ぱあと23 なにかがハジける5分前
……と、ここで大人しく第三者を保健室に入れてやる俺じゃない!
相手は 加わったら余計にややこしくなりそうな奴だ。当初の目的は演劇部の問題児・和谷を捕まえることと、もうひとつ、『虎の巻』付随物に関して磯辺を問い詰めることにあったのだが――今こいつを入れたら部長とタッグを組まれてしまう。マキシ&磯辺ペースに巻き込まれるのは絶対に御免だ。
「磯辺っ!」
お前は後日話を聞いてやる、首を洗って待っていろっ!とばかりに俺は身体を素早く反動させて保健室の内側で立ち塞ぐ。まずは名前を呼んで相手を怯ませ、その隙に取っ手のへこみをがっちりと掴み、昨日の和谷ならびに先程の織枝さんテクよろしく保健室のドアをぴしゃーーんと閉めてやった!
「あっ、ドア開け閉めしてくれるなんてサンキューやイチハラくんー」
が、風圧と共に奴を招き入れるだけに終わった!
でびるにお願いっ! ぱあととぅえんてぃーすりい
てってこてってこと入ってくるエセ弁使い=またの名を演劇部副部長・磯辺。
……何故だ…何故俺があんなちびっ子に遅れをっ……!?
身長計柱にへばりつく。ドアを閉める前に高速でスッと入ってくるなんて、そんなのありか。ショックで寝込みそうだった。
「磯辺くん、ご苦労だったね。首尾はぬかりないかい?」
マキシ先輩はさすがというかなんというか、もうベッドに優雅に座って 髪を結っている。
「ばっちりじゃ! 狩猟完了メールも送ったで。そろそろ部室に戻ってもいい頃合やな」
机にノーパソと怪しげな機器を置いた磯辺は、診察用の回転椅子に座って答えた。先輩は手首を返して自身の腕時計を見ると、悪戯っぽく微笑む。
「メンバー通報から完了メール送信まで35分か……なかなか早い統率力だ」
…企み系ボスと従者のような会話を二人で繰り広げている。
「あ、あのっ! うわさの市原重さんですよねっ」
と、天使の竪琴のような可愛らしい声で名前を呼ばれ、はっと上体を起こした。
傍にはおずおずと近寄る後輩の鑑が、違った一応マキシ先輩と同い年の織枝さんの姿がある。
俺の名前を知ってる!と ときめきかけたが、そういえばこの人はマキシマム会長だった。
「噂の、って…… あー…」
1年女子の説明を思い出した。『ずうずうしくも演劇部の眞喜志様に迫ったっていう二年です。1年前にもせがんできたという暴挙を働いて、昨日なんか眞喜志部長の唇に頬を擦り付けたケダモノらしくて』とかいう、ねじり曲がった不条理極まりない罪状。あの時に1年女子もナントカ会長って名前を出していた。……そういや織枝さんも マキシマムの指示出して撒いたらどうの、とか言ってたような。
「えーと。織枝さん」
呼び名をこれにしていいのか迷いつつ、訊いてみることにした。
あの二人に聞くより、まどろっこしくない答えが得られそうだ。
「はいっ」
別段呼び名に抵抗はなかったらしい。返答してくれてよかったと思いつつ、訊ねる。
「さっき、マキシ先輩のせいで生徒会長でマキシマムの会長になったって聞いたけど…」
「わ、わわ、見苦しいところを、すみません〜っ……」
あせあせと謝られてしまった。
織枝さんは恥ずかしそうに横を向く。
「そうなんです。生徒会長も本当はユーくんがなる予定だったのに、土壇場で代役になってしまって。マキシマムの会長もユーくんの任命で、演劇部の書記と保健委員は前年度から決まっていたので さがれなかったし、わがままいってみなさんに迷惑はかけられなかったし……」
……不憫な…
「あ、それぞれの仕事は楽しくて好きなんですよっ! たくさん知り合いのひとがふえたし、受験勉強との両立も考えてやってるつもりなんですっ」
……健気な…!
「でもさっきは本当にごめんなさい! わたし破廉恥な行為一歩手前になってると思って慌ててしまって〜〜っ」
「いやその通りです間違ってないです助かりました織枝さん」
「優しいんですねっ。気を使ってそんなことを言ってくれるなんて」
マジなのに伝わらなかった。
「ユーくんは、市原重さんの安全を確保したかったんです。なにせ大事なひとみたいですから〜!」
ぜひ織枝さんに賞賛の意を示したい衝動に駆られたのだが、矢先に妙なことを言われ、ハグの手を止めてしまった。
「……へ?」
大事なひと。脳内でエコーがかかったその言葉に俺は聞き返す。
織枝さんははっとして口を手で押さえ、小さく慌てた。が、何故か顔を綻ばせる。
「あ、わたしったらっ! その、ユーくんからいつも聞いてたんです。からかい甲斐のある後輩を是非部に入れたいって」
……一体何のことだろう。
「でもでも今にして思えば、そういうことだったんですね〜っ! とっても安心しました。ユーくんてば秘密主義にしちゃうところあるから……同じ女の子なんだし、ちゃんと紹介してって言ってるのに」
「………えっと…」
「今は大変でしょうけど、わたし尽力しますからっ! ユーくんの選んだひとだもん…きっとみんなも分かってくれますっ」
タオルを渡して後半戦を送り出す 後輩マネージャーのようなガッツポーズを繰り出された。
これはこれでノックアウトだが、俺の脳内で響くシンバルはそれだけが理由じゃない。
秘密主義。今は大変…… 選んだ人?
はっ、もしかしなくとも、マキシ先輩との仲を応援された……?
「おっ織枝さんそれは天が裂けてもありえ――」
アリエナイアリエヘンチューに!と続きをまくしたてたが、その声は奥で上がった歓声によって掻き消された。
「おーーっ! 部長にシギモリィにイチハラくん見てみぃ!」
ああ、またもや邪魔するのはあの磯辺か。
「これが例のひん曲げられたレールやてっ、どないしたらこんなんなるんじゃろ〜?」
「放送ジャックした子かい? ワタシも一度会ってみたいものだね」
「わわわ、カーテンごと吹っ飛んだって聞きましたけど…まだ直ってないんですね〜っ」
嗚呼 呼ばれた織枝さんがぱたぱたと行ってしまわれた。
一同で見上げるは、歪むカーテンレール。ボコボコにひん曲がっていても、布を引っさげ移動させる吊り具はレール内を走るので、なんとか機能を果たせている。
……これって、一昨日 和谷が曲げて逃げてったヤツじゃ…
という考えも過ぎったが。
どうやら罪状は放送ジャックしていったルイアントーゼが被ってくれているようだ。
「そうだユーくん、市原重さんに話したいことがあるなら話さないといけないです〜っ!」
ぱん、と口の前で両手を軽く叩く織枝さん。やや大きめの制服を着ているのか、ジャケットの袖が通常より手の甲を隠している。
「それで早く練習に戻りましょう? やっと半立ちも終わってますしっ」
R18な単語を聞いたような気がするが気のせいだろう。
意外に目的を忘れない織枝さんのおかげで、この場でまったりしたがっていたマキシ先輩も磯辺も、足を組み替えたり背伸びをしてみたりし出した。ナイスだ織枝さん。君は演劇部の良心だ。
「俺も是非教えてほしいよ、先輩」
便乗して会話の流れを此方に向けた。場に居る一同が俺に注目する。
そう、まずは会話の流れを変える必要がある。糸口はなんでもいい、徐々に話題を逸らせて核心を突くやり方が一番だ。
「最優先事項を考えてほしい。俺は――まず話してもらいたいことがあるんだ」
はっとする俺以外の三人。
「君が話してほしいこと、かい……?」
「雇われた身の俺には察せない事情があるのかも知れないが――俺は状況が把握できていない。体制を整えるために状況を教えてくれ。このまま時間が過ぎれば『あれ』は逃げていくだけだ。あの元凶を叩くにはどうしたらいい」
せめてどういう経緯で保健室が落ち合い場所になったのか教えてほしい。口に出して言わずとも俺の真剣な思いが伝わったのか。目を伏せて俺と目を合わせないようにしていたマキシ先輩が、厳かに口を開いた。
「重くん。君が時間を無駄にしたくないのはよく分かるよ。ワタシだって時間は惜しい。が、物事には順序だてというものが必要で――」
「部長」
が、マキシ先輩が言おうとしたことを、横の磯辺が一言呼んで止める。ごく短い時間、二人の間でアイ・コンタクトが交わされた。回転椅子をキュルキュル回すと、磯辺は俺とマキシ先輩両方に笑いかける。
「昨日、イチハラくんが『乗りかかった船』って言うてたやろ? やりたいこととちょうど被るっちゅうなら、コッチが隠すことは何もないで」
「……。そうだね。重くんを巻き込んでしまった以上、話すべきか」
何か思うところがあったのか。足を組み直し、先輩が微笑んだ。それを受けて、がたんと回転椅子から磯辺が立ち上がった。
「うしっ! そしたら『秘蔵っ子』シギモリィの改めまして自己紹介を始めるべきじゃなっ!」
……って、えええ隠すことは何もないってそれーーー!?
「はい、そんなら早速シギモリィが自己紹介やっ!」
「えっ、ええっ、わたしですか!?」
「一分間の自己表現だね。限られた時間でいかに手際よく簡潔に自分のことを印象付けられるかがポイントだ。そうと決まれば秒針が40秒のところで始めよう。……5、4、3、2、1…チェック」
ぱちん。予想外の顛末に言葉を失った俺の前で、マキシ先輩が華麗に指を鳴らす。わたわたしていた織枝さんだったが、さすが演劇部といったところか、カウントダウンの間にきゅっと目を瞑り、チェックの一言で 緊張しながらも自己紹介を始めた。
「え、ええと改めましてっ、鴫森 織枝、3年4組ですっ! 趣味はあみぐるみを作ることと、雑貨屋さんめぐりですっ! 入っている部活動は演劇部で、保健委員にも所属してます、なぜか生徒会長とウィ・ラヴ・マキシマムの会長もしてます、え、ええとあとはー」
必死で考える織枝さん。質問タイムの予感がしてすかさず手を上げていた俺。
「はいっ! 恋人は居ますか? 好きな人は? 居たらなんて呼ばれてますか?」
「え、えええっ、恋人っ、好きなひとなんてっ、べつに向こうはわたしのことただの幼なじみだって思――って、なに言わせてるんですかぁ!」
顔を真っ赤にしてぶんぶん手を振り出した。
……ご。
「合格だっ!」
再来した歌姫の誕生に立ち会うプロデューサーのごとく、意気込んでしまう。何か言おうとした織枝さんにこちらも手と首を左右に振って発言を止めた。
「あ、イヤ、俺のことは市原先輩と呼んでくれればいいんで」
「……あの、あの、だからわたしが一応先輩…」
「なんなら重センパイとかでも大丈夫なんで。カタカナ使用可です。無問題です」
「あ、あのあの、あのう〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
<ぱあととぅえんてぃーすりい 終了>