ぱあと22 救世主は破廉恥絶対反対主義
「まずひとつめ」
ファサァ……と 先輩が自身の一つ結びを無駄な動作で外した。艶を帯びた髪が一斉に広がり、元の場所に収まっていく。
「重くんの居場所はすぐにわかるさ。ワタシの第六感……いいや、第七、ゼロ感性と言おうか? 説明できない直感が働くんだ」
にじり寄ってくる、というかもう迷い無い速度で此方に歩み寄ってきていた。
「……というのは冗談で、VIPの権限を最大限利用してマキシマムメンバーのケータイ通話内容を傍受してGPSで追跡していたんだよ」
「そっちを冗談にしてくれよ!? つーか何仕込んでんだよ!」
傍受追跡って、この人は何を考えているんだろうか。
だが条件反射で突っ込んでしまったのが運の尽きだ。
やや離れていると思った先輩との距離は、一気に縮められてしまっていた。
「ふたつ。マキシマムの会長は私と懇意にある。この部屋を貸し切ることなど造作もないよ」
……ここはただの保健室だって忘れてませんか!
扉に掛けようとした手がそっと握られてしまう。逃亡経路を塞がれた。覆い被さってくるマキシ先輩。長い髪が、さらりと俺の頬と首筋まで届いてくる。
「みっつめの問いに答えようか。部活は今一年が走りこみ中、二年と三年は部室で練習をしている。ワタシは抜け出しただけだ」
そこで先輩は理由もなく自身の紐ネクタイを解く。シャツが元々第二ボタンまで外していることもあって――なだらかな部分がちらりと見えてしまった。緩やかでも曲線と丸みを帯びている体のライン。
先輩が異性であるということを はっきり示すものだった。
そう、怪しげに弧を描く唇と同じく、それは強制的に惹きつけられてしまう箇所で。
「そしてさっきの声こそ――ワタシが演劇部員である何よりの証拠だ。落ち着いて聞けば、ワタシの演技用の声だと分かったんじゃないのかな……?」
反応を楽しむかのように見下ろされる。
間近に迫る唇から、シャツの隙間から、目を離すことが出来ない。
俺の手首を片手で封じ、被さってくる先輩を退かすことも出来ない。
「謎が解けて満足だろう。…重くん」
先輩のほっそりした指が、流れるような髪が、俺の首筋に触れていく。
「……〜〜っ!」
「いくつか報告したい事がある。だがその前に、君にいかなる時でも油断してはいけないと教えようか」
するすると指が移動し、シャツのボタンが先輩に外され――
「―――破廉恥はんたいぃいーーーーっ!!」
劈ける声とともに、俺の頭裏はガゴンと廊下に叩きつけられた。
でびるにお願いっ! ぱあととぅえんてぃーつぅ
保健室の扉がスライド式だったのが幸か不幸か。
尋常じゃないスピードでガラリとドアが開けられ、ドアに背中を預けていた俺は、そのまま廊下に頭を打ち付けた。おかげで先輩の怪しい手つきは空振りに終わり、俺は俺で先輩という悪魔の手つきから逃れられたわけだが――衝撃で、数秒生死の境を彷徨う羽目になった。
「やめなさいって言ってるんですー! ユーくんっ!!」
視点が逆転した世界で、スカートの中のスパッツが見えた。……惜しい。何がとは言わないが。
聞きなれない声を聞いて半身起き上がる。先輩の声じゃない。もっとトーンが高い女の子の声だ。
……ユーくん?
「織枝。なんだ、駆けつけるのが早かったね」
「どんないいわけですかーっ! 姿くらませたと思ったら、よりにもよって保健室でそんなそんな……っ 破廉恥なことさせるために代わったんじゃありません〜っ!」
悪びれない先輩に喰ってかかる女子生徒。
ぼおっと二人のやりとりを眺めていると、気付いた先輩が紐ネクタイを締めつつ紹介した。
「ああ、重くん。会うのは初めてかな。この子は――ワタシの幼なじみだよ」
「……」
俺は上半身を起こした状態のまま、ぼやけた頭で 廊下の女子生徒を見上げる。
髪の毛ふんわり、胸までの長さ……
前髪ぱっつん……
身長推定140センチ以上150センチ未満……
小鹿みたいなうるうる瞳で、きょとんと此方を見つめている……
これはまさしく――
「理想の後輩だっ……」
「ちがいますーっ! 三年生です〜〜!」
逸材を探し当てたヘッドハンターのようにカッと目を見開いた俺だが、ぶんぶんと手を振って否定される。こちらもぶんぶんと頭を横に振って応戦する。
「いやいや、君の敬語と容姿は全国先輩の憧憬だ。後輩の指針だ。鑑だ。どっかの生意気後輩なんて目じゃない、もう癒し後輩認定だ」
「え、えええっ、そんなこと言われてもっ、わたし最高学年ですから〜っ!」
「重くん、こう見えても彼女はワタシと同い年だよ。鴫森 織枝、演劇部の仲間で書記担当、保健委員、ウィ・ラヴ・マキシマム会長でついでに生徒会長でもある」
「ふうーん……」
泣き出しそうな彼女を至近距離で見つめたまま数秒。
「って、へっ、生徒会長!?」
ようやく目が覚めてのけぞった。思わず指を指してしまう。
「だって今年の生徒総会で見なかったぞ!?」
「ど、どうせ身長低くて壇上から見えませんー!」
あ、さらにうるうる目にさせてしまった。
「もっ……もう……っ なんで四月になってからこんな忙しくなるんですかぁっ……」
あ、小さい体もふるふるし出した。
「ふふ、それは君が今年は生徒会長になったり演劇部書記になったり保健委員になったり、ウィ・ラヴ・マキシマムの会長に就任したりしているからだね」
「誰のせいだと思ってるんですかぁ〜っ!」
終いには泣き出した。
「元はといえばユーくんがっ、ぜんぶユーくんがぁ〜〜っ!」
……何か並々ならぬ事情があるらしい。
ううん、それにしてもあのマキシ先輩にツッコミできる人物が居たとは……信じられん。
しかもこんな癒し後輩の手本みたいな子で(ただし俺からみたら先輩)、今年の生徒会長兼演劇部書記兼保健委員兼、ええと……あとなんだって?
「そっそれよりユーくんっ!」
癒し後輩、いや 織枝さんは立ち直りも早かった。
「嘘つくにも程がありますっ! 当番なのに保健室抜け出してマキシマムの指示出して……撒いたらこれですか! もうゼッタイ練習連れていきますから〜っ!」
「……マキシ先輩?」
さすがにこの幼なじみさんが不憫になってきて、これはどういうことだと ジト目でマキシ先輩を見てやった。
先輩が咳払いを一つする。
「織枝。ワタシはただ、重くんに伝えたい事があるから ここを使いたかっただけだ」
憤慨し腕を掴んで引っ張る織枝さんに、あくまでも冷静温和に接するマキシ先輩。
「ふぇ……?」
「マキシマムの皆が重くんを狙うことは知っていた。だから君に指示を頼んだんだ。織枝がマキシマムの会長と保健委員で助かったよ、こうやって重くんを危険な目に遭わせずに話すことができた」
掴まれていた手をするりと抜くと、今度はマキシ先輩が織枝さんの手を取った。
「じゃあ連れ込んだり押し倒してたりしてたのは……。 えっ、もしかしてわたし、破廉恥だなんてとんだ勘違いをっ…!?」
優しく首を横に振るマキシ先輩。
「よくあるだろう? さっきのはADVにはつきものの、ガッシャーンドキーン不可抗力で事が運ぶ美味しい事故さ」
「そっ……」
頬を赤らめる織枝さん。二人はしばし見つめあい、そして――
「そうだったんですか〜っ!」
おいおいおい、流されてる、流されてるよ織枝さん!
「さて重くん? こうして 織枝の疑いも晴れたことだし、何から話せばいいかな?」
うわあ、ハツラツ笑顔で何もなかったことにされている。
先輩と織枝さんのコントをただの一傍観者として眺めているしかなかった(つーか 今の捏造会話と二人の世界モードにいちいちツッコミたかったが呆れて声が出なかった)俺だったが、ようやく視点を向けられた。
「ええと……話が見えないっつーか。そもそも俺に伝えたかったことってなんだよ、先輩」
「それは――」
が、マキシ先輩の言い訳を聞くより早く。
「――部長〜!」
廊下に響くちびっ子代表の声。右手を高く挙げ、左手にケータイを持ち、小脇にやたら厳ついノートPCとアンテナを抱えてやってくる……ていうかあれがまさか端末操作機器!?
「おっ、なんじゃなんじゃ、部長にイチハラくんにシギモリィまで? ずいぶん面白いメンツが揃ってんやな〜」
はい、そいでもって 暢気でのほほん星人が約一名修羅場に加わる、と。
<ぱあととぅえんてぃーつう 終了>