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ぱあと29 弾丸パフェが出るカフェで

 なんとなくつかめてきた。

 向かいに座るこの女子は、黙っていれば人あたりがいい。大人しい立ち居振る舞いで、余計な喋りも無くただ微笑む――いさかいを好まない 今時珍しい物静かな少女、と呼べるだろう。

 部類でいうならあれだ。

「おたくさ、男から荷物持つよって言われても イイエ結構ですとかって断るタチだろ」

 顔を真っ赤にして遠慮してしまうタイプや 異性に依存せずすたすた行ってしまうタイプならまだいい。

 が、この下級生はどちらにも属さないからややこしいのだ。

 きっとそういう場面に遭ったら、こいつはまずやんわり断るだろう。男は遠慮だと思ってへらへら笑って再度聞く。

 するとこいつは、恐らく相手に――

「そうですね。あなたみたいにわきまえない人には 消え失せてくださいって言います」

 とまあ、一触即発な火種発言をぶちかましていくわけで。

 要するに、エラい攻撃的な奴だということがわかった。

 真正面から攻撃する毒舌家だ。内側に爆弾焼夷弾手榴弾抱える危険度高の女子なのだ。

 けれど俺はめげない。屈強な意志は波乱万丈な私生活でとっくに身についている。

 結構なタイプの人間と渡り合ってきた自信がある。例を挙げればマキシ先輩とかマキシ先輩とか。

 ……それに…こういう根性捻じ曲がった女子の心意気を認めてやる奴こそ『真の漢だ』って此処のマスターが…女主人プロプライトレスと呼べと言われているがマスターと呼ばずにいられないあの人が言ってたからな!

「大体そんなたとえ、今の状況に何の共通点が――……聞いてます?」

「ああ、もちろん俺は遠慮がちに断るもじもじタイプの方が好きだけどなっ!」



 カ コ ー ン 。



 俺が叫んだ直後、店に掛かっていたBGMが消えた(気がした)。

 今のは別に 獅子脅しが鳴った音じゃない。

 オーダーを取っていった気弱そうなウェイターが、伝票書き(クリップボード)を落とした音だった。

 振り向かれ、なぜか期待に満ちた眼差しを受ける。強いて言うなら「二人のメモリアルが始まるトキメキフレーズを聞いちゃった どうしよう!」的な。

 今の、絶対「好きだ」という部分しか聞いていなかったに違いない。

「…って、この台詞セリフがやっぱグっとくるよな〜。さすが磯辺副部長の脚本だ」

 ごくナチュラルに言い流すと、BGMは再度クラシックを流し出し、いつもの喫茶店の空気に戻った。

「おーい 路留ミチルくーん、7番テーブルヘルプってー」

「あっ……はい!」

 『ミチル』と呼ばれた線の細っこい兄ちゃんは 奥に駆けて行った。

 客がいる前でヘルプ要請とか、駆けて行くとか、店の人間からしてラフな店。

 ――それが此処、『フィルド・ロック』ならではの光景だった。

 煉瓦レンガ造りのショボイ外観(マスターに言わせればヨーロッパ風)。それとは裏腹に、店内はニューヨークスタイルのラフな雰囲気で、家具を銀色のスチール製でまとめている。掛かる音楽は弦楽器のクラシックで、オブジェはアンティークオルゴール、壁に貼られているのは風景写真。特定日の夜にはジャズバーにもなって、ピアノの生演奏が聴ける。ところがどっこい、出てくる料理は全て創作和食だ。

 外観・店内・料理と、ある意味和洋折衷な店なのだが、味に保障があるため客足が途切れることはない。

 かくいう俺もその味に惚れ込んだ一人だ。ナイスミドル・トマの作る丼物は最高に美味い。

 マキシ先輩に渡された『例のブツ』をかざした途端、和谷を自主的に連れ出せることになったのは良かったが――何処で話をすべきかが問題だった。注目を浴びてしまった おさんぽ通りから一旦離れた場所。かつ、駅の裏路地でマキシマム残党の目に付きにくいところ。……背に腹は変えられないと、選択したのが此処だったわけだが。

 正直、俺は後悔し始めている。色々なリスク覚悟で食べに来たくなる場所だが、一人ならまだしも、和谷と入る店じゃなかったかも知れない。

 …せめてもの救いは、夕方前の時間帯だったことか。もう少し早ければ遭ってしまっただろう。そう、マキシ先輩に匹敵、いや、それ以上に関わりたくない、あのマスターに。

「それで。私に話したいことってなんですか」

「………」

 ……しっかし、やけにすんなり事が運んでないか?

 凍土並みの笑顔で威圧され(一昨日)、足蹴にされ(昨日)、今日など『怪発言』呼ばわりされてきたのに、ショッパーを見せた途端、先に歩き話をさせようとする。いくらマキシ効果とはいえ、この展開に俺は戸惑うばかりだ。マキシ先輩は「袋を見せればワタシだと言わなくても分かるよ」と言っていたが……もしや。

「実は中身これがなんだか知ってるのか、おたく」 

 やけに落ち着いている和谷。悪役で通してしまった俺の方が何故か焦り、例のショッパーを再度見せることになる。大学ノートより一回り小さいくらいの布袋。デフォルメされた鳥のイラストと、【Gnossiennes】とロゴが描かれている袋だ。感触からして、CDアルバムか何か。

「ええ、DVD−Rだと思います。以前 眞喜志部長に見せてもらいましたから」

「…DVD?」

 そこで中身を取り出してみると、出てきたのは、確かに何の変哲もない――DVD−Rケースだった。中にディスクが一枚入っているが、ラベル表記も何も無い。

「市原さん、あなたは――何処まで知ってるんですか」

 対面式に座った席で、和谷は神妙な面持ちをして訊いてきた。

「何処までって……」

「渡された意味はなんとなく分かります。ただ、どうしてあなたがそれを持っているのかが気になったんです」

「話しただろ。マキシ先輩とはちょっとした知り合いなんだよ」

「そういうことを聞きたいんじゃありません。眞喜志部長から……いえ、左垣先生本人から何か聞いたんですか。だからこんな……回りくどいことを」

「は? 何言ってんだよ。俺の話覚えてるんだろ」

 何か変に話がずれていっている気がして、ただそうとしたのだが。

「大方 磯辺先輩の作り話ですよね。外部の人にまで頼むなんて…」

「はあ?? ちょっと……おたく、なんか読み違えてないか」

「でも私は……今の状態じゃ、どうしても……」

「おーい。もしもーし?」

 しまった。どうやら和谷は、俺の話を一片たりとも信じていなかったらしい。

 しかも 磯辺と一緒に和谷宅に突撃訪問したのがあだになったか、妙な方向に考えを固めている。

「あー……んーとな、和谷?」

 次に何を話すべきか考えた。マキシ先輩に頼まれたというのは本当だ。厳密に言うと、俺が自主的にそうしたとなっている。が、それは本来の目的と重なっただけだ。元々俺はルイアントーゼ経由で、和谷の「願いを叶える」ために動いた。

 どう話を続けていけばいいのか……、そう思っていた矢先。

 びゅんっっと何かが鼻先を掠め――俺の髪の毛が数本ぱらぱら散っていった。

 現れるは、どどん!と眼前に置かれた巨大なオブジェ。

 ……!?

「Kiitos! お待たせしましたあー 当店裏メニュー『みらくるもちっコ』もとい 餅パイあずき添えと 表メニューのジャンボパフェ餃子でぇ〜す」

「早!? つーかこんなもん頼んでないし!」

 身の危険を感じるえげつない接客に、心臓がばくばく鳴る。即座にツッコミを入れて見上げたが、そこにはほくほく笑う金髪北欧系のピンクフリフリメイドしか居なかった。……んん、金髪北欧系?メイド?? いつからこの喫茶店はピンクなメイド服が制服になったんだよ!

「ハイ ココでAika palvelut〜! ジャンボパフェ餃子に目の前で生クリームを追加しちゃいますぅーっ!」

 空気を切り裂く殺意溢るるスピードで置いていった人物と、このうきうきスマイルがイコールにならない。金髪北欧系少女は俺の驚きも意に介していないようだった。絞り袋を手に持ち、事もあろうに目の前で 積み上げられた餃子にこんもりと生クリー…ム、を……!?

「キュスティ、違う。それ奥の席んだろうがヨ」

 折を見てか、別のウェイターが ちょいちょいと向こうに指を向けた。

 ウェイトレスののんびりした表情がはてなマークに変わった。目鼻立ちがはっきりしている割に、そばかすが残っている顔だ。ようやく合点がいったのか、ぽむと日本の古典的に手を打つ。

「Oh,Len pahoillani! 間違えちゃったぁ。てへ」

 ……なんだこの女子高生バイト風な 流暢りゅうちょう外国語&日本語使いのメイドウェイトレスは!

 しかもよくよく見れば、金髪北欧系少女は メイド服の上にこの店のカフェエプロンをつけていた。

 ……もしかして、メイド服を私服で通してるとかそういうことか…?

「スイマセン、下げときますンで」

 染髪金色のウェイターが、ジャンボパフェ(ただし餃子の)を取り下げて、私服メイドに渡す。見事な営業スマイルでこの場を収めていた。髪を後ろで一つに縛り、ピンで後れ毛を留めた髪型。白シャツにカフェエプロンをピシッと着こなしているのが、染めた金髪とラフな顔立ちにミスマッチしている。

 …金髪。そこではっと気が付く。

 陽気なラテン系気質を全身から醸し出しているその男。俺は言わずにいられなかった。

「……森本か?」

 その姿に心当たりがあった。ほぼ確信を持った問い掛け。いつもは金髪を逆毛にしているか、もしくはそのスタイルだと眼鏡をプラスしている奴だ。

 名前を呼ばれて、向こうも顔を上げる。奴も俺に気付いたらしい。

「…なーんだ、イチハラじゃねーの!」

 周りの客にも聞こえるくらい声を出す奴は、やっぱり帰宅部の森本だった。

「何でここに居るんだよ」

「新しくバイト始めたからに決まってンだろが。オマエたまにココ来るらしいなァ。和途古ワトコさんに聞いたゼ」

 今一番聞きたくない名前と話題を振られてしまった。

 森本は視線をふいと左にずらして、俺の真向かいの席に居る女子を見る。視線を受けた和谷は軽く会釈した。逆毛の金髪(もちろん脱色)の派手な奴と俺がなんで知り合いなんだろう、と言いたげな顔だ。

「……。イチハラの知り合いかァ?」

 森本も俺と和谷がなぜ同行しているのか、疑問に思ったらしい。

「まあそんなとこだ。ほら、勘繰かんぐってないでとっとと仕事しろよ。言いつけるぞ」

「うおっとヤベェなそれは。ただでさえ今日は右堂(ウドウ)回避に疲れてんのによォ」

「ミギが?」

 手のひらを返してシッシッと追い返す仕草をしながら、俺は思い返した。

 ……そういや俺、今日教室でミギに絡まれたとき、つい何か口走っていたような……


『なんだイチハラ? 弁明でもあるのか?』


 大胸筋を惜しげもなく動かして言ってきたミギに、何か突破口となるような一言をかまして出て行ったような気が……


『実はとある友人の言葉を思い出してたもんで。なんかそいつ、進路関係で悩んでるらしくて…右堂先生に相談したいことがあるとかなんとか。誰かって言うと、あの森本なんですけどね、はい』

『…なっ……なに、本当か!?』


「ココ向かう時からケータイ鳴りっ放しでよ。どこで番号調べたんだか、右堂が『先生の胸はいつでも貸せるからなっ!?』とか『相談したいことがあるならばーんと来いっ!』ってキモコワいことを言ってきやがって……やっとの思いで着拒にしたんだゼ!?」

「………」

「オレ なんかしたかねェ。イチハラお前知らねぇよな?」

「滅相もございません」

 すまん森本、売ったのは俺だ。


 <ぱあととぅえんてぃないん 終了>

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