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ぱあと2 ヤバいのは世界史だけじゃありません

 からら〜〜ん。からら〜〜ん。

 教会に響き渡る鐘よろしく、少々間の抜けた学校のチャイム(ただし電子音)が響き渡った。

 簡単に明日の日程を伝えた教師が出て行くと、教室一帯は波が出たようにざわめきだす。

「やっと終わった……」

 いろいろあって疲れた俺は、背伸びをして 身体を左右にひねる。硬直していた体の関節が小気味良く鳴った。

 左右の後にもう一度左をねじってポキっと鳴らしていると、斜め後ろの席に居る奴と目が合った。

「市原、さっきの世界史どうだった? 時事ネタやっぱ出ただろー?」

 一列離れて後ろの席に居たそいつは、俺に感化されたのか、肩を回しながら呼びかけてくる。

 色黒の肌に白い歯がきらりと光った。陸上部のそこそこ選手のセキだ。

 ホープや新星でないにしろ、そこそこに足が速く、そこそこに活躍するイチ部員、略してそこそこ選手。

「あー……あれか」

 世界史Bのテスト前、俺ら周辺は、「時事ネタは出るかどうか」を議論していた。2年になって初めての中間テスト、教科の担当も変わり、学生は教師の問題の癖を読み当てるのに必死だ。

 部活の先輩に動向を教えてもらったという関は、「田並タナミのことだから一昨日おとといの時事ネタも出る」と予想していた。そしてそれは、見事に当たったわけだ。

「イチハラは余裕ヨユウでしょ。なんたってテスト中に抜け出すぐらいなんだから」

 すると、隣の列の左後ろに座る奴が茶化してきた。こいつは、テニス部員の佐々ササキだ。

 なにが楽しいんだか知らないが 俺をからかう常習犯でもある。

「だよなあ、さりげなく帰ってきて いつのまにかSHR聞いてるし」

 くそう、そこそこ選手まで俺を小馬鹿にしやがって。

「…テスト中そんなトイレに行きたかったんだ……」

 どこから話を聞いてたのか、ジミーな九茂クシゲが通り抜けざまに頓珍漢とんちんかんなことを呟く。すかさず俺は「セクハラ発言は却下」と返してやった。相変わらず神出鬼没な奴だ。

 周囲の奴らの話によれば、俺は腹痛でこっそり後ろ戸から出て行ったものだと思ったらしい。

 世界史Bで今日のテストは終わりだったから良かったものの…終了15分前の退席はイタかった。

 と、いうより急に人が教室から消えても、なんの混乱も起きなかったというのは良いことなんだろうか。

 と、いうか監督担当の教師は俺が居ないことに気がつかなかったというのは良いことにしちゃっていいんだろうか。

 決して、SHR前に戻ってくるまで誰にも気付かれていなかったというのが、寂しかったわけじゃないぞ。

 ……まあ 仮にだ。もしテストの時の出来事を、こいつらにつらつら話した場合。

 ええと、ご丁寧に 消えろ と言ってきて、玄人張りのコブシで向かってきて、大層なクチ聞いても鼻声な女子にひょんなことから召喚されちゃってました〜〜 おまけにミギやヒダリやら出てきちゃって大変な思いをしちゃいましたよええまったく〜〜

 なーんて…… 

 白い目で見られるか、早く帰って仮眠を取れといわれるのがオチだろう。

 そうだ、俺にはこの和やかな友好ムードを一転して氷山に変えてしまうことなんて出来ない。

 真実を言うわけにはいかない……っ たとえそれが親愛なる級友たちに対しても……!

「……なに泣いてんだよ市原」

 嗚呼、世の中は厳しい。



「でもさー、テスト三連続ってどーよ」

「私立は一日で終わるとこもあるらしいぜ。一限から七限まで連続試験」

「それも疲れるな……」

 凹む俺を尻目に、支度をして 適当にグダグダ話し合うクラスメイトが教室から出て行く。

「おーいシュウちゃん」

 その時、前の戸からひょっこり顔を出した女子生徒が、笑顔で俺を呼んでいた。…ような気がした。

「なんかおばさんがねー、明日もテストなんだから早く帰って来いってー?」

 まわりも気にせずひらひらと手を振っている。耳の傍で二つ結びをした、小柄な女子生徒。

 確か、関の幼なじみをやってますっていう子だ。

 彼女は 俺の斜め後ろに居る関を見ていたらしい。目線がぶつかったというのは気のせいだった。

 つーか、第一声で思いっきり関の名前を呼んでいた。

 不覚にもどきりとしてしまった自分がちょっと情けなかった。

「くっそおー、まさか一昨日の首脳会議が出るとは……」

「ご愁傷様」

「最初に出てきたもんな。フランス試験範囲じゃないのに」

「……だよな、だよなあ関! もうストラスブール(in お仏蘭西)なんてだいっ嫌いだーーー!」

 他の奴らも泣きながら、あるいは慰めながら 支度を始める。

 傍を通り過ぎた際に帰りの挨拶をされた。

「……なあ、おい」

 ふと疑問に思ったことがあったので、そいつを呼び止めた。くるりと相手が振り返る。

 だが誰しもが別段変わりなく帰りの挨拶をしたので、俺はそのまま口をつぐんだ。

 どうやらあまり気にしなくてもいいらしい。

「どうかしたのか?」

「なんでもない。それより、来たみたいだなぁっ関のヨメ候補が!? ひゅうひゅーう」

 悔し紛れに関を悪友よろしく大声で叫んでやると、こつんと頭を小突かれた。

「アーホ。佳子はただの幼なじみなんだからよ」

 清涼感の漂う笑顔を向けられて去って行かれる。後には空気の流れが横を凪いだ。

 ……おい、なんだよこれ。

 あそこは 違ぇよあんなのただの腐れ縁だよ! とか ふ、ふざけたこと言ってんなよ とかって真っ赤になってムキに言い返すのがセオリーってもんだろ!?

 なんだよあの渦中の相手も否定しない爽やかな物言いは。

 小憎らしいほどに応援したくなる青年ばりのはにかんだ笑顔は。

 つーか今の俺……まるっきり主人公とヒロインを冷やかす冴えない脇役君ポジションじゃん!?

 ひゅうひゅーうって、自分がめっぽう寒いじゃん!!

「なに泣いてんだあ市原?」

「とっとと帰れー」

 凹む俺をよそに、話していたほかの生徒も席を立つ。

 世間の厳しさを知った中間テストの一日目だった。


 <ぱあとつう 終了>

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