ぱあと31 ナイスミドルの嫌いな言葉
――『おっかえりなさ〜〜い☆ おめでとうっ! 次の悪魔権は君に決定したよっ』
思い出したのはあのアホな出迎えだ。
事件の発端は三日前、試験前日。自室のドアを開けると 部屋の真ん中に誰かが居た。
黒のレース衣装に身を固め、無邪気〜な顔で宣告してきたのは、謎のゴスロリッ子、もとい……
「……ルイアントーゼか…」
俺は自分の髪の毛に手を突っ込んで苦悩した。
部屋で俺の帰りを待っていたのは、ルイアントーゼと名乗った少女。
ルイアントーゼいわく、世の中には悪魔うんたらという悪魔召喚に関する機関があるのだという。俺はそのなかの使い魔になる申請をしてしまったらしく、審議の後に正式に承認されてしまったらしい。ルイアントーゼは、俺に必要事項を伝えるべく上の勅命で遣ってきたのだそうだ。
誰かに呼び出されたら「使い魔」だとしてそいつの希を叶えなきゃならないとかで……
結果 俺は試験当日、終了15分前にこの和谷とかいう 一見物静かそうな少女の目の前に召喚された。
『でも約定は締結しちゃったみたいだよ?』
聞き慣れない単語を出され、ルイアントーゼに『その子の希、調べてみようよっ』と提案されたのが同日夜。
それからマキシ先輩に絡まれたり打診されたりで今日に至ったが――
今まで気が付かなかった。気付こうともしてなかった。俺は馬鹿か!
よくよく考えてみれば、使い魔になって こいつの希を叶えてどうするんだ?
俺はあのゴスロリッ子から何の説明も受けてない。
認定されました・使い魔になれました・オメデトウ、それが「そんなものか」という漠然とした縛りになって 思考が鈍っていた。
何かの力が俺の身に備わったわけでもなし、ルイアントーゼ、お前は一体何を――
……はっ もしかして こいつの希叶えないと俺死ぬとか!? 畜生になるとか!?
漫画で行われるお決まりパターンの構図が浮かんできてしまった。
……いや…俺は悪魔として既に……特殊な『第七の力』やら『零感性能力』とやらに目醒めてしまっているのか……!?
『……やっと見つけたぜ。あんたが…黒幕だったなんてな』
舞台は真夜中の校舎…廊下の向こうで潜む影に、俺は近づく……
『おや? 今頃気付いたのかいマイラヴァー重くん。そうとも、ワタシが君達の云う黒幕だ』
影は姿を現し哂う……人差し指で唇をなぞる仕種を見せつけて、俺と対峙する……
『さあ君の力を打ち砕いてあげよう。可愛い声で喚いて……くれるね?』
『笑わ…せんなっ!』
風が起こり外の木々がざわめく……それを機に跳躍する俺……目指すは奴……右手にチカラを込め、いざ……
『今まで俺をコケにしてきたその罪科……償ってもらうからな! 受けてみろ俺のゼロ式!黄金伝説☆飛翔☆煌―――!!』
しゃららら〜〜〜〜んっ(なんだかとてつもなく繰り出されるきらめきパワー)
「……それマジありえねぇ」
ますます頭を抱え、ぶんぶんと左右に振る。なんだ黄金伝説って。俺は一ヶ月何新記録に挑戦か。
磯辺の思考回路が感染ってるような気がしてきた。マキシ先輩が出てきたあたりで重症だ。
「あの。うなだれててもわからないんですけど」
和谷の容赦ないツッコミが飛んでくる。
60秒固まって苦悩する姿は考慮してくれないらしい。
続けて「こんな状況でどんな想像してるんですか」と追い討ちが来るような気がして、先手を切って話を持ちかけた。実際頭の中を見られているわけではなかったのだが。
「和谷。この後時間あるか」
真正面に視線をぶつけ、若干声を落として、大事な話をするように訊く。
「当事者に会わせる。居る確率を願いたいけどな。多分、それが証拠になるはずだ」
「え…」
「『彼女の目が瞬いた。一度、二度、三度。目線が交差し、心臓の鼓動が三音鳴る。そして彼女は目線を外して、頷いた。“こんな私でよければ、是非……”。永遠とも思える長い間だった。刹那の刻がこんなにも幸福なものだったとは、今迄誰が知っていただろう。身体の奥が熱くなり、次第に胸が高鳴っていく。あゝ然うだ、自分は此の言葉を云う為唯に生きて来たのだ。彼女に逢う為唯に、一日ゝを無為に過ごして来たのだ』……」
「――って、誰が後ろで余計なモノローグ……入れろって言ったああっ」
ツッコミも兼ね、俺は座ったまま 背後の語り該当者に裏拳を繰り出した!
直前まで気配を消す手練の刺客。俺と和谷の会話を付き合い始めのカップルだと思った奴の冷やかしに違いない。
こんな無粋な登場をしてくる輩は誰だ? 高速回転する頭の中で、該当者を弾き出す。顔を見るより先に拳を繰り出したが、該当者は森本か、あの女マスター・ワトコさんか、はたまた女子高生喋りの北欧系金髪少女か……いずれにしても、今の俺のツッコミを回避できる奴などいない!
「所詮はこやつも……素人ということか」
パシッ、と確実に裏拳が当たったと思った。が――
――弾かれた!?
当たったと思ったのは間違いだった。右の手の甲に受けた衝撃が神経に伝わる。止められるでもなく、何かを捕らえたわけでもなく、拳が何かに当たって跳ね返ったのだ。俺の高速裏拳が手で弾き飛ばされた。……誰だ!? 数秒にも満たない僅かなやりとりの中、俺は振り返り誰何の姿を見ようとする。行動を瞬時に判断できる奴…俺の裏拳を意図も簡単に弾いた奴――だが背後に居たはずの影は小気味良い音と残像を残して消え、声の余韻が届く前に俺の頭は――
「市原家んとこの長男坊。女連れとはまだまだ早いぞ」
無精髭のくたびれた親仁にとっ捕まっていた。
「なっ…… トマぁ!?」
いつの間にか手首を返される。序所に力を入れられて抜け出せなくなる、と直感で判断した俺は、まだ自由な肘で相手を突いた。が、躱され、体が反動でよろめく。立て直そうと左手で椅子を掴もうとした時、首に何かが巻きついて持ち上げられ、固定された。待っていたのはゴツイ腕の抱擁。手っ取り早く言うと首を締め上げられていた。
「しかも先手のやり方がなっとらん。裏拳を弾かれたぐらいで振り向いてどうする。隙が出来たな」
「……ちょっ…絞めんなっ、ギブ、ギブ!」
たまらずゴツイ腕から逃れようとするが、右手も左手も塞がれ じたばたするしかできない。
「ほお、おれの嫌いな言葉を発するか――因みに交互付与剥奪と相互利用許容内だ」
「違ッ…絞まってる……首…首ぃ…絞まってるっつー…にっ……」
「持ちつ持たれつという日本語を知らんのかと言いたくなるがな、『あいつら』には」
知らん!あいつらとか俺に言われてもまったく関係ないから!
「ぐ、ぐええ………」
嗚呼 父よ母よ弟妹よ……
心半ばで散る兄を潔しと云って…
……くれ る な……
「………ガクッ…」
「おや? ガクッ? 長男坊、自分で言う奴も珍しいぞ」
「そうですね、さっきのはギブアップって言おうとしたんだと思います」
「ギブアップだと? なんだ、早く言え」
ひゅっと首が冷たくなる。力を緩められた隙間と、俺の喉に空気が入ってきた。……会話が聞こえたってことは、俺はまだオチてはいなかったようだ。
「ぐ……はっ、はっ、はあっ……」
……まだ生きてた!
何度か咳き込み、やっと俺は 背後から締めてきた相手を見ることが出来た。
「それで、隣はお前の彼女なのか」
想定していなかった第三者。
40前後の見た目、無精髭に、眼光鋭く粗野でこけた頬の親仁。
「フィルド・ロック」の調理担当兼人気バリスタ――通称ナイス・ミドルのトマが、そこに居た。
<ぱあとさあてぃわん 終了>