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ぱあと27 眼鏡っ子と中学生

「ちょーっとごめんな。俺、コイツと知り合いなもんで」

 場の空気に乗せられている感がありながらも、学ラン――おそらく中坊に笑顔で切り返した。

 街角セレブ三人組にどんと押し出されて、駅前の街路の端で男女二人の仲裁役だ。見慣れた制服姿でうちの学校の女子だと思ったが、何の因果か渦中のコイツだとは。遠目で見た限りでは、学ランに絡まれてるようにしか見えなかったのだが――黙って見過ごすわけにもいかないだろう。

「そうっすか。で?」

「は?」

突然乱入のトビイリオニイサンのことっすよ。で、このメガネっ子サンとはどんな関係?」

 中坊は意にも返さず聞いてくる。快活な喋り。万人、特に年上受けしそうな悪気のない顔を向けてきた。普通 明らかに年上っぽい制服の奴が来たら、萎縮するまではなくとも警戒か困惑するはずだ。それがこの中坊には、ない。

 …直感だが、見た目とは裏腹に 結構あくどいことをしてそうだ。

「あー…どんな関係って……」

 俺は対面している和谷の様子を窺いつつ、どう答えていいか思案する。言えるものだろうか。俺が悪魔権を獲得していてコイツと主従関係を結んでいるとかってのは……

 だがここで答えておかなければなるまい。俺は中坊を見据え、キリッと真面目に答えた。

「公には言えない並々ならぬ関係だ」

「却下します」

 即座に横から打ち消された。しかも仲裁に入ったのに当人に却下された。

「通りすがりは帰ってください。ご心配なく、私一人でも対処出来ますから」

 この上なくにっこりと微笑まれる。出た、有無を言わさない絶対域の冷凍微笑。

「……。オニイサン、通りすがりって言われてっすけど」

「気のせいだろ」

「いやガチで聴こえたし。ヒトリでも対処できるそうっすよ」

「錯乱だ。もしくは危ない目に遭わせないために庇ってるんだ」

「なんか羨ましいくらいポジティブシンキンっすねー」

 学ラン中坊は頭の後ろで腕を組みながら、受け流す。気が逸れたのか、フランクに笑いかけてきた。

 ややツリ気味の目。砕けた喋りには、イラついている様子もキレてる様子もない。小生意気。憎めない。大人はそんな言葉でアッサリ許してしまいそうだ。嫌な奴には見えないが――覗いた八重歯と、暗澹としたにごった瞳が、どこか底知れなかった。

「オレの方は別に知り合いじゃないっすよ。好みだったから声掛けてただけ」

 けろっとした様子で学ランは言う。

「はぁ? 声掛け……?」

「そうそう、キミ暇〜? 蜜カノならないー? オレみたいな年下麺飼ってみない〜?って」

 チャラけててどこまで本気なのか冗談なのかはっきりしない。

「……そうっすよね?」

「………」

 食えない視線を受けるが、和谷はそれを黙って見返した。否定しない代わりに、思いっきり抗議の目だ。

 和谷がコイツをよく思っていないというのは理解した。

 が、理解できないのは……この学ラン中坊の言動だ。

 ……コイツ、蜜カノミツギ勧誘だの自分をイケメンだの…

 最近の中学生は高校生相手にナンパできんのかよ。しかもなんだって和谷相手に。誰でも引っ掛かるからあえて難易度高いこの眼鏡っ子を選んでみたとか。眼鏡っ子スキーだとか。罰ゲームだとか。マジメな態度をからかってみたとか。

 じろじろと中坊を眺めてやる。奴の学ランがヒラヒラはためいた。…学ランを全開して、下も軽く腰パン状態だった。しかもよく見れば、指とベルトに一丁前にブランドものの銀アクセが光っている……

 ……。中坊ガキのくせに……許せん!!

「ならその申し出を丁重に断ってやれよ、和谷」

 その度胸をへし折るべく、いや絡まれている下級生を助けるべく、俺は和谷に話題を振った。

「アタイ達はこれからラーメン食べに行くのさ……ってなッ」

 親指をくいっと反対側に向ける。矛先は 飯前なら行列がそこそこできるラーメン屋――『呑丼軒どんどんけん』!

 メニューの四川麺は辛さ段階を選べて、もれなく抹茶かバニラのアイスクリームがついてくる。辛さに負けそうになったらアイスを食べて舌を回復させればいいという店主の配慮だ。

 ……イケメンを名乗られて誘われただけに……麺で誘いを断るッ!!

 我ながらいい提案だと思ったが。肝心の和谷はふいと横を向いた。

「却下します。ラーメン好きじゃないので」

 勢いづいた親指がふにゃと曲がってしまった。

「おいコラ! なんつー冒涜暴言だ、職人さん努力の賜物 日本人が愛してやまないラーメンをっっ!」

「あんな脂っこくて健康に悪そうなもの食べられません」

「あっ謝れっ! 今すぐ拉麺超人と小池さんと全国全世界の麺ラーに謝れぇぇっ!」

「オニイサン必死っすねー」

 中坊の学ランがヒラヒラはためく。完全に第三者目線で物事を喋られていた。

 くぐもった歌声が周囲に響いたのは、その後だ。

『〜〜〜♪ 肌で触れた〜〜♪』

「……あ、絶っ妙なタイミングで着歌」

 学ラン中坊が 学生ズボンのポケットをまさぐる。

 ……はっ…今のイントロは。

『♪抗う術を知るために〜きみを抱〜きしめた〜〜♪』

 中にこもっていた歌声が、引き上げられてクリアに聴こえた。奴のケータイに電話がかかってきたらしい。中坊は真っ赤なケータイの液晶画面をスライドさせると、そのまま耳に押し当てた。

「ハイハイこちらトモウー、なんすかセンセ?」

 人目を気にせず話し出す。

「……あーやっぱアイツ自分で勝手に動いてたんすね。片割れ見つけんのに躍起になってんじゃないっすかあ? ま、コッチも『接触』させてもらったんで、相互利用許容内フィフティフィフティっしょ」

 間違いない、今の着歌は イニエの曲『きっと、どこかへ。』だった。正体不明で、CDのジャケットはおろかPVにも実像を映していない、秘匿性を前面に押し出したアーティスト。中世的な声なので性別も不明。最近巷で騒がれている、謎の人気歌い手だ。俺は20代後半の美女だと踏んでいる。これは譲れない。

「やだなあ、オレまで疑う気すかー? ちゃんと動いてますよ、今だって該当者アタリっぽいの『天蓋』に入れて…… えぇ?なんだ、そのことっすか? ああ…ハーイハーイ、すぐ行きますー」

 俺が着歌アーティストに想いを馳せている間に、通話は終了していた。

 ストラップも何もついていない真紅のケータイをしまうと、中坊は俺らを一瞥する。

「じゃ、オレは用事が出来たんで。足止めしてすいませんでした、メガネっ子サン」

「……」

「そういう攻撃的なカオ、嫌いじゃないすよ。捻じ伏せたくなる」

 今さらりと問題発言をしなかったか。

 その場を出て行こうとする中坊。やけにあっさりした退場の仕方だ。

「おい、お前……」

「市原さん」

 呼び止めようとした俺は、横の和谷の声に自分が引き止められてしまった。

 腕を軽く掴んでくる手の感触。見ると、和谷が後ろで俺の腕を軽く押さえて、制止していた。

 自分の名前をこいつに呼ばれるとは考えもしないことだったので、つい呆気に取られてしまう。

 が、何に反応したのか、出て行こうとした学ラン中坊がくるりと振り返った。

「…『市原』……?」

 一瞬、奴の目が冷えて 刺してきたかと思った。

 ぞっとしない目だ。引きつる顔で言い返す。

「…なんだよ」

「イヤ、いい名前だなって思ったんすよ。 ……偶然。オレが潰したいヤツのと同じだ」

 褒められた気がひとつもしなかったが。

「じゃあ忠告しときますよ。くれぐれも義弟選びは慎重に。職権乱用ヘンタイ校医と言動キレてる小学生なら、オレのほうが断然いいっしょ?」

「おとうと……?」

「ラーメンなら今度オゴってくださいよ。じゃ、また」

 手持ちのショルダーを肩に担いだ奴の目には、もう暗澹くらやみは何処にも無かった。

 謎掛けの捨て台詞に、俺の脳が必死に会話反芻と思考回転をし始める。

 ……おとうと選び?

 こいつ、中学生だよな。普通の学ランの……ってことは、市内の公立学校だ。

 職権乱用ヘンタイ校医と言動キレてる小学生と中坊って、なんの選択だオイ。

 しかもロクな奴居ないし究極の三択っぽいぞソレは。

 だがふっと顔を上げてみれば、奴の姿はそこから消え失せていた。

 きょろきょろと辺りを見回すが、駅前の雑踏にとうに紛れた後だった。

「おかしな奴も居るもんだ…」

 思わずそんな感想が出てくる。掴み所のない奴……そんなのは俺の弟だけで充分だろ。

 一瞬冷えた目をしてこっちを驚かすとか、問題発言をさらっと流すとか、ただ者じゃない雰囲気は見て取れた。あくどい事も二、三やってるだけじゃ済まなそうだ。

 しかもあの中坊の着歌ときたら……

『♪どうか 泣かないで〜痛がらないで〜〜 きみの温もりを〜覚えたいから〜〜♪』

 …偶然にも俺のケータイと同じ選曲だった。


 <ぱあととぅえんてぃせぶん 終了>

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