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ぱあと34 鉄則教本!徴収攻防

 途端、ドドドドドドド…… という効果音がどこからか聞こえてくる。

 といっても誰かが階段から降りてくる音ではない。

 ゴゴゴゴゴでもズゴゴゴ…とかでもいい、とにかくヤバい時の切迫効果音だ。

「も、森本……まさか…」

 唾を飲み込んで、切羽詰った森本に 恐る恐る聞いた。

「あァ」森本は、組の者が重大な事実を言うべく、声を潜める。

「ニコチンが切れたって言って起きだしてな……裏口から出て行ったけどよォ、ありゃア 買ったらすぐに戻ってくるのは間違いないゼ……」

 盲点だった。この時間帯、控え室で寝てたとは。しかもニコチンが切れて外に買出しときたもんだ。

 横目で背後を窺う。こちらを見てひそひそと話を続けている後方の制服組。

ジミー(もとい九茂)の息の掛かったマキシマム部隊だ。俺がくだんの人物だと断定しかねているのだろう……此処で逃げ出したら、標的だと宣伝しているようなものだ。

 だがこの場に留まっていても、目覚めた獅子が戻ってくるのは時間の問題だ。

 まさに今の俺の状況、前門の虎・後門の狼。

「はっ…… 上等じゃんか」

 背中で汗が流れていった。こんな感覚、久々に味わう。

 タイムラグを考えて猶予はあと2、3分か。

 だとしたら……今の俺に、躊躇ちゅうちょしている暇など無い!

「――和谷! 早く支度しろ!」

 脱いだ学ランとボストンバッグをがっと掴んで、和谷を促す。

 勢いよく俺が席を立ったからか、当の本人はクエスチョンマークを二・三個頭に付けていた。

「早くしないとモエモエカムズスプリングが二人前盛って来られるぞ!!」

「…モ、モエ…?」

「モエエシャンドンブリュットアンペリアルで飛ばした果肉入りの恐ろしい一品……パフェ餃子どころじゃないぞ、果糖酒糖炭水化物のあらゆる欠点が注ぎ込まれた究極ギルティーデザートだ!」

「どんなデザートですか…」

「とにかくあのワトコさんが覚醒しちゃまずいんだよ!」

 この場に留まりワトコさんに捕まって実験料理被験者になるよりも、逃げ出してマキシマムに追われるほうがまだマシだ。

が、今ワトコさんの恐ろしさを和谷に説明する時間はない。

 急かして椅子から立たせ、ついでに和谷の荷物を何か言われる前にががっと掴んで持ち出しておく。慌てて和谷が追いかけてきた。

「ちょっ…… 勝手に荷物持ち出さないでください!」

「説明は後でしてやるから! 緊急事態なんだよ、甘々瀕死状態デッドラインになりたくなかったら今は」

 ――キィィィィィィィン!

 その先の俺の声は 掻き消されたというより、驚いて発せなかったという方が正しい。

 突如、店内のBGMが中高域の不快音を流したからだ。

「…んなっ……!?」

 スピーカーから出た音をマイクが拾って起こる共鳴現象ハウリングだった。

 嫌な高周波が 音量ツマミを間違えたかのような大音量で響いたのだから、たまらない。

 音の力に圧迫され、レジ前に来た俺も和谷も森本も、店内の客も 耳を押さえて顔をしかめる。

 高周波が響いたのは二、三秒。いきなりでハウったのをまともに聴いてしまえば、誰だって頭の行動中枢が遮断される。

 不快音が止んで スピーカー奥ですぅっと息を吸う音が聞こえても、緩やかな音が流れても、耳の奥がまだビリビリしていた。

 『揺らいだ嘘を 両手に抱え、 手放し 一輪残った花』……

 ……ん、音…?

 いや、これは、声だ。

 荷物ごと塞いだ耳から手を外す。ピアノの旋律のような奏で方に、人の声だということを忘れてしまっていた。

 包み込むようなハスキーボイス。この声、聞いたことがある。

いつ、どこで、誰だったか……

「Pahus! なんでイニエの曲流れてんの、ミチル!?」

 ぱすっと響いた男の声に、頭のぽやぽやした風船がぱんと弾けた。

 振り向いて驚く。フリフリピンクが目に入ったからだ。ぱたぱたとレジ前に駆けてきたのは 男……じゃない、男かと思うほどに凛々しく声を発した 金髪北欧系メイドだった。

 ……い、今喋ったの、このメイドか…?

 声のトーンがやたら低かったが、それほど驚いていたということだろうか。え、驚いているのに声が低くなるなんてそんな馬鹿な。きょろきょろとレジ周りを見る姿形は、まぎれもなくメイド服が似合う北欧系少女じゃ――

 次の瞬間。店内客オーディエンスは、見事な満場一致であぁー!と声を上げた。

 聞き惚れていた客の頭を覚ます威力で、この北欧系メイドは 直球どストライクを言い当てた。

「そ、そうだよこれ!イニエの声だ!」

「ひょっとしてインディーズ時代の曲じゃない!?」

「えっ…嘘、アカペラバージョンなんてあった!?」

「なんでいきなりCD掛けてんだ? さっきの音も何なんだよ――」

 直後、喫茶店内で飛び交う声、声、声。

 ……自他共に認めるファンのこの俺が、イニエの声を先に言い当てられただと……!?

 ついでにそれは、俺の頭につと浮かんだ疑問を打ち消す威力も持っていた。

 未だ流れる歌に耳を傾ける。間違いない、このハスキーボイスはイニエだ。

『闇の中の蕾は育ち 光の真下の花は枯れる』……

 だが、いままでこんな曲は聴いたことがない。イニエのインディーズ時代? 俺の知らない曲がまだあったんだろうか。ハコライブとかの収録で、アカペラバージョンの? ……そんなのが存在するんなら、もっと話題に上ってもいいはずだ。

 それに、俺にはどうしてもこれがCDの音源に聞こえないのだ。

 いくらこの店が臨場感溢れる高価機材を揃えているといっても、突然起こったハウリング、最初に聴いた息遣いの説明がつかない。もしかして、これは……!

「違う、CDじゃねぇだろコレ!」

「まさか……生音源!?」

「したら どっから聞こえんだよっ」

 他の客も同じく思い当たったようで、次々と声が上がる。

「…あ、あれ、そういや路留ミチルくんは!?」

「チルチルミッチーなら今 様子見てンだろ。機材担当だしナ」

 他の店員もレジ前に集まってきたが、森本はかぶりを振った。ミチルというのは、さっきオーダーを取っていった細っこいウェイター兄ちゃんのことだろう。機材担当ということから、店の客全員が騒ぐ中、今の正体不明な音源を探りにいったのかもしれない。

 ……はっ……店の客、全員…!?

 あることに気が付いた俺は、ばっと店内奥に注視する。……マキシマムの奴らも、俺のことなんか目もくれず、流れている正体不明の音源を議論していた。

 これを千載一遇の好機と呼ばずしてなんと呼べと!?

 流れている謎音源が気になるものの、『実は店の中の誰かがイニエで、気紛れで生で歌っちゃってました〜』なんてワクテカ展開はありえない。聞き逃すには惜しい、が、この混乱に乗じなければ、ワトコさんとマキシマム残党 両方から逃げ出す術はないッ!

「森本! 俺、出るからなっ」

「おうっ! イチハラ、レシートの合計しめて900円だゼ!」

 会計に必要な伝票ボードは机の上に置いたままだというのに、森本は俺と和谷が注文した合計金額を算出していた。『どんな時でもカネは徴収しろ』という店員鉄則教本ワトコさんマニュアルを忠実に実行している姿は、店員の鑑といえよう。しかしだ!

 ……悪いな森本、男には財布を出す暇も惜しいって時があるんだよ!

 財布を取り出すと見せかけて――荷物ついでに和谷の手も引き寄せ、丁重に頭を下げた。

「ゴチになります!」

「…く、食い逃げだァーーーっ!」

 うまい具合に森本の声も 店内の喧騒とイニエの音源に掻き消される。

 計算ではなかったか、この機を逃さんとレジ前を飛び出す。和谷が後ろで何か言っていても気にしないことに決めた。

「――皆、案ずるな」

 だが、ジャストタイミングでドアの前に立ちはだかっている壁があった。颯爽さっそうと現れるは、調理担当兼ウェイター+バリスタのトマだった。

「店内の混乱とその無銭飲食者、双方は私が収めよう」

「トマさん!」

 森本やら他の店員がわっと沸く。ニヒルな親仁は、出入り口そばの壁に寄りかかって待っていた。黒いベストを小憎らしいほどに着こなし、不測の事態でも動じない。

「機材は岡安オカヤス女主人プロプライトレスが見に行っている。……そうだな、復旧作業はあと一分弱で終わるだろう。皆は各自客の詫びに向かえ」

「は、はいっ」

「わかりました!」

 店の一調理人らしからぬ鶴の一声で、ウェイターたちは 水を掛けられたかのように即座に動いた。先程の混乱が嘘のようだ。行動をさばいていくトマは、マキシ先輩を彷彿とさせた。

「さて」

 店員が散り散りになるのを見届けると、トマは指で挟んだ紙切れを掲げてみせた。ドア前には俺と和谷とトマ、三人だけしかいない。

「この店で無銭飲食など、愚の骨頂だが、長男坊?」

 伝票だった。テーブルに置きっぱなしになっていたはずが、何でトマの手に。

 聞き返そうとして、留まる。言わずもがな――俺の行動を見越して、ドアの前に立ち塞がる前に外して持ってきた、というところか。

「訊いておく。女主人プロプライトレスの言葉を覚えているか」

 不正などゆるさない物言いだ。このトマも店員鉄則教本ワトコさんマニュアルを守っているクチだろう。マスターのワトコさんに近しい立場のトマに言われれば、楯突く気も起きない。荷物を持ちつつ、肩をすくめるジェスチャーをする。

「“この店にツケの二文字はない。命が惜しいなら札の一枚や二枚置いてきな”、だっけか」

 答えると、ふっとトマの顔が緩んだ。

「正解だ。今回は私のおごりで通しておこう。火急の用で急ぐのだろう?」

「……」

「だが努々(ゆめゆめ)忘れるなよ。お前は『解しては不可ない(なにもしなくていい)』」

 今日のトマはどこか奇妙だ。

 黄昏たそがれているのはいつものことだが、言葉の端々に薬と毒を含ませているかの如く、妙に力が入った話し方をする。俺が財布を出せない程に急いでいると把握しておきながら、その行動を制限するような言い方をする。思わせぶり、と考えてしまうほどに。 

 ……もしかしてトマは、俺に何か知らせたいのか。

 ふとそんな思いが頭を掠めたが、その『何』かを俺が巡らせる前に、トマは「お嬢」と後ろの和谷にも声を掛けていた。

「こいつは私の道場も三日で辞め、幽霊水泳部員になるような奴だが……お嬢の手伝いはやり遂げるはずだ。見捨てないでやってくれ」

「そうですね、お手伝いすら頼んでいませんけれど、事情に応じて善処します」

 ……和谷、それは遠まわしに拒絶している意味合いだから!

「よし、ならば行け。戻ってくるなよ……でなければイニエがライブで協力した意味がないからな」

 後半はよく聞き取れなかった。トマの指差しにされ、俺は再び走り出す準備を固めていたからだ。

 左手で 俺のカバンと和谷の荷物を持って、右手で、和谷の手を引っ掴んで。

 開け放たれたドアを抜けると、ほんのり橙色に色づいた太陽が 周辺を染めていた。

 スピーカーの声が止む。代わりに聴こえてきたのは、トマの演説だった。

「――お騒がせして申し訳ない! 間違えた音源を流してしまったようだ…… 今のは女主人プロプライトレスの友人のつてで入手したイニエの新曲極秘音源だった!」

 ……な、な、なっ、なんだってェェーーー!?


 <ぱあとさあてぃふぉお 終了>


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