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ぱあと33 出没!差し金メンバー

『しずねぇ、かさ兄もすみ兄もだぁいすき!』

 あれはもう、何年の前のことだ。

 妹を真ん中にして、俺ら兄弟三人は道を歩いていた。

 妹の左側に弟。妹の右側に俺。――これはいつかの光景を夢として見ているのだと分かった。

 おそらくは午後、小学校からの帰り道。ほくほく笑う小さな妹を見て、俺はやっと兄らしいことができているな、と誇らしく思ったものだ。

『だからね、おおきくなったらお兄ちゃんふたりとけっこんするーっ!』

 ああ、夢の中でも可愛いことを言ってくれるじゃないか妹よ。

 弟とも結婚すると宣言してくれるのは 複雑なものがあるが。

『でもやっぱり、候補がほかにもいるから断言できないかもーっ!』

 ……って ぬか喜び!?

『えっと、どれにしようかなー。性格破綻者の同級生か〜、挙動不審で内臓狙ってくる小学生か〜…』

 指折々数えて何不謹慎な候補選びしてんだよ妹!?

『じゃあまずは、年齢が確実に二桁違う職権乱用ヘンタイ校医とお付き合いしてくるね! チャオ★』

 


「……あと何人居んだよ!!」

 ツッコミながら俺は覚醒した。

 がたたーんと立ち上がると同時に、頭から つつーと茶色い液体が垂れてくる。

 ステンレスの無機質なテーブル上で、ひっくり返っている受け皿。目の前には 目を見張ったままの和谷。それらを見て、俺は事の顛末を理解した。脳天直撃で火花が散って活動が停止したかと思ったが、無事何秒後かに生還できたようだ。

 トマは調理場に戻ったらしい。まったく、余計な一言を残されたせいでとんでもない悪夢を見た。それでなくとも あの中坊に『おとうと選び』とか変な発言を聞いたばかりだというのに。

「和谷、俺は自分よりも10は違う人間を弟と呼べるか 不安でたまらないんだ……」

「私が不安でたまらないのは あなたの頭の上にあるカップです」

 コーヒーが頭からだらだら垂れ流れているのはそのせいだった。

 ――と…

 ふおおおおんんっ と唸り声を上げて――空気を切り裂き、またもや剛速球で迫るモノが!!

 ……トられる!?

 寝惚けた頭も完全に覚醒する。頭に被さるカップを素早く戻し、ワンテンポ遅れて頭に後方をずらすと、擬音出来ない凄まじい音が 数回、テーブル周囲に谺した。

 卓上に叩きつけられた白いカタマリは、心なしか摩擦熱の湯気が出ているように見える。

 ……なんだこれ。

 それは湿った白いカタマリ……

 夏はヒンヤリ冬はホカホカ ぞっとする殺傷力を持ち合わせた白いカタマリ……

 …というか、これは…

「お客様あ〜 Oletko kunnossa〜っ!? よかったらそれで顔拭いてください〜〜っ」

 お し ぼ り かーーーー!!

 もうワンテンポ遅れてたら、真っ向から当たって 打撲と大火傷の致命傷は免れなかっただろう。

「……わざとだな。この店のウェイトレスの接客はわざとなんだな」

 遠くで 手をぶんぶんと振っている危険北欧系メイドウェイトレス。「お客様にまごころサービスっ」てなそばかす笑顔がベタ過ぎてぞっとしない。

「どんな基準で人選してんだワトコさんは……」

 今更ながらこの店の女マスターの感性が心配になる。トマをはじめ、気弱な兄ちゃんにラテン系帰宅部(森本)に、この危険北欧系メイド……従業員の共通点がまるで浮かばない。恐らく何かがワトコさんのツボにハマったんだろう。類を見ない個性的なバイト要員だとかで。

 出された数本のおしぼりがもったいないので、顔を拭っておく。おしぼりで顔を拭けとはなっとらん接客だが、この場においてはグッジョブといえるだろう。いつもはマナー違反として自重する行為が、正当な理由になる。……まるで病みつきになる行為だ、こうすると、程よくスチームされたおしぼりの熱さが肌にじんわり馴染み、目の疲れが消えていくではないかっ……!

「さっきの話ですが」

 解説者気分でしばしの極楽気分を味わっていると、和谷の声が飛んできた。

「『当事者に会わせる』って言っていましたけど――それが証拠になるって、どういう意味ですか」

 ……そうだ、話はまだ終わっていなかった。

 本来していた話の続きを思い出した俺は、まぶたのおしぼりを外した。

 トマに邪魔される前、俺が切り出した証拠の話だ。

 使い魔召喚云々を作り話として信じない和谷は、その手っ取り早い確かめ方法を要求した。

 「そもそもあなたは、私の希を叶えてどうするんですか?」――純粋な質問を投げかけられて、俺は長針一移動分、固まってしまった。素通りしていた事実をぽんと投げ出された。「使い魔になったから♪」と宣告され、それが漠然とした縛りになって、思考が鈍っていたのだ。和谷の希を『何故』叶えなければならないのか、叶える『目的』は何なのか、その根本的な理由を。

 …突き詰めると、宣告してきたのはルイアントーゼ、謎のゴスロリッ子他ならない。

 モノローグでトマが入ってくる前に、この下級生に「時間あるか」と切り出したわけだが。

「俺のところに来た奴が言ってきたんだよ。俺が使い魔になっただの、召喚してきたおたくの希を叶えろだの」

「……来た奴、ですか」

「ああ、不法侵入に突撃訪問やらかしてるから、多分今日も居る。詳しくはそいつに聞いてくれ」

 俺を引き摺りこんだ あるいは、貶めた奴。一方的に押しかけて、詳細を説明しなかった奴――

 ルイアントーゼは今家に居るだろうか。なにぶん神出鬼没な奴なので、その点が気がかりだ。

「俺も聞きたいことが山ほどあるんだ。おたくに言われて気付いたことだけどな」

 とにかく、まずは行って訊き出すしかないだろう。

「――ます」

「おっ、そうか行きますってか! やっぱ興味出たんだろ、それがな、そいつがまたエラいゴスロリッ子な奴で――」

「せっかくですがご遠慮します」

「……って、即座に話の腰を折りやがんな!」

 下がった。テンションが一気に下がった。

 そりゃあ はい、行きますっ!なんてこの下級生が笑顔で答えるとは思えない。思えないし思っちゃいなかったが……

 わざとらしく手首返して腕時計見て言いやがった 大層な理由が、これだ。

「もう時間が時間なので」

「遠慮したい奴への誘い断り文句だろ、それ」

「私も家の用事がありますし。残念ですね、そんな愉快なことを話す方、ぜひお会いしてみたかったです」

「はっ、ぜひお会いしたい、か。家の用事を見つかったらまた亀みたいに引っ込むわけだな」

「……。召喚とか使い魔になったとかの話を鵜呑みにした人に、私がついて行くとでも?」

 ……あーあーあー そうだよ、鵜呑みにしちゃった奴だよ俺は!

 押し問答の後で 妙な空気(といっても男子女子のトキメキ展開ではない)が流れ始める。俺の掌中で、コーヒー色に染まったおしぼりがめきゃっと潰れていく。対して、和谷の笑顔は崩れない。

 笑顔と引きつり笑いが攻防する一触即発な場面――ウェイターが声を掛けてきたのはその最中さなかだった。

「――ちょっと、すいません」

 危うく和谷が席を立つか立たないかの間だったので こればっかりは再三の闖入者ちんにゅうしゃに感謝したい。

 顔を向けると、さっき注文を聞いてきた 細っこい兄ちゃんだった。俺と和谷のやりとりを部分的に聞いて勝手に勘違いしていったウェイターだ。顔つきからして大学生くらいか――この時間働いてるってことは、フリーターだったりするんだろうか。名前は確か、『ミチル』と呼ばれていたような。

 コーヒーの追加注文でも聞きにきたんだろうか? 何か答える前に、その兄ちゃんは俺に耳打ちするように、こっそりと話した。

「その、君が『イチハラ カサネ』って名前かどうか、奥のグループが確かめてほしいらしくて……」

 ………!?

 予期せぬ事態を聞いた瞬間、俺は体勢を低くする。

 奥の……グループだと!!?

 ウェイターの視線の矛先からして、和谷の後ろ側……衝立ついたてと観葉植物で俺の姿は明確に分からないはずだ。俺は和谷越しに、向こうのグループの所在を確かめる。馬鹿な、何故奴らが此処に居る!?

 ぱっと頭中に閃いたのは、ジミーこと九茂のアヤしい一言だ。学校の保健室、突如入ってきた神出鬼没のジミーは口元を歪ませ、ぼそっと不穏なセリフを吐いた。確か、『駅に居るマキシマムで投獄できるかも』なんたらかんたら……! 

 再度向こう側を確認する。人数は五、六人か……男子も混ざっているが、俺の学校の奴らだ。こちらに居るウェイターの動向を気にしている。迂闊だった、店に入ってきて大人数のグループをまず把握するべきだった。あの『眞喜志悠私設使節団』(マキシマム)メンバーが此処にも居たとは!

 マキシ先輩の鶴の一言で、マキシマムメンバーは散ったはずだ。

 ……だとしたら、あの集団はジミーの差し金か…!?

「もしかして君、コミックバンドか何かのメンバー? 向こうのグループ、わりと気迫があって、すぐにでも確かめたいみたいだったから」

 笑顔〜でこっそりと話してくるウェイター兄ちゃん。いや、気迫があるのは一部顔と名前を知られたお尋ね者を探しているからではないでしょうか。無論、俺には 実はカリスマアイドルだったーなんて設定はない。

「コミックバンドって意外と難しいと思うんだ。俺も機会があったらやってみたかったんだけど、方向が定まっちゃって」

 何処に共感を得られる部分があったのか、だんだんタメ語になるウェイターがここに居た。

 ……つーか何でコミックバンド限定で話を聞いてくるんだ…!?

 畜生、おとぼけウェイターを使って俺の最終確認をしようなんざ、姑息な真似をする奴らだぜ!

 そんな卑怯な奴らに真っ向から対抗すべく、俺が打ち出した回答は――!

「あ、違うんで俺、イチハラカサネって名前じゃないんで」

 ぶんぶんと手を横に振ってみせることだった!

「……あの、…どうかしたんですか?」

 さすがに疑問に思ったのか、和谷が聞いてくる。俺は人差し指を唇に当てた。何が何でもこの場は知らぬ存ぜぬで通さねばならない。ていうか、投獄なんて冗談じゃないしまだ死にたくないし俺。

 そんな俺の必死な態度が伝わったのか、ウェイター兄ちゃんはうん、と頷いた。やわい笑顔である。

「そっか、女の子も居るし、せっかくのオフを邪魔されたくないよね。俺もわかります。すぐトマさんを呼ぶんで、待っててください」

 ……ん、オフ? ていうか何でそこでトマの名前が。

 向こうへ駆けていく兄ちゃんに 一抹の不安を覚え、あんた何するつもりだと聞き戻そうとした時、更にもう一人が滑り込んできた。

「イチハラぁっ」

 馬鹿、お前 俺が必死で否定しているのにその名前!

「……ど、どうしたんだよ森本……」

 咎められないほど森本は血相を変えていた。ピンで後ろに流した前髪が、エラく乱れている。

「はっ、は、……お、起きてきた……」

 呼吸を整えつつ、一番とんでもない事実を言わんとしていた。

「起こしてはならない獅子が…逆さ鱗を持つ龍が…覚醒しちまったッ……!」


 <ぱあとさあてぃすりい 終了>

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