ぱあと25 ジミーは直立不動で現れる
「誰からだい」
「紀伊さんです、2年の買い出しに行ったグループで…おさんぽ通りで見かけたって」
ケータイの下側を手で抑えて、織枝さんが詳細を説明する。
「なに、おさんぽ通り……?」
マキシ先輩の眉がぴくんと吊り上がった。
『おさんぽ通り』とは、駅の東口に面する商店街のことだ。
メインストリートではないが、ファーストフード店や美容院やカフェが立ち並んでいて、割と混雑している。ミストのドーナッツ屋があるかと思えば玩具屋や主要銀行、市役所出張所、雑貨店もあったりして、ごった煮のイメージが強い。
そんなところで和谷は何やってんだ?……テストの最後で抜けたのをいい事に、買い物とかか…?
制服姿でらんらららる〜んとお買い物をする乙女全開☆な和谷を想像してしまった。
笑えない想像をしてしまい 頭が全壊しそうだった。
と、そんな俺の靄を取り払う声がうにゃうにゃと耳に入ってきた。慌てて織枝さんがケータイを耳に押し当てる。
「……ええ、はい、え……っ? 『話してる間に見失った』……?」
だめじゃん買い出し係!
「ど、どうしましょうユーくん……!」
「状況は理解したよ、織枝。無理はしなくていいと紀伊くんに伝えてほしい」
今の数秒で、マキシ先輩はある一つの判断を下したらしい。はい、と答えた織枝さんはケータイの相手と話しはじめた。
「聞いたかい、二人とも。和谷くんはまだ駅に居るという」
その横で、マキシ先輩がサイドテーブルの紅茶を小指立てで取り、悩ましげにカップを揺らす。
「今なら尾行することが可能だ。これは可及的速やかに、かつ大胆不敵に行う必要がある」
華麗に飲み干す。織枝さんの通話が終わるのを見はからい、ソーサーに戻した。
そして群衆の頂点に君臨する若き貴公子は、自身の髪をばさっと靡かせ、高らかに宣言する――!
「いざ行かんおさんぽ通り! 我が腹心にして同胞よ、今こそ対象を奪還すべくワタシに続けっ!」
「了解や部長! 『トキ☆奪 大作戦(略式)』第二弾開始じゃ!」
「はッ 先輩分かってんだろ……あいつを叩くのは俺なんだよ!」
「わっ、わかりました、早く駅へ… ――って! ダメですダメです〜〜〜〜っ!!」
ずるずるずるー。
喜び勇んで出て行こうとするマキシ先輩を、引き摺られながらも織枝さんが止めていた。
目いっぱい手を広げて、扉に立ち塞がる。
「またそうやって場に流そうとしてっ! 部長と副部長がいなくて部活どうするんですか〜〜っ!」
至極もっともなご意見だった。
……ん、まてよ俺なにか叫んでなかったか!?
意識が立ち返った時には既に遅し。完全に今、俺は 貴公子のお供イチになって宣言に続いていた。そのまま一緒に蜂起して特攻するところだった。恐るべしマキシマジック。恐るべしノリのカリスマ。
一方、行き先を塞がれても変わらぬノリなのは磯辺だ。
頭の後ろで手を組むと、エセ弁ちびっ子は片目を瞑っておどけてみせた。
「シギモリィはマジメじゃなー。 一日くらい両名居らんでも地球は回るでー?」
「地球は回っても部活は回りませんっ!」
「織枝……ワタシが君を置いて行くはずないだろう? そんな可愛い事を言って困らせるつもりかい……?」
「だからわたし今保健室当番で出ちゃいけないんですーーっ!!」
副部長・部長との攻防に、織枝さん必死。頑張って腕を伸ばす中、あろうことか声を張り上げて言った。
「いっ、市原重さんっ!」
「って俺!?」
「ふたりのかわりに和谷さんを追いかけてもらえますかっ!? 部長と副部長がいないんじゃ、みんなに示しがつきません〜〜っ」
会話の終わりに (泣)とでも付きそうだった。ていうかもう半べそかいて泣いていた。
「……い、イエスマム」
気圧され、思わず軍用語が飛び出る。実際には気迫に圧されたというわけではなく、どちらかというと 人の良心が痛んで言う他なかったというニュアンスだ。
……これは……人として直ぐさま追いかけなければという空気が……!?
即刻追いかけなければいけないかという使命感と良心の呵責が苛んでいるところで、これまたタイミングよく 保健室のレールドアががらがらーんと開いた。
「…………」
誰何が直立不動で無表情のまま立っていた。聞き耳立ててたんじゃね?と思うくらいの間の良さで。
「く、九茂さん〜っ!」
救世主現る!とばかりに、ぱっと顔に花を咲かせる織枝さん。
そこに居たのは……
……って、よりにもよってうちのクラスのジミーが来たーー!?
心中で叫ぶ。無表情で突っ立っていたのは、神出鬼没で現れるジミーこと九茂だった。
ジミーというのは、とにかく地味なので俺が勝手に付けた名前だ。
眼鏡を掛けていないのに地味。そばかすもなく逆に斑点が目立つ顔立ちなのに地味。釣り目でも垂れ目でもなく幸薄い顔でもないのに地味。スカートの丈も普通で、髪型も別にもっさり三つ網でもない横結びひとつなのに、地味。隠キャラの女子とは種類が違う。こいつは油断のならない奴なのだ。
誰かと話している時に限って、どこからともなく現れて セリフ(主に手痛いツッコミ)とともに去っていく。後ろから呟かれて肝を冷やした回数は数知れず。存在感が薄いというより、俺はこいつが 自身の気配を消す能力と、他人の思考が読める能力を保有しているように思えてならない。
……おまけに、ここ最近こいつは……
「鴫森先輩。……引き取ります。保健室当番…してていいです」
「助かります! 感謝ですっ」
思わぬ助け舟!と言わんばかりに感激する織枝さん。抑揚もなく、主語・述語を省いた敬語文を聞いても織枝さんは許すらしい。そういえば、とぼんやりした記憶が序所に蘇ってくる。ジミーことこの九茂も演劇部だったと耳にしたことがあった。
「………」
「…………」
が、朗らかな織枝さんとは対照的に、ジミーは俺に何も言わずただじっと細目で見ている。
鏡を置かれたガマガエルのように、なぜか冷や汗を垂らしてしまう俺。
……なぜだか知らないが、俺は最近こいつに超敵視されているようなのだ。
俺が目線を合わせるより先に、ふいと視線を逸らして、すたすたーと保健室に入ってくる。
「……ちっ……投獄失敗」
ぼそっ。
すれ違いざま、決定的な呟きを聞いた。
……投獄失敗?
振り返るが、俺に構わず九茂は演劇部部員に近づいていった。
ちょっと待て。誰が投獄されるって? 失敗だって?
化学反応のように、頭の中である科白が再生される。
…『そりゃあやっぱり 粛清 ですよねー。学園の生きる宝である眞喜志サマを穢したんだからー、やっぱり制裁?断獄?公開処刑?』…
粛清するとか、制裁とか断獄とか公開処刑とか、穏やかでない言い分は まるでどこかのファンクラブを彷彿とさせた。
もしかして、俺を例の件に陥れた奴っつーのは……
『……あ、眞喜志部長の唇に頬を擦り付けたケダモノだ……』
……九茂だったかーーーー!
こいつを口止めするのをすっかり忘れていた。
そういえば俺が朝のマキシ事件の後 自分の教室に戻ってきた時、真っ先にケダモノ扱いしたのは九茂だった。恐らく昨日の朝のギャラリーのどこかに、九茂が潜んでいたのだ。でなければ教室に着いた時、通り抜けざまにああ呟くはずがない。
俺の名前と顔が一致でき、演劇部に所属するマキシ先輩信奉者で、なおかつあんな言葉を俺に向けられる人物……この神出鬼没な奴が俺を陥れた犯人だったのだ。根回しをせず後手に回してしまったことが間違いだったか。
「部長。副部長。……部室に」
マキシ先輩はエセ弁ちびっ子と顔を見合わせる。織枝さんが そうですよ、みんな待ってるんですからっ!と促すのもあって、両名は頷いた後渋々 私物を片付け始めた。とうとう観念したか。九茂の助け舟が効いた。
「ふふ、こんなに皆に愛されていては 仕様がないね。磯辺くん、ワタシたちは部室に戻るとしよう」
手のひらを上に向けるマキシ先輩。続き、磯辺が答える。
「残念じゃなあ。四人で追跡も楽しそうやったのに」
「またのお楽しみというわけだよ。和谷くんのことは重くんに任せたらいい」
なんか、白々しい言い方だと思うのは気のせいか。
「ああ忘れるところだった。重くん、これを」
任意同行で扉を出ようとしたマキシ先輩が、ぽーんと何かを投げてきた。
緩やかな弧を描き、手の中にぱさりと落ちてくる。大学ノートより一回り小さいくらいの布袋だった。
フニャフニャした肌触りの布に、デフォルメされた鳥のイラストと、【Gnossiennes】とロゴが描かれている。どこかの店のショップ袋だ。掴んでみると、何か中にCDアルバムケースのような、硬い四角形の感触がした。
「……先輩?」
「もし駅で会ったら和谷くんに渡してほしい。袋を見せればワタシだと言わなくても分かるよ」
「…駅……」
今呟いたのは俺じゃない。マキシ先輩の含みある言い方で 振り返った九茂の呟きだ。
空中で俺らの目線がぶつかる。九茂はあくまで俺とは目を合わせたくないのか、すぐ伏し目になった。しかし、俺は目撃してしまった。奴の口元が笑っていたのを。…狩る前的な意味で(誤用)。
「投獄…できるかも。駅に居るマキシマムで……」
ぼそっ。……と不穏な企みが聞こえたような気が。
やっべ、こえーよ! こえーよジミー!
<ぱあととぅえんてぃふぁいぶ 終了>