ぱあと35 気づかないから、後の祭り
「あなたに引っ張られるの、これで何度目ですか」
引っ張られながら、少女はふうとため息をつく。
「三度目くらいか」
しらばっくれながら青少年は答える。少女はそれを聞き、拗ねるように言った。
「どうしてそう、毎回こっちの言い分お構いなしなんですか。強引よりもタチが悪いですよ」
裏路地を抜け出したはいいが、アテはなかった。それでもふたりは、手を離すことなく会話する。
「はは。誰かさん見てると、放っておけないのさ」
「…え……?」
少女がドキリとする。いつもと同じ軽口に、意味深な言葉を見つけてしまったから。
青少年はきつく手のひらを握った。温かく伝わってくる互いの温もり。
もっと近くでこの温もりを独り占めできたらいい。湧き上がる感情を抑えられなかった。握った手をぐいと引き戻す。きゃ、と小さく悲鳴を上げて、少女はバランスを崩した。こちらの胸の中に飛び込む瞬間――青少年は 少女に、耳元で長く囁いた。
「いい加減素直になれよ。おたくさ…実はこうやって俺に引っ張られるの、嫌いじゃないだろ」
「って俺なんでこんな脳内会話繰り広げてるんだよ! アホか!!」
演劇部の磯辺に借りた本の影響が、ダッシュ後のハイな頭にも来ていた。
よりにもよって和谷とニヒルな青春逃避をすることないだろう。自戒の念をこめて俺は叱咤する。
店を走って出てきたはいいが、駅前からかなり外れたところに来てしまった。
「ここ、何丁目だ……?」
元々喫茶店は裏路地にあったので、裏路地の奥イコールどこかの住宅街付近というわけだ。
既に外は夕焼け空になっていた。電柱に掛かれた広告下の番地を調べる。四丁目……どうやら駅の西側に出てきてしまったようだった。
トマの「今のは女主人の友人の伝で入手したイニエの新曲極秘音源だった!」とかいうイニエファン涎垂の演説。即座に店に戻りたい気持ちに駆られたが、「戻ってくるな」と後押しされたばかりだ。
ここで戻ったら、また店内が混乱し ワトコさんとマキシマム残党両方に捕まる。畜生、ワトコさんの伝がどうしてイニエに繋がるんだよ。なんで極秘音源流せるんだよ。聞きたいことばっかだよ。
「あの。もう手を離してください」
……ん?
そこで俺は、右手の違和感に気が付いた。
マイ右手には、しっかり握られた和谷ズ左手がある。無論、俺が引っ掴んできたものだ。初対面と同じく掴んだものを離せと要望しているのは和谷であり、俺はその手の体温が分かるわけで。
しかし。
……こいつ、こんなに手温かかったっけ…?
脳内会話では手のひらを握れば温かいとの描写があったが、すべての女子がぬくい体温で居るはずもない。記憶が確かなら、いつか掴んだこいつの腕は、確か――
「自分の荷物くらい自分で持ちますから、離してください」
「……あーさいですか」
脳内会話とやけにギャップがあるなあと思いつつ、俺は手を離し、左腕に掛けていた和谷の荷物を抜く。
学校指定鞄を取り出し、ぽんっと投げた。それから、鳥の刺繍が施されたトートバッグも投げようとして、カン、ベコッ、という音がしたのに気づく。
随分角ばってるし、妙にA4サイズにすっきり収まってるし。
「……こっち、何入ってんだ?」
ファスナーも止め具も何もついてないシンプルな布袋だったので、軽い気持ちでひょいと中身を覗いた。
すると そこには、お歳暮とかでよく見かけるような、箱型のブリキ缶があった。千代紙の柄みたいな絵で飾られていて、ブリキ箱の真ん中には、どーんと『ゆうなぎ一級製菓 まさむね』と、達筆な印刷文字で書かれている。
「…まさむね?」
どこかで見聞きしたような名前だ。……っていうか、これは。
「かっ……返してくださいっ!!」
路上に響き渡るような声で ばしっとひったくられた。
ものすごい剣幕でトートバッグを隠される。いや、もう見たから。
「まさむね」…どこかで見聞きしたことがあったのは、おふくろがよく買ってくる銘柄だからだった。
隣町の和菓子屋の商品だとおふくろから聞いていたが……和菓子屋の孫娘、和谷が同居している祖父母の経営店の名前は、確か「ゆうなぎ」だったはずだ。
「こ、これは……みんなに持っていこうとして……」
叫ぶなり 和谷はおろおろしだす。弱みを握られた!といわんばかりのうろたえ様。
……みんな?
「もしかして、自分ちの商品、部に持っていこうとしたのか……?」
かあーっとみるみるうちに和谷の顔が赤くなりだした。ポエムでも見られたときの人の反応はこうなるのだ、という顕著な例だった。
「菓子折りにするほど煎餅が好きだったのか…。 なんで早退してんだよ、とっとと部活行って渡しとけって」
「違います!それにこれは…っ、ぅ……もう、最低最悪……」
泣きそうな声を出しながら、ものの数秒かからずぐらりと揺れた。がくんっと 折れたドミノみたいに崩れ落ちていく。
「水泳部も幽霊部員で…道場も三日で辞めるような人に、見られる…なんて……っ」
もしこの夕方、第三者が通りかかっていたら、電池が切れるように倒れた女子生徒の姿をどう見ただろう。住宅街に繋がる十字路の歩道で、幽霊部員でどうのこうの、とか捨て科白を残して。
「………って、うぉいっ!? 和谷――っ!?」
掛けた眼鏡が割れることの心配をした俺は、コンクリを思い切り蹴って和谷の身体を受け止めた。
和谷の身体が火照って 汗ばんでいるのが分かる。とりあえず揺さぶった。うぅん、と顔をしかめて唸り声が上がる。カンペキにオチてはいない、とほっとする。
『……早退?』
『はい、和谷さんなら四時間目試験終了十分前に。具合ヤバめだったみたいで』
「ったくッ……具合悪けりゃ寝てろよなーーーっ!」
倒れた人間にこんな言葉を浴びせるのもどうかと思うが、俺は思わず叫んでいた。
そうだった。こいつ、具合悪くて早退したんだっけ。
ぺちぺちと頬を軽く叩きながら、今日の 帰りのSHR前――和谷のクラスメイトとの会話を思い出した。さらには、マキシ先輩に見せられた 織枝さん宛の和谷からの「早退しました」というメール。
ってことはなんだ。今の今まで、俺はこいつのポーカーフェイスに一切気がつかなかったわけか。
『ええ、あなたには ま っ た く 関係のないことですから心配しないでください』
捨て台詞を残して立ち去ろうとしたのは、早く帰りたかったからなのかも知れない。
『いい加減この中に居るのやめませんか』
そんな風に妥協したのも、きっと何処かで休みたかったからなのかも知れない。
『せっかくですがご遠慮します。もう時間が時間なので』
なのに、無理して変な理由で帰ろうとしやがって。
「バカだろ、おたく……」
具合悪いんならとっとと帰れよ。なんであんな駅前にいたんだ? 変な中坊に絡まれてるし、ギャラリーにはたむろされるし。
………。
「つーか、俺が悪かったのか」
思い起こせば、中坊とのいざこざの後で離れようとしたこいつを 取引だとかで引きとめたのも、喫茶店に入って話をつけようとしたのも、その後ルイアントーゼと引き合わせようとしたのも、全部俺だ。
俺が乗り込んでいったせいで、余計気疲れさせた。
今更ながらその事実に気付いても、後の祭りだった。
「あー…どうすっかな……」
第三者の居ない住宅街で、和谷の荒い呼吸が落ち着いてきた。誰かの家に駆け込んで、救急車を使うほど大事ではなさそうだ。
けれど こいつが目覚めるのにどのくらい時間がかかるか予想がつかない。
かといって 気絶している人間を病院までおぶっていく自信はないし、いつまでもここで和谷を抱え込んでいるわけにもいかないだろう。
「…しょうがない……」
ごそりと現代の文明利器を取り出した俺は、なぜかオフになっている電源をオンにして、自宅へ掛けた。
「もしもし、おふくろ?俺。 ……イヤオレオレ詐欺とかじゃないって、まだ一言しか言えてないから!? 重だよ一番上の兄の市原 重! ナンバーディスプレイ見ろよ俺のケータイの番号だろ!? おふくろ、悪いけど四丁目まで車飛ばしてきてほしいんだけど。 知り合いが具合悪くなってるから送ってほし……イヤ折り合い悪いんじゃなくて知り合い!後輩! ついでに濡らしたタオルよろしく! …は、四丁目の近隣センター? わかったよ、そしたらそこに行ってるから!」
四丁目のここは、少し歩けば西口の近隣センターに行き当たる場所だった。あそこなら広い公園があって車も泊められるし、おふくろも俺が拾えるということで、おふくろの案で、とりあえずそこに向かうことにした。
やってきたおふくろに何か言われるのは目に見えている。が、背に腹は代えられない。救急車よりも大事にならないと思えば、安いものだ。
妙に疲れる会話を繰り広げて、通話を切った。二つ折りをパチンと閉じて、抱えている和谷を見下ろす。
顔が上気しているが、それほど大熱でうなされているというわけでもなさそうだ――あくまで素人目だが。
整った顔立ちは、素直にまあそこそこいけると思う。――あくまで顔と性格を切り離してだが。
「よっこらせ、っと……」
道の真ん中で待っているわけにもいかない。
和谷の荷物や自分の荷物を一度腕に通してから、背中に和谷をおぶってポクポク歩く。夕焼けになり始め、街路にも電灯が点いていない時間だったが――それにしては静かだった。
……おかしいな…ここ、こんなに静まり返ってたっけ…?
物音ひとつしない道に、ぽつーんとひとり。
……そういや今から行く公園って、確か前に何か事件とか起きてたとか言ってなかったっけか…?
昨日、和谷の家からの帰り道、磯辺と話していたことを思い出してしまう。
『イチハラくん、知っとるか? 最近ここらで妙な事件が起きとるの』
意味深な呟きの後で、こう訊いてきた磯辺は、市内で遺体が公園で発見されている事件を話していた。
一ヶ月前から始まっている奇怪な三面記事。共通点は、臓器がなく、寿命間近な人間で、遺体どれもが『公園』と名のつく場所で発見されていたということ。
思い出さなくていいものを、うっかり脳内でリフレインさせてしまった。
『報道規制で場所・被害者の名前は出て来んし、そのどれもが事故扱いやけど――多分これらは“事故”やのうて“事件”なんじゃ……』
「…………」
やべー。超怖くなってきた。
後ろを振り返れば、夕焼けに紛れて誰もいない道が広がっているばかりだ。
……ここはとっとと近隣センターまで行かねば!
背中の和谷をぐっと引き上げ、足を速める。
しかしその不安は ザシャアアァアァア という 奇怪極まりない音を聞いてさらに増大した。
<ぱあとさあてぃふぁいぶ 終了>




