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ぱあと36 ありえないなら、NO深入り

 ……なんだ今の音!?

 眠っている(気を失っているとも言う)和谷を背負いつつ、ばっと振り返る。

 だが、ここは住宅街だ。電柱の街灯が、煌々(こうこう)とついているばかり。

 変化の見受けられない景色を数秒見渡し、前を向く。ハハ、俺も馬鹿だなあ、ザシャアアァアァアなんてそんな奇怪な音、どうやったらこの住宅街で出せるんだよ☆ ここが戦場にでもなってるってのか☆ よし、こうなったら明日 あんな話をした磯辺をとっ捕まえてやる☆☆

 不安の矛先を演劇副部長に向けることで、自身の切り替えをした。不安が空耳を生むのはよくある話だ。さっさと近隣センターまで行っておふくろの車を待とう。そう、空耳だ、ザシュウウゥウとか奥の暗闇から聞こえてきたのもきっと空耳アワーだ。

 ……いいや、ちょっと待て。おかしくないか?

 再度背中の和谷を引き上げた俺は、『音以外の』とある事実に気がついた。

 奥の暗闇? そういえば頭上の空が急に暗転して夜になっている。おふくろに電話を掛けるまで夕焼けだったはずが、夕闇どころか、これはもう夜半だ。日の入りの時間帯だとしても、暗くなるのが早すぎないか?

 それに、住宅街を走っているのに、道で誰一人として会わない。車すら通らないし、生活音も聞こえない。自分の走る音だけが反響し、電柱の蛍光灯と家々の明かりが煌々と光っているのに、まるで深夜森の中をうろついているような不安にかられる。

 というか、さっきから嫌でも耳に入ってくる変な音は――

「……ひっ…… あなたたち…化け物……っ!」

 背後の暗闇から女の悲鳴が響いてきたのは、また怪奇音が耳に届いたのと同じ機。

「あー も――っウッザアアアイ奴ぅ!! 斬ったんだから倒れろっつの!!」

 続いて、キレた様子の 女……いや、まだ若い女子の声。

「どちらが化け物か わかっていらっしゃらない方のようですね。骨が折れますわ」

 一方で、丁重な喋りでも 冷徹な怒りを露にする女子の声。

 また振り返るが、暗闇に浮かぶ姿はない。三者三様の声はすれども姿は見えず。いや空耳だ。やけにはっきり聞こえる空耳アワーだが断じてこれも空耳だ。

 いよいよ恐くなってきたので、和谷の足を固定し、たったか走りだすことにしたのだが――

「痛いっ…なんなの、どうしてこんなこと……! 来ないで、来ないでったら……っ!」

 二度目の悲鳴とともに、今度は派手な爆発音が轟く。

 ……いやいやいや、何も見えない暗闇にいきなりどでかい爆発音!? ここ住宅街だぞ!?なんなんだ、そりゃ物理的にありえないだろ!

 反射的に振り向き、ツッコんでしまったのがいけなかった。

 出し抜けに目に飛び込んできたのは、瓦礫物体。コンクリートのカタマリだか枝だかガラスの破片だか、爆風で飛んだ残骸が 一斉に此方に向かってきたと把握した時には、近すぎて焦点が合わなくなっていた。

 喫茶店でメイドウェイトレスの度重なる攻撃は回避できたというのに――その時の俺は、和谷を負ぶっていて体が軽くなく、結果、暗闇で起こった爆風を目で追えなかった。

 ――当たる!

「あ〜〜もうありえないーーっありえないーーっ!」

 がぎいいんと鉄盾で防いだような反響音。間近で女子の騒ぐ声が響いた。

 ……はい?

 衝撃に備えて眼を瞑っていた俺は、恐る恐る目を開ける。

 目の前で、栗毛色の尻尾が揺れていた。尻尾……いや髪の毛だ。ポニーテールにした女子だ。

「『天蓋』張っといたのになんでパンジーがいるワケ!? こちとら忙しいってのにーーっ!?」

 かなり激昂した声は、さっき聞いた女子の声と同じ。

 よくよく辺りを見回していれば、突っ込んできた物体など何もなかった。瓦礫の破片も見当たらず、受け止めたと思われる女子も何も手にしていない。これはいったいどういうことか。瓦礫やらなんやらが飛んできたと思ったのは……この女子が受け止めたと思ったのは、錯覚、か?

「可能性は三つですわ。ひとつ、『ディグノシス』保持者。ふたつ、『副産物ドッペルゲンガー』。みっつ……偶然」

 今時聞かないお嬢様口調の女子も現れる。長い黒髪を持ってそうなのに、何故か坊ちゃん刈りスレスレ(こういうのをベリーショートカットと呼ぶのだと妹が話しているのを思い出した)の、和風美人の少女。こちらも、さっき聞いた声と同じだ。

「そ……っんなの ぐーぜんよたまたまよ! このパンジー達が保持者副産物なわけないっありえないっ!」

 人様を指で勢いよくさして、ポニーテールで釣り目の少女はエキサイトしまくっていた。

 年の頃は俺の妹と同じくらいか、少し上。セーラーの制服姿で足元はスニーカー。こういうのを死語近い言葉でじゃじゃ馬と呼ぶのだろう。何を白熱して返しているのか、同じ年の頃のお嬢様(こちらもセーラー服)に、しきりに主張している。

 なんなんだこいつら。物音しなかったはずの路上にいきなり出てきやがって。

 ……ていうか、なんだそのパンジー達っつーのは。俺は花でもないし猿でもないぞ。

 いささかむっとした俺は、人差し指をぶんぶか振り回す暴れ娘に注意勧告しようとした。

「お前らなあ、いきなり入ってきて……」

「とはいえ 入ってしまわれた以上、一般の方に被害を及ぼすわけにはまいりませんわ」

 が、俺の声と和風女子との声が被さってしまう。……そうか、パンジーって一般人って意味なのか!

 和風女子は俺を一瞥すると、くすりと笑った。

「それに…… ホドカさんがますますやる気になっていますもの。 『あの方』と勝負ですか?」

「かっ……勘違いしないでよっ! 昨日のあんな奴、関係ないしマジありえないっ!」

「つんでれさんの言い分は逆であると聞き及んでいますわ」

「かのみや! 右堂ウドウ財閥のお嬢がそんな言葉どこで覚えたワケ!?」

「あら、上から二番目の兄がラジオ番組のプロデューサーで……」

 完ペキ俺を無視して二人でやいのやいのと騒ぎ始める。息巻く暴れ娘を軽くあしらえるなんて、このお嬢様もとんだ大物かも知れない。

「だからお前らなあ、いきなり」

「こんなのってない……痛いよ、なんなのよこれ、あたしがなんで死ななくちゃならないのォ……っ!?」

 またもや俺の声ははばまれた。激痛に耐えかねる女性の咆哮ほうこうと被さったからだ。ただ、女性の声にしては重低音のエフェクトが利きすぎていた。……あの、変声機でも使用されているんでしょうか。

 ――契機にして、かしましい女子二人は喋るのを止めた。

 二人して奥の暗闇に注視する。

「生きてやる……」

 ……? なんだ、あれ…!

 視線を追った俺は、把握できない塊を見て驚いた。暗闇の奥から黒い影が蠢いているのだ。かろうじて輪郭を持つ黒塊を見れば、それが女性ではなく、何か危険な物体として蠢いているのだろうと嫌でも理解した。

「アタシは絶対、あんたたち化け物に殺されたりなんかしない、しないんだからァァアアア!」

 ……殺されたり!? 穏やかじゃねえだろこの展開! 

「化け物? 言ってくれんじゃん、『無価値な塊、或いは肉できそこない』」

 ひゅん、と目の前で長い尻尾、いやポニーテールが踊った。俺を牽制するように、二人の女子は前に出る。闇で蠢く獣に対し、不敵に笑う。向こう側に広がっているのは、光の届かない闇だった。

「心構えはご立派ですが。 ……あなたは既に『生きて』はいらっしゃらないの」

 和風女子は長い脚をすっと開き、体制を整える。訥々(とつとつ)と語る、例えば、猫に立ち向かう窮鼠きゅうそ。肉食動物に追い詰められて足掻く草食動物。だが悲痛な叫びは所詮分裂された意志であり、意思があろうと原型を留めていない。狂気を孕んだ獣として処理されてしまうだけ――

「ゆえに死にあくたと化す! 在り得ないで潰れろ、木偶デクがっ!」

 そして、ポニーテールの女子が叫ぶと、二人一緒に闇の中へ駆け出していった。

 あっという間に二人の姿は見えなくなる。そのかわり音声だけは奥からはっきり聞き取れた。

「だいったい 遊佐ユサだか阿佐ヶ谷アサガヤの奴が!(暗闇の中から突き刺す音が!)アタシのエモノ!(ひねったっぽい!)トっちゃったからでしょーーーーっ(ぐしゃあっと何かがつぶれたー!)」

「けれど昨夜の殿方……(この女子の声の後にイアアアアアアとかなんとか悲鳴が轟いた)……様と名乗られていましたが、遊佐さまのお連れでした(ごぎごギごぎィと怪しげな音)朋生トモウさまとも一悶着あったようですし……(あれ、なんか奥で妙な発光体が広がっていませんか)わたくしたちはしばらく傍観していたほうが良さそうですわね(投げた!?発光体投げた!錯覚!?錯覚ですよね!?)」

「ていうか童顔のくせしてクールビューティー気取ってるからムカつくのイラつくの! 覚えとけぇっ 遊佐あっ ついでに阿佐ヶ谷あああ〜〜〜〜っ!」

 がや〜〜〜っ! がや〜〜! がやーー……! と広がるエコー。

 ぎったんばったんと関わりたくない騒音。

 断末魔が止んだ。周囲はしいいいんと静まり返り、再び長い静寂が訪れる。

 ……え、ええっと…

「くしゅんっ」

 耳のすぐ後ろで くしゃみをする声が聞こえ、はっと我に立ち返った。

 背中の和谷がううん、と唸る。目の前の状況を何も知らずにこの下級生は俺に負ぶられただ寝ていた(気を失っていたが落ち着いてきたとも言う)。

「はっ……はくしゅっ」

 これはべつに拍手を求めたわけではない。鼻がむずがゆくなって、和谷に続いて飛び出た俺のくしゃみだ。

 ……砂?

 コショウのごとく 俺の目の前にさらさらと流れてきたもの。街灯の青白い光が、赤い色の砂塵さじんを照らしていた。風に運ばれ、きらきらと光り 散り散りになっていく。頬についたので空いたほうの指で取ってみると、水分がなく乾いているのに、ザラメが朱色に染まったような、まだらの色合いをしていた。

 ……なんだ、これ……血のカタマリみたいな……

 どこから流れてきたものなのか。さっきの爆風で飛んできたのだろうか。

 頭の回転が追いつかない。というより、この瘡蓋カサブタもどきの砂に加え、いきなり目まぐるしい状況下に置かれ、頭の整理が着かない。

 急に暗転した空、真っ暗闇から飛んできた瓦礫、突っ込んでいった女子中学生二人組と、闇中につんざく断末魔はどう説明すればいいのだろう。

 あれきり 少女二人は出てこない。

 ……あのー……俺はこのまま退散していいんですか…?

 誰ともなく質問してみる。


『賢明だ、長男坊。くれぐれも――“深入り”はするなよ』


 その時 脳裏を過ぎったのは ナイスミドル・トマのありがたいお言葉だった。

 なぜか煙管キセルで一服し、バーテンダーとしてシェイカーを振っていた情景もオプションで見えた。当然トマはバーテンダーでもないし煙草ですら吸わないし、そもそも言われた状況にこんな情景はない。

 が、今は脳内を巡った お告げに等しい科白に感謝した。

 ……そうだとも、市原 重、深入りは御免こうむります!!

 トマのありがたーいお言葉を胸に刻み、静寂をチャンスとばかりに 回れ右してダッシュする。

 その場を回避できた、はずだった。


 <ぱあとさあてぃしっくす 終了>

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