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ぱあと37 脅されるなら、YES取引

 小路の曲がり角に差し掛かった時。その『大剣』は猛悪もうあくな竜が如く、暴戻ぼうれいが過ぎる虎が如く、俺目掛けて刺さってきた。

 制服の肩部分にピッと亀裂が入る。頬が熱いと思ったのは、かすり傷が一つ付いたからだ。その事実を、鏡面反射という形で見せ付けられて、俺は顔面蒼白になった。

 ビィィィィイイイイン、と――突き刺さった反動で、音を震わせているもの。

 退路を塞ぐように、俺の肩から足をギリギリで避け、ブロック塀を斜めに切り裂かんと突き入れてあるもの。

 なんてことだ。正視したくはないが、確かに今俺の真横を通り抜け、ジャストミートでブロック塀にブッ刺さったのは――血が垂れる俺の頬を映しているのは――紛れもない諸手剣グレートソード……!

 つーかなんで剣!? 人の身長ぐらいある大剣!?

 喫茶店のおしぼりやらパフェやらの比ではない。こんな物騒なものを後ろから投げつけられて 察知・回避できる超人がいたら教えてほしい。

「ドサクサにまぎれて、なーに逃げようとしてんのー、パンジー兄ちゃんーっ!?」

 嬉しくない中学生の声が掛かる。

 バレていた。俺はなんとなく振り返れない。

 声だけを聞けば、なんて快活とした喋りだろうと思う。ここが街灯しかない半ば夜の住宅街で、他に人影も見えず、さっきまでこの女子中学生が不穏な言葉を吐き散らして、うごめく物体と対峙していたという回想をしなければ。

「『コレ』見えてるってことは、やっぱり偶然じゃないっぽいよねー? だったらなおさら、ここでのコトは何も見てない聞いてない脳内にも残んないってことで おkー?」

 ……こーゆーことされてる時点で 一生涯脳に刻まれるっつーのおぉっっ!!

 ツッコミたいが、張り裂けたいこの胸の内を語ってしまえば 体が張り裂かれてしまいそうだ、この大剣で物理的に。

 ポニーテールの女子が示す『大剣コレ』は――突き刺さっている部分も換算すると、170センチはあった。明らかにあの女子よりも高く、幅だって俺の顔を全部映して有り余るほど広い。女子が持つにはあまりに不似合いな、何かの漫画でないとお目に掛かれないような剣だ。

 なのに、こんな危険物をあのポニーテールの女子中学生が投げたっていうのか。逃げ道をふさぐつもりで、俺に刺さるか刺さらないか 斬るか斬らないか、ギリギリの当たり判定でこれを放り投げてきた、っていう、のか…!?

 俺は剣の刃渡りにじっと目を凝らす。鈍色に光る刃渡りは、鏡原理で背後を映し出していた。俺より数メートル離れた地点で佇む、女子中学生二人。ポニーテールの女子中学生、その傍に近寄る和風女子……二人して水気を振り払う仕草をしているのが見える。

 一瞬、顔も腕も赤い液体に染まっているようでビビったが、単に砂を落としているだけだった。 

 ……砂場で遊んできたわけじゃないだろ、この二人…!?

「ホドカさん。年上の方に失礼ですわよ。ここは誠意を持って対応しなければ」

 ポニーテールの女子をたしなめ、ベリーショートの和風女子が一歩前に出る。良かった、あの血気盛んな釣り目ポニーテールより、こっちの女子の方がまだ常識的な対応が得られ――

「同意していただけないと、不本意ですがわたくしたちで処罰しなければなりません。潔いご決断を」

 なかったーーーー!!むしろこっちの方がある意味非常識だったーーー!

 和谷の体を掴んでいる手が 汗で滲んでくる。

 だが同意の前に聞くことがある。俺は、ごくりと唾を飲み込み、動揺がバレないように低く言った。

「お前ら……おどしか、それ」

 数秒の沈黙。振り向けばこいつらは手を出してくるつもりなのか、それはまだ分からない。

「脅しぃ? 違うよ、忠告っていうか……最善策の提案?」

 けろっとした調子で、ポニーテールの女子が答える。自身の長い尻尾についた、赤い砂塵を取り払う様子が剣に映った。奴は続ける。

「誰かおぶってるパンジー兄ちゃん、教えてあげよっか? あの三十ちょいOL(オバサン)、十歳の男の子を家で飼ってたんだよ。自分が副産物だって気付かないで、生身の男の子を肉人形だと思って愛玩動物ペットにしてた。なのに『生きてやる』だって、最期まで腐ったバカ思考」

 大剣に映るそいつの顔は、普通の女子にしか見えない。明朗な表情は、ノリで嫌いな番組や苦手な話をクラス内の仲間に語っているのと同じく、軽い。近頃の女子中学生ってのはこんななのか?

「笑えっしょー? どこにも行き場がないのを自分以外のせいにして、『あたしはあたしは』ってそればっか。本体も最後までしょうもない奴だったけど、コレもメチャクチャ(ねじ)れてゆがんでんの」

 これがもし自分の家族だったら。背中の和谷が起き出してしまうような、そんな甲高い声でわらってるような奴だったら。自分だけが信念持って正しいと思い込んでるような、そんな弟だったら――

「副産物ってのは大抵そんな思考モノだけどね。本体が生に無頓着なぶん、反して、生に執着した利己主義者エゴイスト。自我のためならなんでもするし、弱いクセにアタシたちに歯向かっ――」

 がぃいいいぃぃぃん!

 全部聞き終わらないうちに、俺は右足でその大剣を蹴っていた。目論見もくろみ通り、辺りに金属の反響音がビリビリこだまする。ポニーテールの釣り目女子を黙らせるには充分だった。

「背中の奴が起きるだろ。もうそれ以上口開くな。お前のは意味分かんねぇけど……誰かを蔑ろ(バカ)にしてるってのは理解わかった」

 女子二人が呆気にとられていたのは数秒。次にはポニーテールの女子もすぐ前の顔に戻り、けらけらと返してみせる。

「えぇ、あんな『物』の感想 素直に言って何が悪いの? ああいうのが蔓延はびこるから、アタシたちが掃除してやってんじゃんー! 誰よりも多く消そうとしてんの、見てわかんない?」

「……口開くなって、俺は言った」

 自然、眉間に皺が寄る。大剣に映った俺の顔は、それ程に張り詰めていた。

「ホドカさん」

 そこでまたポニーテールの少女に、和風女子が助言してくる。

「振り向かないでくださるのは、この方なりの取引の示しですわ。わたくしたちも余計なものは切りたくない。ここはお言葉に甘えましょう」

「……なにありえないこと言っちゃってんの、かのみや」

「こう言えばお解りになってくださいますか? 招かれざる客は奥にも居らっしゃいます。『誰』ではなく、『何』かも知れませんが……わたくしたちは監視されている」

「………。人だろーが 人じゃなかろーが、キモイってのは同じっつーこと?」

 わおおおーーーーん! 

 血気にはやる女子が無言になったのと、和風少女が先を綴ろうとしたのと、犬の遠吠えが聞えたのは、ほぼ同時だった。

 ……へ、遠吠え? 

 次いで、がたがたがたっ ばたばたばた! がらっっ と続く段階音ラッシュ。

「夜にうるさいんだよっ この近所迷惑が!!」

「やっと子供が寝付いたとこなのよ! これ以上わたしを安眠妨害させないで!」

「負け犬の遠吠えならヨソでしてこい若造がッッ!!」

 おばさん・母親・じーさんと、ご近所の皆さんが窓・ベランダ・庭・玄関から身を乗り出して、ご立腹だった。途端、犬やら鳥やらの鳴き声、車の生活音が一斉に戻ってくる。今まで住宅街の物音一つしてこなかったのに、何でだ!?

「あ、ちょうど『天蓋』が切れたっぽい」

 ポニーテール釣り目女子は、自分の手のひらを握ったり開いたりを繰り返し、首をかしげている。

「ふっふーん。でもこれで…」

 つかつかと歩いてきたかと思うと、ブロック塀に突き刺さった大剣を 俺の目の前でなんなく『引っこ抜き』――

「あのキモいのをっ、叩き潰せるってもんでしょーーーっ!?」

 叫ぶとともに、明後日の方向に投げ捨てた。

 ……な、投げた……!? またしてもコイツ、平然と投げた!?

 が、明後日の方向の大剣は、きらーん☆と星になったかのように 文字通り『消滅』する。

 ……おいおい、なんで空中であんなどでかい物が消えて無くなるんだ……!?

 いきなり家々の住民に怒鳴られ、さらに驚愕の情景を見て 固まる俺。度重なる展開にもはやツッコミが追いつかん! 

 テンパる俺をよそに、ポニーテールのエキサイティング小娘は伸びを一つした。

「うっわ逃げられたっ! やっぱ 疲れてるんかなー? はやく帰って寝よ寝よ」

「勘の鋭いお方のようですわ。お目通りはまたの機会に。なにはともあれ、落ち着いてよかったですわね」

 おいおい、ちっとも落ち着いてなんかいねぇよ俺今お前たちのせいで固まってご近所に怒鳴られてんだっての、二人して呑気に話すな!

「どうせ夜に吠えるしかできないんだろう!? このイジラーっ!」

「だいたい最近の若者は夕方出歩きすぎるのよ! コンビニの蛍光灯で体内時計が狂うのよ!」

「三文芝居ならヨソでしてこいッッ若造が!」

 なんか散々なこと ここら辺のご近所に言われてるし! 

「そうだ、かのみや、さっきの話。『傍観してたほうがいい』って……あいつらの潰し合いをただ見てろって? ないよ、かのみや。それはない」

「性に合いませんか。効率的な戦術すすめかただと思いますが」

「ゲームは完全圧勝しかありえないでしょ。遊佐も阿佐ヶ谷も、昨夜のアイツも、さっきの『何か』も――アタシたちが潰してやる」

「……ふふ、ホドカさんの無茶振りは前から変わりませんわね。よろしくてよ。ホドカさんの無茶を止めるのが、わたくしの役目ですから」

 もにゃもにゃと二人で話すと、女子たちはようやく俺に視線を向けた。やっとこの 赤の他人が火の粉掛かり状態なのに気がついたか、と思うも間も無く、ひらひらりんちょと手を振り俺を追い抜いていく。

「じゃあねパンジー兄ちゃん! 苦情一身に受けといてーっ! でもこれでお互いさまだから! もーこんなありえない事態に入ってこないでよーっ!?」

 はいいいい?

「ホドカさん。年上の方には敬意を払わなければいけませんわ。ここはわたくしが代わりに」

 そしてその後ろで、和風女子がくるりとこちらを振り返る。や、やっと良識的な対応が得られる!

 と思ったのも束の間、ふかぶか〜〜と頭を下げられた。

「本当に申し訳ありません。……もしご家族で保持者の方がいらっしゃいましたら、この右堂家四女・鹿見八かのみや、謹んでお受けいたしますとお伝えくださいませ」

 えええええーーー!?

 助け舟なしかよ!! そしてお前も走り去ってくのかよ!

「とにかく、ツッコミ磨いて出直しな!」

「まずは 家族とコミュニケーションを取りなさい、いいわね!?」

「失恋の痛手ならヨソで癒してこい、若造がッッ!」

 なんか一方的に決め付けられて ぴしゃって窓閉められたし!

 なんで俺が…… 俺がーーーー!?


 <ぱあとさあてぃせぶん 終了>

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