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ぱあと30 本気で言ってる?使い魔宣言

 ようやくコーヒーがテーブルに置かれたのは、注文して十分後。森本が持ってきたものだ。

 トマのれてくれた『本日のスペシャルブレンド 砂糖&ミルクおすすめ調合プラス付』――それをごくっと呑みながら、「和谷、ひとつ言っとくぞ」と切り出した。

「俺がおたくに会ったのも、こんな風に言うのも、別に誰かの差し金じゃなくてだな」

 目の前には 抹茶カプチーノと、髪をひとつにまとめた和谷がいる。

 何の因果かこの喫茶店に入ったが、物分りのいい下級生は「現実的に」意図を読んでいたわけだ。

 まあ 誰だって「おたくの下僕になった」だの「のぞみを叶える」だの言われたら、ヒくわな。

 演劇部員に 同じ部の知り合いに頼まれたって知られたら、そりゃからかわれて小芝居でも打たれてるって思うわな。

「簡単に言うと、マキシ先輩に言われたことがたまたま俺の目的に合っただけだ。誤解するな」

 絡まった糸をほどくには、噛み砕いて話すほかない。が、ダイスの目が思うように転がらないというのは節理なわけで。

「『誤解するな』、ですか」

 向かい側の和谷はため息を吐き返答する。

 抹茶カプチーノを頼むとは、和菓子屋の孫らしいセレクトだった。

「あの話をどう解釈すればいいのか教えてください」

 ごもっとな意見パート2が飛んでくる。この現代社会において、常識人に超常現象理論は通じない。

「それともあなたは、使い魔やら下僕になったって本気で言っているんですか?」

「冗談で言うかこんな話」

「……」

 無言で和谷が席を立った。真顔が裏目に出て誤解されまくっていた。

 けれど、そんなあからさまな態度を何度もされると、ぴんと来るものがある。

「……成程なるほどな。ようやく解ったぞ、おたくが黙るのは図星な時だ」

 言い当てると、鞄を手にしていた和谷の動きが止まった。

 椅子に座っている俺を眼鏡越しに見下ろす。唇が曲がり眉間にしわが寄っていた。

 指摘されたことが予想外だったのか、気難しく感じたのか。

 ……これも 結構分かりやすい反応、って言えるのか?

 どちらにしろ、してやったりと此方が思える反応だ。普通なら戸惑いや嫌悪を示すのが、逆に小気味良かった。底知れぬ笑顔を向けられるより、ずっと疲れない反応だと思ったのだ。

 俺はこれ見よがしに また一口とコーヒーを飲むと、相手にずばり確信を突く。

「さっきの駅前で中坊に絡まれても黙ってたのは、当たってることを言われたからだろ」

「………」

「あ、これも図星かよ」

「違います。言い返しても無駄だから黙ってただけです」

 図星と言われたことが鼻持ちならなかったのだろう。耳近くの後れ毛を さらりと指で耳にかきあげると、和谷は席に座り直した。

「あの中学生は私の家を知ってたから、関わらないほうがいいと思って」

 ここで初めて、和谷の口から あの中坊の話が出た。

 …一丁前いっちょまえにブランド物のシルバーアクセを着けたガキ。年は中二か中三、さすがに中一ってことはないだろう。

 中坊ヤツが軽く言っていた通り、どうやら和谷とは知り合いでもなんでもなかったらしい。

「ナンパされてたんじゃなかったのか? 知ってた、って、一体何言われたんだよ」

 和谷は 腕組みをしながらふいと視線を逸らした。

「たいしたことじゃありません」

「そうか、おたくにも言いたくないことがあるって言うんなら、マキシ先輩にもそう『伝えとく』けどな」

 マキシ先輩効果の発動でさらっと流す。

「……」

 じっと和谷が此方を見た。卑怯の二文字を突きつけてくるようだ。でも俺は素知らぬ顔でコーヒーを飲んだ。使えるものを使って何が悪い。

 すると。和谷は本日何度目かの溜め息の後に、

「…『眼鏡っ子さんとこは 家広いし住んでる人間少ないから、変なの飼えるんじゃないっすか』って言われただけです」

 とまあ、中坊に言われたらしい科白をそのまハイスピードで羅列した。

 観念したものの詳しく説明する気はないようだ。自分で『眼鏡っ子さん☆』と呼んでいたことに気付いていないが、指摘したらこの眼鏡下級生はそのまま帰りそうなので黙っておく。

「『誰も住まなくなったら呼んでくださいよ、“あれ”以外にも人間一人くらいかくまえるっしょ?』とも」

「なんだそれ」

 確かあの中坊は、「ただナンパしてただけっすよ」と答えていた。

 嘘はない。しっかし、『飼える』『匿える』とは、中坊が年上お姉さんのミツギやペット募集するにはいささか不穏な響きが……

「住んでる人間少ないとか、誰も住まなくなったらとか――私の家の事情を知っていなければ、あんな探り方はしてきません。第三者が聞いたらナンパにしか思えない言い方だったから」

 『住んでる人間が少ない』――これは、和谷が祖父母宅に居候していて、三人住まいだと知っていたからか。

 すると、『誰も住まなくなったら』というのは――和谷以外に住む人間が居なくなったら、という意味か。

 つまり、中坊は 和谷の家が三人住まいで、年齢が高い祖父母と同居していると知っていた。

 じゃあ、『変なの飼える』『あれ以外』というのは――?

「昨日、祖母が話してました。お店に三人の男の子が来たって。二人は私と同じ学校の生徒、その前に入れ違いで――変わった敬語口調の中学生が買いに来ていたって。多分……さっきの中学生です」

 昨日の出来事を思い出す。和谷の家の店に行ったら、おばさんがにこにこ顔で煎餅を手渡してくれた。…今日は若い人が良く来てくれる、だとかなんとか話していたような。和谷の言う通り、あの中学生がわざわざ店までリサーチしに行ったのだとしたら……目的が掴めない分、気味が悪すぎる。

 そういや俺と遭った時も、あの中坊は妙に弁えていた。神経がズ太いのか単に俺を舐めていただけなのか。違うな、立ち居振る舞いが場慣れしているというか――意に介してないっていうか、そう、玄人クロウトだ。

 掴み所がない奴の扱いは弟で学習している。柳のような弟とあのヘラヘラ中坊は、一見ひと括りにできないようだが、同じ匂いがした。……つまり、『キレたら危ない』。

「そりゃ、確かに関わんないほうがいいぞ」

 断言していた。真剣と書いてキキセマルとルビを振る。

「一応聞いとくが、そいつも部に一枚噛んでるって思ってるのか?」

「……いいえ、それは…別件だと思います」

「ならいいけどな。そんなキケンな中坊ガキ呼ぶくらいなら演劇部の部長副部長あいつらはもっと用意周到にやってるだろ? GPSと集団マキシマム駆使して俺とっ捕まえてる奴らなんだぞ、どうせやるならもっと単純でバカげてて自分イロ出しまくってるとんでもない小芝居を――って、俺なにあんな変人ズの理解者してんだあっ」

「………」

 取り乱しそうになったのでコーヒーをすする。モカとキリマンジャロの崇高な香りが俺を救った。

 が、慌てていたので結果的にむせることになる。

 けほけほと咳をしていると、向かいの椅子が がたんと引く音を立てた。

 視界から和谷が消え失せる。

 あまりの格好悪さにとうとう帰られたか、と思った矢先、背中をとんとんと叩かれた。

「もう、なにやってるんですか」

 横から和谷の声がする。わざわざ立ち上がって傍に来て、むせる俺を気遣いにきたらしい。

「子供じゃないんですから、こんなことでいちいちむせないでください」

 手をつけていない傍らの水を差し出される。コップに口を付けた時、珍しいものを見たと思った。

 黙っていた和谷の口元が、ふっと曲がったのだ。

 悪さをした兄弟をたしなめて気遣うような、困った笑みを浮かべていた。 

 いつもあの 形式通りで対万人用な氷山の笑みを見ていたからだろう。

 鉄面皮が微笑むのを目の当たりにしたのと同じくらいの軽い衝撃を受けた。

 ……なんだ、こいつだって本心から…

「笑えるんだな」

 コップから口を離す。屈んで横から覗き込んでいる和谷に、ついそう口にしていた。



『い、市原重さん!』

 あれは、「和谷トキ☆奪大作戦第二弾」決行を託され、保健室を出て行こうとした時のこと。

 俺を呼び止めたのは 保健委員で演劇部書記でマキシマム会長で生徒会長の織枝さんだった。

『へ?』

『あの……っ、あの、わたし、磯辺さんに聞きましたからっ!』

 目をギュッと瞑って一代決心!ってな様子で俺に宣言。

 当然のことながら マキシ先輩と磯辺は、連行されて居なかった。

『和谷さんとそんな過去があったなんて…… 知らなくて、わたし軽々しく追ってほしいだなんて……! どんな境遇だったか、わたしには推し量ることしかできませんが… せめて おふたりのわだかまりがなくなるよう、祈ってますねっ!』

 ……一体磯辺は織枝さんにどんな説明をしたんだろう。

 そしてどうして俺は織枝さんにこんな極上の笑みを向けられているんだろう。

 が、その織枝さんの極上の笑みがふとかげった。

『その、今思えば――わたし、和谷さんを追い詰めるようなことばかり 言っていたと思うんです。そのうち何を伝えればいいのか、分からなくなってしまって。……だから……』



「――それなら私も、ひとつ聞いていいですか」 

 だが今の呟き染みた科白は、和谷の耳には届かなかったらしい。

 内心ほっとした。感覚だけで言ったものを突っ込まれたら、何も返せなかったからだ。

「百歩譲って小芝居と関係ないとして――その証明、出来るんですか?」

 こやつの譲歩の概念は百歩からなのだろうか。せめてもう五十歩歩み寄れと言ってやりたい。

「証明って……俺の」

「ええ。使い魔だとか私の希を叶えるだとか。その手っ取り早い確かめ方法です」

 膝を伸ばして立ち上がる。再び俺を見下ろして、和谷は純粋な疑問を投げた。

「そもそもあなたは、私の希を叶えてどうするんですか?」

「…………」

 停止間、長針一移動。

 人が質問に黙ってしまう理由は、三つに分類できる。ひとつは言い当てられて答えに窮する時。ひとつは頭が真っ白になって、答えが追いつかない時。そしてもうひとつは、考えもしない真実できごとに直面した時だ。

 俺は 立っている和谷を見上げ、口をあんぐりさせたまま60秒程固まっていた。

 まさに盲点。灯台下暗し。ていうか単に俺が素通りしてただけか!

 新・事・実・発・覚。

 そういや……

 俺って……

 ……こいつの希叶えてどうするんだぁ……!?


 <ぱあとさあてぃ 終了>

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