔が震えている気がして、たまらず遮る。
「泣くと鼻って出るだろ。凛とした佇まいでも結局は鼻声だぞ」
「…ほっといてください」
「そろそろ鼻かみたくなってるだろ」
「ほっろいてください」
「ティッシュ、あるぞ」
「………ください」
ティッシュを手渡すと 女子生徒は顔を反対側に向けたまま、控えめに鼻をかんだ。
その時になって初めて、俺は彼女の左手首を掴んでいたと知ったのだった。
<ぱあとすりい 終了>