ぱあと28 お付き合いは却下です
『♪どうか 泣かないで〜痛がらないで〜〜♪』
ケータイが鳴っている。イニエの新曲着歌がくぐもった声で着信を知らせている。
『♪きみの温もりを〜覚えたいから〜 きみを護ってゆきたいから〜♪』
本来胸に染みるはずのサビは 今の状況にまったくもってミスマッチだ。
「電話、来てますよ。早く出たらいいと思いますけど」
「……で、おたくはそのままトンズラすると」
捨て台詞を残して立ち去ろうとした相手に、苦言を呈した。
相手――和谷の足がぴたりと止まる。奴は斜め後ろに振り返り、こうのたまった。
「ええ、あなたには ま っ た く 関係のないことですから心配しないでください」
危うく 鞄から取り出したケータイを掌内で握り潰すところだった。この皮肉屋は、どうやらあたり構わず敵をつくりたいらしい。
それでも一つ咳払いをして、俺は平静を装う。
「同じ消えるにしても別の言い方ってもんが有るだろ。いちいち忠告しないと聞けないのかよ」
先輩たるもの、後輩の失言をいちいち取り糾したりはしないのが寛大ってものだ。
目を伏せてわざと奴の顔は見ない。軽くいなしてクールな提言、これにはさすがの皮肉屋も己の行動を省みるだろう。その証拠に何も言い返してこないではないか。よしよし、やっと生意気下級生も俺の発言に胸をつかれたか。
『♪行こう〜僕たちはたどり着ける〜〜 きっと〜どこかへ〜〜♪♪』
着歌音楽が快く聞こえた俺は、二つ折りを開き、「志珠」と表示された液晶を確認して通話ボタンを――
「そんなにお礼の言葉に飢えてるみたいですね。なら有難うございました助かりました、これで満足ですか?」
――勢いあまって電源ごとブチイイィッと切っていた。
「あーたどり着けたら苦労しねぇよ きっとどこかへなんてやけに楽観的だなおい!!」
「……」
「気にするな。歌詞に対する一方的な主観を述べたまでだ。で、聞こえなかったがなんだって?」
和谷お得意の爽やか笑顔を返してやった。ただし、俺のはひきっつった笑いが追加されている。
「……。何か聞きたいことでもあるんですか」
「ふて腐れながら連行される重要参考人みたいな言い方するな」
「ならどうして――」
和谷が珍しく言葉を遮ろうとした時だ。ケータイを鞄にしまったのと同時、脂肪の厚みアタックが俺の背骨にモロ ガツンとヒットした。
「ぉぐはぁっ」
よろめき倒れそうになる俺。だが持ち前の打たれ強さと背筋力が幸いして、かろうじてコンクリートにスライディング接吻は免れた。
「見たわぁ! やっぱりこういう場面は若くなきゃ出来ないってねぇっ」
……き、貴様は先程の恰幅良いオバチャンA!!(サイ似)
「元カレと今カレの修羅場なんてね〜。わたしもそうだったけど悩み所よ〜ウフフフ」
……フェロモン系スレンダーマダム(馬似)が 結構な誤解してる!
「さっきアンタ公言してただろ。うんうん、並々ならぬ関係ってきっぱり言ってて感心じゃないか」
……か、雷様(パンチパーマカット)まで!?
ずらずらーっと立ちはだかるおばちゃん三人組。やけにニコニコしている。対照的に、和谷の目が心なしか冷たい目をしてて怖いんですが……!
「「「ほれ、仲良くやるんだよ!!!」」」
ガッ ガッ ガキィーン!(←←PPP ×3)
〜〜〜“Excellent!”〜〜〜
勝手に修羅場に送り出して勝手に満足したトリオは、俺に連打Pを全て打ち込んで去っていった。
「ぐ……ぐはっ……」
たまらずその場にしゃがみこむ俺。K.O.だ。避けることはおろか 避け投げ抜けしゃがみダッシュガードもする余裕がなかった。ていうか胸筋はそこまで鍛えてなかった。
呼吸を整え、何とか立ち上がる。あたりを見回して、今頃――異様な雰囲気に気が付いた。
――そこかしこから感じる視線。
道行く人が 離れた場所から人垣をつくって此方を目視している。
ドーナッツ屋に居る客も、ガラス越しにポン様くわえて此方に興味津々だ。
女子高生と中学生とのいざこざに飛び出てきた男子生徒の図。通行人の興味をひくには当然だろう。
「……あー……なるほど、ね」
これじゃ和谷が背を向けてすぐさま帰りたかった理由も解る。
遠巻きの視線を敏感に感じ取った、ということか。
……にしても、俺はどうして今まで人の目に気付かなかったのだろう。
まるで何か大きなドーム型に一帯だけ覆われて、いきなりぱかっと外されたような気分だ。
いつからだ? あの中坊が現れて、オバチャン異種三人組が出没して、さっき場から消えた時――
おかしくないか? なんであんなタイミングよく現われたんだ? 俺か和谷を待ち伏せしてて、時機見計らってきたみたいに……
……はっ まさか!
「あの異種三人のうち誰かが結界使いだったか……!?」
「声に出てますよ。妄想も大概にしてください」
ナイスツッコミ、和谷。
「――と、まあ場を和ますジョークはさておき。ここで会ったが百年目いやもとい吉だ」
「思いっきり本気だったような気がしますけど」
鋭いツッコミはATするにかぎる。
さっきのは冗談で言った感じじゃなかった。絶対素だった。と和谷の目が語ってるが気にしない。
「俺が一昨日言ったこと覚えてるか? 景気よく左足踏んでったんだから、忘れてるわけないよなあ」
思い出したらだんだん腹が立ってきた。一昨日は一昨日で 最低呼ばわりされて左足をだんっと踏みつけられ、昨日は昨日で最低最悪呼ばわれされ指が痛い思いを――これらの行為を理不尽な暴力とせずになんと呼ぶ。
「ああ、あの怪しい発言ですよね。私の願いだか望みだかを叶えなきゃならない悪魔になったとか」
言葉に毒気を注入させながら、刺々しく和谷が返してくる。
「だったら話が早い。つまり俺は今おたくの青春の悩みやら乙女の願いやらをいちいち聞かないといかないという七面倒臭い状態な訳だ」
「――それで?」
「円滑に進めるためには本人の意思と協力が必要だ。だからおたくを探しに来た。つまり――」
この場から退散されては適わないと和谷の肩をがっしと掴み、清々しく高らかに声を張り上げる。
「ゴチャゴチャ言わずに付き合えってんだよ!!」
でびるにお願いっ! ぱあととぅえんてぃえいと
「ヨッ兄ちゃん! 見せ付けてくれるじゃあねえか」
途端、賞賛と祝福の温かい拍手を周りからいただいた。
まったりした午後の日差しの中、期待と興奮と羨望の眼差しを向けられ、ピューと甲高く鳴り響く指笛。
ポン様片手にドーナツ店から出てくるお客。遠巻きが列を成して道路に作られた人壁。
「『付き合えってんだよ』か……フフッ、ちょっと強引だけど、嫌いじゃないわね」
「サイアク、なにあのデレフラグ前のツン発言〜」
「今の若者には勢いが足りないからな! 玉砕覚悟でいくとは感心感心!」
「つか あれ砕け決定じゃね?」
…いつの間にか歩道のギャラリー増えてるし!
ていうか勝手に説明したりほのぼのしたり冷静に意見を述べんでくれ!
「ちょっ――なんなんですか!」
即座に肩に掛かった俺の手を引き剥がされた。
その拍子に和谷の眼鏡がずれる。大人しそうな見かけとは裏腹に、潔く、糾弾するのかってくらい強い意志の瞳が、此方を見据えていた。
…前にマキシ先輩が皮肉ったのを覚えている。
『いいや? 今度の劇の主役に抜擢されて、皆の期待を一身に背負っているよ』。
――確かにこの強靭な意志の強さなら、どんなに周囲に誤解されようが、期待に反して陰口を叩かれようが、そのまま我が街道を突っ走っていけるだろう。もしくは、凍てつく笑顔で周囲を黙らせるか、感度良い笑みで周囲を和やかな雰囲気にして黙らせるか。
いずれにしても、己が道を走ってひたすら稽古するようなタイプに見える。……劇の主役に抜擢されたのが、本意であれば。
『わたしたち、きっと追い詰めてたんだと思います』
学校を出る前、保健室で織枝さんが言っていた。
『だって、和谷さんが本当にやりたかったことは―――』
……そうだ。引っ掛かっているのは、そこなのだ。
「ホントわかんない奴だよなー……」
思わず溜め息が出た。このままだとムキになって逃げられそうな勢いなので、奥の手を使うことにする。
なるべくならこんな形で使いたくなかったが――どっちにしろ用件はコレだ。
「とりあえず俺の用事を言うぞ。マキシ先輩にこれを渡すよう頼まれた」
例のショッパーを掲げてみせる。固有名詞を聞いた途端、相手の顔つきが変わった。
「……!? 眞喜志先輩……?」
特に最初の固有名詞は効果覿面。カリスマ・マキシパワーはどうやらここでも健在らしい。
訝しげな視線を受け、説明してやる。
「ちょっとした知り合いなんだよ。か な り 不本意な繋がりだが、この際どうでもいい」
日本語って素晴らしい。言葉通りにちょっとした知り合いなのに、何だかとてつもない関係のような 含みを持たせることが出来るからだ。
目論見の通り、和谷は 俺の口から先輩の名前が出たことに驚いていた。
俺はブツをちらつかせ、相手に渡すような素振りをしておいて、さっとひったくる。
「取引だ。渡す前に俺の話を聞け」
我ながらとても悪役っぽかった。
内心、例のブツを小道具にするなんて冴えてるだろ俺!と称嘆していた。
「隙あらば逃げそうだからな。こういうのがおたくには手っ取り早いだろ。――どうする、聞くのか聞かないのか?」
「却下します」
会話が終了した。二択で聞いたのに却下と返された。取引そのものを取り下げられた。
「命令は公正な取引と言えません。それに、あなたは部長の私物や愛玩動物や寵愛対象にでもなったつもりですか」
彼氏とか言わないあたり、コイツもマキシ先輩に普遍ではないものを感じているのだと推測出来た。
「って言ったらどうする」
「まずありえないですね。眞喜志部長の『趣味がものすごく悪い』ことになりますし」
「ははあ、そう返すか」
下がった眼鏡を上げ直し、つんけんしてる和谷。その切れのいいツッコミに確信する。
「やっぱりな。ホントはもっと気強いんだろ」
コール&レスポンスは会話の中で最も大切だ。意思表示のために相手に返す。出くわした場面で違和感があった俺は、この際訊ねてみた。
「なんであいつに黙ったままだったんだよ、さっき」
そう、初対面の時 乱入した奴(つまり俺)に消えてくださいと言えるような肝っ玉の据わった持ち主が、何故さっきの中坊には黙って応戦するだけだったのかが、気になっていたのだ。
「……それとも やっぱりあの中坊と何かあったのか」
訊いてもどう返ってくるかは大体予想がついていたが。
「気が強いって解ったのなら この先私が言う科白も予想出来ますよね」
ああハイハイ、にっこり笑って油断させた後にどうせあれだろ、潰れろ木偶が!とか滅するとか1ナノも残さず消えろとかって……
しかし和谷は俯き、声をか細くして ごもっともな提案をしてきた。
「……いい加減この中に居るのやめませんか」
ほへ、と怯んでしまったのは俺の方だ。確かに、誤解されたギャラリーの中では視線が痛くて居辛いが……
和谷が先を歩き出す。立ち止まっていると、強気な顔が振り返った。
先程の 立ち去ろうとした後にのたまった時のような笑みではなく、素の難しい顔をしたままで。
「まず話を聞かないといけないんですよね? か な り 不本意ですけど」
さすがは学校のカリスマ部長、マキシ先輩の恩恵だと言えた。
<ぱあととぅえんてぃえいと 終了>