表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/46

ぱあと24 ハジけた後のお茶会会議

「やはり紅茶はダージリンに限るね。この潤沢な芳香は午後の一時アフタヌーンティーに相応しい」

 かくもマイスターは陶然とうぜんと囁き、天蓋てんがいベッドの上でカップを回した。

「君たちもそう思うだろう?」

 天蓋下の椅子に座る参報二人に問いかける。

「えーと、わたしはアールグレイもオレンジペコーも好きですよ〜っ」

「日本茶ブレンドも結構いけるでー。部長もほうじ茶と蕎麦茶のブレンドは好きじゃろ?」

 ウフフフと談笑を始める三人。俺もそれにつられて紅茶を片手に相槌あいづちする。こうして紅茶の芳醇な香りを嗅いでいると、此処が何処なのか何が目的なのか 混じるアルコール臭とともにどこかへ消えていくような気がした。

 午後のひととき、部屋の窓のカーテンは風に乗ってはたはたとそよいでいる。カップを鼻に近づけて思い切り息を吸い込めば、湯気とともに 茶葉の匂いが流れてくる。それから、皿に並べられた胚芽パンの匂いと、レタスとトマトと油の匂いも。例えるなら ふんわりと、ほのかに。

「それで、重くん――」

 此処は草原か第七天国だろうか――鼻腔をくすぐる様々な匂いと音に、俺はしばし現実を忘れてしまう。まるでピクニックでシートを広げて食べているようではないか。ああ、以前もこんな穏やかな景色の中に居た気がする……あれはいつだったか……いや、ていうかバリバリ昨日だ……日向ぼっこできるような昼下がりで、住宅街入ってって……笑顔が素敵なお嬢さんもとい和谷ワヤって反面下級生(造語)に がらがらぴしゃーっと門前払いされて……


「残念なお知らせだが、和谷くんは今日来ないことが確定した」


 そこではっと目を開けると、向かい側のベッドで 紅茶片手に足を組みくつろぐマキシ先輩が居た。 

 ひとり天蓋ベッドを使用し 大胆な格好で寝転んで居るが、一見天蓋気分なこのベッドは、カーテンレールで覆われた保健室のベッドだった。この部屋はアルコールの匂い飛び交う保健室そのものだった。

 俺の隣にはポットを持った織枝さんが。ついでに言うなら、隣の回転椅子には磯辺が。

 in保健室、草原でもないこの場所は 超不本意な午後の茶会開催中だった。

 ……いかん……俺 なに保健室でまったり午後の茶会に参加してんだよーーーー!?



 でびるにお願いっ! ぱあととぅえんてぃーふぉお

 


 目の前の現実を突きつけられ、暫くの間自分ツッコミで頭を抱えた。

 記憶と時計をたどれば、茶会が始まったのは十分前。

『減った…』

『えっ?』

『腹が、減って、限界……』

『ええぇっ!? しっ、しっかりしてください市原重さん〜〜〜っ!』

 ダッシュに次ぐダッシュで、俺の腹は臨界点を突破していたのだ。

 マキシ先輩の来襲に抵抗できなかったのも、手刀ツッコミのキレ味悪くて磯辺の侵入を易々と許してしまったのも、織枝さんを見てつい願望を押し付ける言動になってしまったのも、腹が減っていたからによる。

 唸る俺に織枝さんは必死で呼び掛けてくれ、保健室の冷蔵庫になんでか常備されているというドットオールのサンドイッチを手渡してくれた。するとどこぞからマキシ先輩が茶葉を取り出し、既にポットにお湯を注いでいた磯辺が手際よく人数分の紅茶を用意し、瞬時にお茶会が開始されたというわけだが。



「……さっきは見苦しいところをお見せしたようで」

 俺が出来ることといったら、BLTベーコンレタストマトサンドをパクつきお詫びするしかなかった。

「あまりの理想後輩っぷりと空腹に頭が一瞬トんだというかなんというか」

「い、いえ おたがいさまですから〜っ!」

 恐縮して返す お隣の織枝さん。謝られて焦ってしまうところがもうなんつーか、いわゆる神下級生。

「とりあえず食べたり飲んだりしてくださいっ! 栄養補給は大事なんですよっ」

 二杯目の紅茶を注ぎ淹れ、俺に手渡してくれる。葉の香りと織枝さんの言葉に、少し気が軽くなった。

「で、マキシ先輩。確定したって……まさかまた」

 あの張本人から部活拒否メールでも送られて来たのか、とは続けられなかったが。

「概ねその通りだよ。織枝、ケータイを」

 言わずもがな、的中していたらしい。こくりと頷き、織枝さんが制服のポケットからケータイを取り出す。画面を操作し、ある文面のメールを俺に見せた。


 Date:05/31 11:30

 From:和谷さん

 Sub :鴫森先輩へ

 msg :早退しました


「……んじゃこりゃ」

 簡潔すぎて言葉にならない。

 早退しましたってなんだ。事後報告か。普通は早退しますので部活出られませんごめんなさいとか一文にして送るべきじゃないのか しかも最後に句読点を打たないのがなんか私的にけしからん!

 送信時刻は11:30。テスト最終日の今日は、どの学年もOCAの30分テストがあるため、他のテスト日より早めに終わる。終了したのはこの時間だった。……すると早退した和谷は、学校を出た後に 過去形でこのメールを打ったわけか。

「もしかして、マキシ先輩が俺に伝えたかったことって、これかよ…?」

「ああそうだよ。ひとつめはね」

「……俺にメールで転送すれば済むハナシだろ、それ」

 自分で言ってて かなり気が重くなった。脱力といった方が正しいか。

「重くんにそれで済ませられるわけがないだろう? 大いにVIP権限を利用させてもらった」

 二の句が次げなかった。しれっとして流すところが、この大物の悪い所だ。

「もっちろんイチハラくんに伝えようと思ってたんよ? そしたら逃げていきよるし」

 磯辺が付け足す。「逃げていった」とは、先ほど俺がミギの説教をすり抜けて、和谷の教室でマキシマムメンバーに捕まりそうになった時のことだろうか。……いいやあれは和谷の件を伝えたいっていうか逃げおおせられるところを名前呼ばれたせいで騒ぎを大きくさせられたって気がするが……

「じゃあなんで保健室でお前とマキシ先輩が落ち合うように出来てんだ」

「マキシマムのメンバーを外に出したからや。イチハラくんも見つけたし、狩り終了ってな」

 ……俺 やっぱりハンティング対象だったのかよ!?

「つまりだね、重くん。人を束ねる立場にある者は、常に情報を把握しておかなければならない。そして的確に指示を出し、流れを拡散・修正する必要があるんだよ」 

「シギモリィを会長にしたのも同じ理由やで」

 次いで、紅茶をこくりと飲んでから磯辺が明かす。

「ウィ・ラヴ・マキシマムの会長を身内にすれば、次の指示が思うように出せるやろ? イチハラくんをマキシマムに探させて、見つけたらシギモリィに電話、ウチが計算して集団と対象を誘導、保健室で部長が確保、隔離……後は捕獲完了メールを送って、撤収させるっちゅう流れじゃ」

 つまり、説得もとい懐柔した織枝さんをマキシマムの会長に仕立て上げて、裏でメンバーを操作していた、と――

 どこぞの国家組織の暗躍グループかっっ!

「そっ……そんな話聞いてません〜〜っ!」

 俺がシナプスを使って結論を導き出したのと同時に、烈火の如く猛る人物が居た。織枝さんだ。

「わたしをマキシマムの会長にさせたのって、そんな理由からだったんですかぁ!? あくどい情報操作にも程がありますっ!」

 確かに烈火の如く……怒ってはいるのだが、織枝さんの出で立ちからして、威厳や悟しよりも じゃれついてきたイメージが先行してしまう。マキシ先輩は手慣れたもので、ふるふる震える織枝さんを前にして、野生の小鹿でも手懐けるように、ベッドから降りた。屈んで目線を織枝さんに合わせる。これはロックオン 目で射殺す五秒前という表現が正しい。

「すまないね、織枝。けれど分かってほしい……ワタシは大事な重くんを危険な目に遭わせたくなかっただけなんだ」

「だ…っ、だまされません! そんなキラキラ顔してもダメですっ」

「織枝。 ……オレは、織枝に拒まれるのが一番辛い」

「なっ、なんで そうちゃんみたいな声で話すんですか! ていうかそうちゃんそんな風に言ってきませんっ」

「思い出して欲しい。あの薔薇庭園で、ワタシとソウは 月に誓って二人で君の翼を護ると約束しただろう……?」

「そんな約束してないです〜〜〜っ!」

 よ、よくわからんが頑張れ織枝さん! 演劇部の良心、織枝さん!

 マキシ先輩のキラキラ光線に屈しないのは 多分織枝さんだけだ。

 最早 傍から見て応援することしかできなかった俺。

「あっはっは〜、シギモリィもファイトじゃ〜〜」

 演劇部副部長、もとい磯辺は、回転椅子に座ってキュルキュルと回っている。

 ああ そのままギュルギュル回して放り投げてやりたい。

 ――磯辺は放っておいて、先の話をまとめると……要するに。

 「追われている奴が居るので助けたい」だかなんだかとこじつけて、まずマキシマム会長・織枝さんを口説く→会長がマキシマムメンバーに通達、捕獲発令→マキシ先輩が部活を抜けて保健室当番の織枝さんと入れ替わる→メンバーが俺を見つけて織枝さんに電話→磯辺が嘘と真実の混在した情報を流し、俺を保健室に追い立てるようにメンバーの集団を操作→俺発見、誘い込み完了……

 マキシ先輩は俺を保健室に誘導させて確保する形式を取った。

 メールでは済ませられない、邪魔も入らない場所で話したい事柄があったってことだろうか……?

「とっとにかくっ! これ以上部活に来ないんだったら、そうちゃんに言いつけ…… ひゃんっ!?」

 毅然と立ち向かう織枝さんが、突如 びくんと身体を震わせた。続いて、どこぞから聞こえる振動音。

 織枝さんのケータイに着信が来たらしい。背面ディスプレイの表示を見た織枝さんは、素早く通話ボタンを押す。

「はい、はい、……え……っ!」

 二言三言 通話の相手と話し、ケータイを耳から離して マキシ先輩に告げた。

「……ユーくん! 和谷さんが、駅前に居るそうです……っ」


 <ぱあととぅえんてぃーふぉお 終了>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ