ぱあと19<さんにちめ☆>しつこい大木から逃れる方法
「お前たち、よく頑張ったなっ! これで中間は終了だ!!」
電子音鐘が鳴って五分後。解答用紙が回収され、枚数を数え終えた後で、教壇の上の暑っ苦しい大木は力いっぱい俺たちをねぎらった。
ああ俺たちは頑張った。眠気と戦い暗記物と闘い、時には自分の未知パワーを頼ったり投げ出したりなんかしてこの三日間をようやく乗り切った。
だがこの達成感の無さは何だろう。怒涛の三日間を終えたという疲労感ばかりが先行し、修羅場を終えた実感が湧いてこない。周りを見回してみれば、俺と同じように萎えた顔をした奴らばかりだ。
教壇の上では、握り締めた拳で これでもかと力説している体育教師(訂正・数学兼体育教師)が一人。
奴は生徒らに向かって 士気を奮わせる統率者のように雄々しく嘶いた――!
「この晴れ晴れした気持ちをカラダで表現してみろっ! なに、遠慮せず声高に叫べばいいっ、お前たちはもう自由解放なんだぁー―!」
「「「セット・フリ〜↓↓」」」
言わずもがな、生徒たち意気消沈。
でびるにお願いっ! ぱあとないんてぃーん
俺の学校では、テスト最終日の 帰りのSHRは、直前の試験監督者が執り行っている。
つまり、くどくどと話しているミギが、今回の担当だったわけだ。
そんな ねちっこいミギ音声を耳から耳に流しつつ、俺は頬杖を付いて自分で自分のことを誉めていた。
……よくやったよ、俺ってば。
何故か? 理由は簡単だ。
昨日の やっと静かになった環境で、一夜漬けに励むと誓った夜。
通学用のスポーツバッグから茶色の紙袋を取り出して、中身を漁った挙句出てきたものは――
1、『魔女っ子ヴィーナス恋して☆恋々 〜真夏のラヴリィ*マーメイド〜』。
2、『魔女っ子ヴィーナス恋して☆恋々 〜白雪*ぴゅあてぃあ*プリンセス〜』。
いずれも磯辺の趣味全開な文庫本だった。『虎の巻』と称して渡してきた磯辺を信じて、どちらも真面目に読んでみた。「かれん! 搭乗だ!」という少年A(学園の王子様)の鶴の一声があったりだとか、「わかんないよ……どうしてあなたとも戦わなくちゃいけないの!?」とかいう主人公の葛藤があったりだとか、「お前にしか操縦できない。ハーティは、お前を傷つけない……!」とかいう少年B(ツンドラ女装少年)の叱咤激励だとかがあり、最後は「どんな困難にもめげたくないよ! だからお願い、がんばらせて!」との主人公の再起があるという、それはそれで泣ける ロボット操縦スペクタクル成長譚だった。
少年Aと少年Bが額を合わせて呪文を唱えるや、主人公のペンダントから出てくるのは大型機械(ピンク色)。
ご近所を荒らして回る謎の集団。
主人公はピンク大型機械に乗り込んで、ばっさばっさと敵の機体をなぎ倒していく、と……。
……つーかこれ魔女っ子関係なくねぇえええーーー!?
とは、俺が読みふけって一時間が経過した時のツッコミだ。
はっと気がつき、藁をも縋る思いで、不織布のケースに手を伸ばす。中には、一枚の焼き増しCD。
……そうかっ、『虎の巻』ってこの必勝CDのことだろ、磯辺っ……!?
即座にCDコンポのOPENを押し、スロット・イン。連打でPLAYを押し、待つこと数秒……
♪コイ!(キュン!) ムネ!(キュン!)
イマ!(キュン!) ズキュン!
変われるのは いまなの
ヴィーナス☆乙女シンドローム〜〜〜♪♪
……だあああぁぁぁぁっ!?
思い切り沈下した。
部屋中に響いたのは、テクノサウンドに乗せた ハスキーな女性声。
イニエに似ている!?とも思ったが、それより俺は蒼白状態である。
♪あなたと出会ったことで 変わったものってなにかな〜? となりにいるだけで ドキドキしてしまうの〜〜♪♪なんて続きが流れて、俺は邪魔者の居ない部屋の真ん中で一人、落ち込んでいた。
正気に返った時、落ち込み時間30分、計1時間半を無駄にしたと 更にまた沈んだわけだが。
どうにか再起して、紙袋をひっくり返した。遅れて出てきたのが、薄っぺらい小型版自作ノートだった。
……あのノートが『虎の巻』だったなんてな… ホント焦ったっつの……
結論を言ってしまえば、磯辺は約束通り 紙袋に『虎の巻』を入れてくれたわけなのだ。
が、他の濃ゆいブツばかり目立ってしまって、危うく見逃して茫然自失するところだった。
要点をきっちりまとめられていたノートだけあって、この分だと及第点以下の心配はなさそうだ。
はあああと深い溜め息をする。窓の外は昼過ぎに相応しく晴天だった。
今日、俺は帰りのSHRが終わったら、やろうとしていることが二つあった。
…ひとつは磯辺を捕まえること。『虎の巻』の一応の礼と、あの例の付随物に関して問い詰める。
そして、もうひとつ。演劇部の問題児・和谷も捕まえることだ。
昨日の一件であいつが自主練にホイホイ来ると思えない。むしろ来ない可能性が強まった。
なんとしても とっ捕まえて、練習に行くよう仕向けなければ、と思ったのだが――
続くミギの熱弁から 完全に意識をシャットアウトしていたのがいけなかった。
がたん、がたん、と一斉に椅子から一斉に立ち上がる音が聞こえた。と同時に、俺の目の前に、ぬっ、と黒い影が現れる。
「……?」
視界を遮断され、不思議に思って顔を引く。ぼやけていた全体像が徐々に浮かび上がる。
出てきたのは右堂だった。
「イ〜チハ〜ラぁぁあ〜〜?」
筋肉達磨がそこに迫って来ていた。気付けばSHRも終了していたらしい。終了の礼をせず座ったままの俺に目をつけて、この巨木がすっ飛んできたというわけか。
「お前は、どうして、ど〜〜〜〜ぅしてっ」一旦そこで溜める。ホリ深い造詣が益々渋顔になった。
「いつもいつもワタシの話を聞いていないんだあっ!?」
「あー……」
逡巡する振りをして 切り抜けようと周りを見たが、クラスメイトはすでに彼方へ。
……え、おい、俺とミギを二人きりにする気かよ!?
時既に遅し、級友たちはミギが俺に目を付けている隙に、鞄を持ってダッシュで外へ出ようとしていた。音を立てずにドアを開け、次々に「ごめんね〜」と平謝りジェスチャーをしたり手を振ったりして教室を出て行く。おい、お前らさっきまで生きる屍もとい疲労困憊してただろ!?
……誰か…誰かピンチな俺を助けてくれ!
そんな中、俺を心配そうに見やる級友が居た。ピン留め・メガネから一転、普段のライオン髪型に戻った、ラテン系ワイルド・森本だ。おお真の友と書いて悪友よ!と歓喜のアイ・コンタクトで助け舟を要請する。なるほど相手は頷いた。そして――親指をビシィと立てて出て行きやがった。
「………」
「イチハラ!? ワタシはお前に言ってるんだぞ!」
なんという非情さ。なんという世知辛さ。助け合い精神がなってない。今 俺、クラスメイトに仕向けられて贖罪山羊にされている。つまりはミギの呪縛(説教)に取り憑かれる一歩手前。
……こうなったら、あれだ!
俺は腹を括った。ごほんと咳払いをして、ミギのくどくど話を中断させる。
「なんだイチハラ? 弁明でもあるのか?」
大胸筋を惜しげもなく動かしてミギは言った。
「お前は昨日も か弱い女生徒に詰め寄っていたからなあ? この期に及んで言い逃れができるようなら言ってみることだな、まあネタは既に出来上がっているが!」
「えー…… 実はとある友人の言葉を思い出してたもんで」
「…ほっほぉう?」
「なんかそいつ、進路関係で悩んでるらしくて。右堂先生に相談したいことがあるとかなんとか……誰かって言うと、あの森本なんですけどね、はい」
出鱈目を言うなと怒らせたのを機に、とっとと逃げおおせて退散する目論見だったのだが。
瞬きを繰り返し、目を真ん丸く見開いている奴が此処に居た!
「なっなに本当か!?」
……通っちゃったーーーー!?
「森本が、そうか私に出来ることならなんでも聞いて……おいイチハラーー??」
別の意味で逃げるべきと悟った俺は、挨拶もそこそこに教室を抜けたのだった。
<ぱあとないんてぃーん 終了>