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ぱあと26 マダムの張り手は半端ない

「……?」

「………??」

 時刻はちょうど午後二時。

 駅前の『おさんぽ通り』は、平日の昼過ぎでも人が集まっていた。

 ことに銀行が立ち並びカフェも市役所出張所もある この通りは、様々な客層が目立つ。銀行に用のあるサラリーマンとか、金を下ろしに来た大学生とか、市役所出張所の帰りのばあさんとか、カフェで昼食中ランチのOL、子供連れ等々。今の時期テスト中の学校が多いからか、早い放課後の寄り道を満喫する制服姿もちらほら見かけた。

 そんな人々から訝しげな視線を送られる俺。世間一般に遍在する高校生は仮の姿、実は誰もが羨むカリスマアイドルだったー なんてサブ設定はない。

 ――挙動不審になるのも当たり前だ。

 あの後、織枝さんと二・三会話し保健室を出た俺は、即 階段脇・生徒玄関の裏・木蔭と俊敏な動作で移動した。どこぞの命がけかくれんぼゲームさながらに息を潜め、移動する際は機敏に動き、駅前に辿り着いたわけだ。

 念には念を。キョロキョロとあたりを見回して 追っ手が来ないことを確かめ、店と店との隙間でほっと一息つく。

 ……ジミーの野郎… あんな言葉で脅しやがって…!

 警戒しなければならないのは ジミーの不穏な呟き。

 磯辺の言う『狩猟完了メール』が送信されたと聞いて失念していた。

 完了メールが出されたと言って、『ウィ・ラヴ・マキシマム』のメンバーが全員散ったとは限らない。学校を出たマキシマムの残りが、未だ駅に居る可能性もあるのだ。投獄される前になんとかしなければ。

「にしても……」 

 スポーツバッグのファスナーを開け、マキシ先輩に渡されたブツを確認する。

 店のショッパーに入れられた小さな袋。硬い質感からして、何かのCDだろうか? 封がされているので、中身を確認するのに躊躇う。わざわざ開けてみようとも思わなかったが。

 ……これを和谷に渡せ、だって? 

 おさんぽ通りに居るという情報があるとはいえ、通話を切って十五分は経っている。

 この間に和谷が移動したとしても文句言えない。本人と会話したわけでもなし、今行くから動くな待てというわけにもいかないだろう。もう買い物を済ませて電車に乗っている頃かも知れない。もし遭遇できなかったらどうすればいいか。そもそもだ、織枝さんに負けて口約束して出て来たはいいが、和谷本人を見かけたとしても、何て言って捕まえればいいのか。

 ――加えて、腑に落ちないのはマキシ先輩の態度。

 いや、あれは『空恐ろしい』という表現がいいか。

 まったく先輩も人が悪い。俺にぽーんと放り投げてホイホイ戻って行ってしまった。もしや『話したい』とは、コレを渡してほしいということだけだったのだろうか。今まで散々ゴねて保健室に居座っていたのに、電話が来た途端 あっさり九茂に連行されていくとは……あの白々しい言い方からして、磯辺と結託して何かを企んでいるのは間違いない。

 瞬間、なぜか脳裏に 濡れた髪でフフフフ……と流し目で微笑むマキシ先輩が浮かんできた。付け加えるならワイシャツをずり下ろして 無駄に肩を露出していた。

「だああっ腹を括れ市原重! 俺は行くぞおぉ、っしゃー!」

 陰謀、ダメ、ゼッタイ!

 確かに俺の目的と 和谷を部活に連れ戻すことは重なっている。だが、しかし! 先輩の壮大な企みに乗せられるわけにはいかない! マキシマムメンバーと先輩と 色んな意味で身の危険を感じるのは勿論、最終的に先輩と舞台上でパソドブレを踊っているなんて展開は鬱だ御免だ災難だ。

 気合を入れまくると俺は 店と店の隙間を飛び出し、歩き出した。

 周りの人々が 何か別のイキモノでも見るような目つきだったが、今の俺は挫けないぜ!

 と、新たな決意を胸にした二十秒後。

「絶対 年下の元彼が復縁迫ってるのよー!」

「違うわよぉ、あれは何か因縁をつけられて……」

「あッ! 動いたよ動いたよッ」

 オバチャン三人組が会話しながらすい〜っと横を通り過ぎていった。何とはなしに、俺もおばさん達の視線を追ってみる。おさんぽ通りに並ぶ、都市銀行の先……

「ん……?」

 二軒先のドーナツ屋の前に、同じ学校の制服が居た。

 ……あれは…

 うちの学校は 男子が平凡な学ラン着用なのに対して、女子は黒のジャケットに 黒地にグレーの格子柄台形プリーツスカート、とブレザー制服の着用になる。巷では「私立に匹敵する可愛いデザイン」と呼ばれているらしい。制服につられて入ってきた女子も少なくないとも聞く。一部では熱狂的な制服マニアがこぞってトりたがる品らしい(この場合は「撮」と「盗」の字がどちらも入る)。

 そんな特徴ある服なので、街中でもつい目が行ってしまったのだ。

 すれ違う人の頭と頭の間、女子の後ろ姿が見える。クリップでひとつにまとめた髪。

 いつもより早い時間の寄り道を満喫しようとする奴はここにも居たか。そりゃそうだ、テスト最終日の今日くらい駅前をブラブラしたいもんな。

お互いご苦労さん、お前もゆっくり休めよと心の中で超フレンドリーに話しかけ、追い抜こうと足を速めたのだが――

 ……いや、もしかしてマキシマムじゃないだろうな。

 一軒先 歩いてぴたりと足を止めた。

 向こうは俺の顔をWANTED扱いで知っているが、俺はメンバーの正確な数すら知らない。圧倒的に不利なかくれんぼだ。

 違うな、こうは考えられないか。木を隠すには森という。雑踏の中で俺の顔を探し出したとしても、人ごみに紛れてしまえば追えるはずがない。逆に、マキシマムのメンバーはどうか。奴らが大半駅に残っていたとしても、制服姿だ……見つけられる前にこっちが見つけて逃げればいいだけのこと。つまり、同じ制服だからこそ、危険を察知し忌避できるというわけだ!

 そうと決まれば……同じ学校の奴と分かった時点で、俺は去る!

 しかし。ドーナツ屋の前の女子生徒は、ひとりではなかった。

 その制服女子の前に 学ランの男子生徒がしきりに話しかけ、立ちはだかっていたのだ。

 女子は学ランをすり抜けようと試みるが、学ランは話しかけて制服女子の足を止める。

 タイミングを見計らって振り払おうとするものの、学ランは 雑踏の行き来する人間と自分の足を使って また行く手を塞ぐ。歩道の端でそんなやりとりが続いていた。

 ……ナンパ? 痴話喧嘩か?

 通り過ぎていったオバチャン三人組がなんのかんのと話していたのは、これか。

 学ランは すれ違う人間に悟られないよう、女子の行く手をうまく止めている。俺のように 同じ学校の制服が居たからと言った理由で注視しなければ、歩道を行き来する人間は気がつかないだろう。……なんでもネタにできる目ざといオバサマ方は別として。

 あの学ランは高校生だろうか。キャッチのテクさながら、手慣れているやり方だ。

 どちらにしろ、ここからじゃ二人の顔がよく見えない。

 目を細めにしたり背伸びをしたりしてみて、なんとかここから二人の顔を判別したかったのだが……一歩踏み出したその時、俺は思わぬ衝撃に弾かれていた。

「ぉわッ!」

 何事かと振り返る。すると、三者三様に感じの違うオバチャン達が腕組みをして立っていた。

 ……こいつらはさっきの…

えっらいわぁ、やっぱりこういう場面は若い人に任せないと!」

 恰幅の良いオバチャンAがうんうんと頷く。サイに似ていた。

 ……はあ?

「ゼッタイ別れ話のもつれよ〜。わたしも昔は色恋沙汰で引き止められたもんだけどね〜〜ウフフ」

 フェロモン系スレンダーマダムがぺロリと舌を舐める。馬に似ていた。

 ……どゆことですか??

「あの二人、さっきからああでアタシらも気になってたんさ。アンタ気合入れてただろ〜〜 うんうん、仲裁に入るだなんて感心じゃないか」

 パンチパーマの もう古典的オバチャマがダミ声で話す。……えぇと、雷様に似ていた。

 ……ちょっ、おーい!

「「「ほれ、行っといで!」」」

 サイと馬と雷様全員にどがっと叩き出される。ぐらりと体勢を崩した俺は、必然的につんのめりもう一軒先のドーナツ屋へ――

 結果、男女二人の間に割って入るように登場してしまった。

「……なんすかー、オニイサン。オレはこのヒトと喋ってたんすけど」

 不機嫌な声でも怪訝な声でもなく、明るい抑揚の喋りが上から降ってきた。

 ……『オニイサン』?

 違和感ありまくりの呼び名に 顔を顰めつつ目線を移動する。そして、奇妙な事実にふと気がついた。

 男子生徒は、明らかに俺より年下だったのだ。

 制服といっても 中学生が着る釦付き学ランを身に付けていた。

 細身で身長もそれなりにあるので、てっきり高校生かと思っていたが……実際 間近で見ると、頭の位置が若干下…多分数センチ下にある。顔だってあどけなさが残っている。

「………!」

 反対に 俺を見て目を丸くしている女子生徒。

 クリップでひとつのお団子にまとめた髪に、眼鏡を掛けて、一年指定の赤色リボン……見るからに大人しそうな印象。ただし、見た目だけ。

「…………」

 絶句したのは此方だった。脱力系展開だった。知らない誰かの策略と意図を感じずにはいられなかった。

 ……なんでコイツ髪ひとつにまとめちゃってんだよ。

 なんだって俺はこんな状況下で 昨日と同じパターンで渦中の人物に会わないといけないんだ。お決まり展開を続けなくちゃならないんだ。後ろ姿で髪型変えてておまけに遠目じゃ和谷だって気付くのに時間がかかるっつの!

「あー……ええーっと……」

 瞬時に言葉が出てこず後方を見やると、動物軍団いやオバチャン軍団がファイト!とポーズを取ってくれた。……うわあ、なんでウインクまでいただかなきゃならんのでしょうか。

 いつもならストレートにしている長い髪を ひとつにまとめた女子。いや、今年度新生演劇部の劇主演者にして、部きっての問題児。

 渦中の人物・和谷は、部活をサボってこんなところに、居た。


 <ぱあととぅえんてぃしっくす 終了>


◆<さんにちめ☆前半>市原重の一日。(カッコ内は話数)


11:30 テスト終了(19)

12:00 ミギから逃れる →1年のクラスへ(20)

12:10 布施と会話(20)

12:15 通報される →逃亡!(20)

12:25 保健室へ飛び込む →マキシ先輩に捕えられる!(21)

12:35 織枝に助けられる(22)

12:40 磯辺が現れる(22)

12:45 磯辺の侵入阻止失敗(23) 

12:50 磯辺、モンハンコンプメール送信(23)

12:55 三人で会話(23)

13:00 重が倒れる →お茶会開始(24)

13:20 織枝のケータイに電話が掛かる(24〜25)

13:25 九茂が出現、部長・副部長を引き取りに(25)

13:30 織枝と会話

13:45 保健室を出発

14:00 おさんぽ通り到着 →和谷と中学生発見(26)


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