ぱあと21 天誅!瞬殺!一転ピンチ!?
全速力で階段を駆け下りる。一段ずつ降りるなんて悠長なことはしてられない。二段飛ばしと三段飛ばしで階下に着地し、足首を反転させて生徒玄関へ急ぐ。
本来ならば不規則な動きで廊下を蛇行して追っ手を撒くのが望ましいが――今は動きを読まれても、この場を離れるのが賢明だった。
ざかざかと階段を降りながら、先ほどの女子生徒とのやりとりを思い返す。
――マキシマムのメンバーに、俺の名前が知れ渡っている。
由々しき問題だった。先程判明した事実だが、昨日の朝に起こったテスト前の出来事が脚色されて、自分の名前が回っているとは。
ウィ・ラヴ・マキシマムのメンバーの数+潜在マキシ信奉者は相当な数に上る。情報網も連携プレイも組織並みだ。
そんな組織に顔が割れた今、外にひょっこり顔を出したらどうなるか。
いや、今までマキシ先輩にちょっかいを出されても 俺が逃げおおせられていたのが不思議だったととらえることも出来るが……問題にすべきはその後だ。何故俺の名前が知れ渡っているのか? 昨日の一件で俺の仕業とされているのか?
考えうる答えはひとつ。俺の顔を知っている奴が、即刻マキシマムに通報した可能性が高い。
ともすれば、昨日の朝の一件を目撃して、マキシ先輩を信奉し、なおかつ俺の名前と顔を一致できる人物。俺を指名手配犯として流したのは……いったい誰だ……?
『……あ、眞喜志部長の唇に頬を擦り付けたケダモノだ……』
「か〜える ぴょこぴょこ みぴょこぴょこ〜♪」
「「「あわせてぴょこぴょこみぴょこぴょこ〜〜♪」」」
グキリと足が曲がってしまった。
頭に特定の姿が浮かんでこようとしたのと、ダンッと音を響かせて着地するはずが変な方向に折れて転がったのは同時だった。
目的地の生徒玄関前の廊下を 盛大に通過。
緊張感を奪う集合の声に、頭の中に浮上した人物像が掻き消されていく。
グラウンドを離れた校舎脇を集団が走っているからだろうか。生徒玄関前でも掛け声がクリアに聞こえてきた。
「声出てないよー! ちゃんと復唱!」
先導が声掛けすれば、
「「「はい!」」」とすぐに礼儀正しく答える 新入生たち。
足並みそろえて、一定のリズムを取りながらテンポよく走る部員一同。
掛け声から察するに男女混合ランニング――春に入ったばかりの一年を二年が先導して走っているのだろう、混合でやるとは、普通 陸上か剣道かはたまた水泳かと想像するものだが――
「菊桐 菊桐 三菊桐〜♪」
「「「あわせて菊桐 六菊桐〜〜♪」」」
……って、これは…ただいま関わりたくない部活動ランキング第一位の!
がばりと起き上がろうとして、俺は 徐々に遠くなっていく掛け声を聞き さらに戦慄した。
「イチハ〜ラ 見〜たら 即大破〜♪」
「「「打〜倒 イチハラ 皆の敵〜〜♪♪」」」
……えええええええ!!?
「スナップ利かせられずに派手にもんどり打ってる音がしたわ! きっと下の生徒玄関よ!」
「外に逃げられると思ってんのか!?」
「市原 重、お覚悟!!」
……ぅえええええええ!!?
ヤバい、こうしてる間にも上から追っ手が!?
外は演劇部がランニング中、マキシマムが席巻している校舎内は魔の巣窟!
手持ちのカードは無い! 起き上がって、どこへ逃げる!?
「――ここが安全だ! 来い!!」
筋の通ったシンバルのような声が 廊下に響いたのは、その時だった。
はっと顔を上げると、戸の隙間から腕が一本、仰ぐ手つきで手招きしている。
……ここへ逃げて来いということか?
背後に追っ手が迫ってきている。咄嗟の判断だった。一刻の猶予も許されない俺は、僅かに開いた戸に向かって、思い切りよく足から滑り込んだ。
すかさずスライド式の戸をピシャリと閉める。
背中を戸に預け、心臓音さえ抑えるように、呼吸を殺す。すると。
「天誅!天誅!」
「タマ取りじゃあああああーーー!!」
「粛清せよ! 粛清せよ! 息有る大逆者に湮滅の鎌を振り下ろさん!」
数秒も経たないうちに怒涛の突撃靴音が響き渡った。
地響きで部屋の戸がガタガタと音を立てたほどだ。
怒号と号令音が飛び交って数分後、一階廊下はしんと静まり返った。
……危なかった。
あの和谷のクラスメイトの言う通り、マキシマムメンバーに血祭りに上げられるところだった。
安堵のため息を一つばかりして、ヤレヤレと頭を振る。
「大丈夫だったかい」
頭を垂れている俺に、部屋の奥から影が近づいてくるのが分かった。
どこの誰だか知らないが、俺を見かねて助けてくれたようだ。
今の俺には余裕もなく、見上げることも出来ないで返答する。
「ああ、助かった。退散するのに必死だったもんでさ」
言いながら学ランの詰襟を開いた。開襟シャツの釦も外すと、首筋が空気に触れて涼しく感じる。
消毒液の匂いとオレンジの香りが刺激するから余計だった――ん、アルコールと柑橘系?
ふと、ここはどこかと疑問に思った矢先。
ふわっ……と柑橘系の――
柑橘系、の……オニゴロシの香りがそこはかとなく漂い。
見上げた俺を、待ち構えて優雅に微笑む誰何がいた。
ふわああっ、とレール付きの長い白カーテンがはためく。
奥にベッドが二つ。診療台に、回転椅子に、机。体重計。健康に関する掲示物の数々。
保健室――だった。
「そうか……ここはひとつ皆に宣言せねばならないね」
そして、誰何は さる御方だった。
「へっ、……って、ま…」
訂正したほうがいい。
突然俺らに家まで押しかけられた 和谷の心理状態が、今なら分かる。
血の気が引く、とはまさにこんな状況のときを言うのだ。
「やっぱりマキシマムの皆に 君が大胆に攻めてきたといったのは早計だったかな。『嫁』として迎えたつもりだったけれど」
何故か全開窓で白いカーテンをはためかせ、芸能界オーラバリバリで佇むマキシ先輩。
……なんでこんなとこに関わりたくない部活動第一位の部長がーーーー!?
「なっ、なんでマキシ先輩が居んだよ! 保健室だろここ!?ていうか部活は!?さっきの声は!?」
一気に叫んだ。しかし先輩は動じない。二呼吸置くと、以下のように答えてくれる。
「フフ、重くん、そんな一度に訊かれては返せないよ」
微笑が紫色の淀んだ笑みに変わったのは気のせいか。気のせいだ、さりげなく此方ににじり寄ってくるのも思い過ごしだと信じたい。
「順に答えてあげるとも。二人きりになった保健室で、ね……」
いやいや、大……ッピンチなんですけど、俺!
<ぱあととぅえんてぃーわん 終了>