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ぱあと17 唐突☆報告会議

 本屋に寄ってから帰るという磯辺と別れ、俺は地元の駅に行く電車に乗った。

 と、いってもローカル線な駅のこと、ホームは1番線と2番線しかなく、行きと反対の電車に乗っただけだ。

 車内は学校帰りの学生とサラリーマンとOLで混雑していて、座るなんてとんでもなかった。明日をテストに控えた身としては、早く『虎の巻』を紐解いてみたかったが……家に帰って集中しよう、と出入り口の隅で電車に揺られる。

 窓の外を眺めると、青空の向こうに一線、ほの赤い色が広がっていた。ケータイを開いて見れば、待受画面に15:45と時刻が表示される。

 ……あの店って、何時までやってるんだろうか。

 ふとそう思う。俺の左手には、和菓子屋のおばさんにもらった袋が提がっていた。


『お店のこと手伝ってくれるし、気立てのいい子なのよ』


 和菓子屋のおばさんの言葉が頭を掠める。嘘なんて吐いているはずないだろう。

 店に行く前、なんか天職ってくらいに 和谷は家の仕事を手伝っていた。

 俺と会った途端、亀みたいに家に引っ込んだが、あれがなければ一時間ぐらい作業していたんだろうか。

『人見知りするけれど、もしどこかで会ったら仲良くしてやってくださいね』

 人見知りがあれで済んだら警察は要らない。

 消えてくださいとか平気で言うわ、玄人並のアッパー繰り出してくるわ、人の足踏みつけるわ。

 演劇部の主役を一年でかっさらったくせに、部活に来ない、家の仕事は進んで手伝う。

 ……どういう奴なんだよ、一体。

 今日行って分かったこと。それは、あの下級生がごく自然に笑っていたということだ。

 保健室で見せたあの 他人行儀な笑い方じゃない。ハキハキした声で、正直、最初は誰だったか分からなかったほどだ。

 まぁ、おばさんが人当たり良かったってのが分かっただけいいだろう。

 緋色と蒼色が混ざった空をぼんやり眺めながら、俺は左手の袋の重みを確かめていた。

 ――と、そんな巡る思考を頭の隅に追いやったのが、イニエ(の着歌)だ。

 只今メール用設定中の『白き天馬よ』が、サビのワンコーラスを ハスキーな声で歌ってくれた。

 当然 電車内でイニエの声が響く。はっと周りを見回したが、疲れた身体で メールの数秒流れた音にマナー云々を諭す乗車客は居ない。多少罪悪感を覚えつつも、開いたままのケータイを操作する。

 出所は母親のフリーアドレスからだった。なになに、と本文を読むと、出張が一日延びたということと、これから手が離せなくなるのでメールにした、ということが書かれている。

 折角もらった土産が無駄になるかな、と手提げを掲げ、矢先に、うん? と頭を捻った。

 ……『あいつ』、まさか今日も来てるのか?



 でびるにお願いっ! ぱあとせぶんてぃーん



『たっだいま〜〜っ☆』

 見誤った。まさかこんな変化球で来られるとは思わなかった。

 説明すると、家に帰った俺が恐る恐る自室を覗いてみたところ、昨日・一昨日と入り待ちしていた『あれ』の姿はなかった。あーそういや調べてみるよ〜とかなんとか言ってたな、なんてホッとして、さあ『虎の巻』でも参考にするか、とバッグに手を伸ばしたその時、玄関のチャイムが鳴ったのだ。居間に下りて 玄関周辺を映すセキュリティ用の画面を覗いてみれば、そこに映っていたのはゴスロリッ子……

「お前の家は此処じゃないはずだ。然るべき場所へ帰れ」

 インターホンで短く返答し、ブツッと切った。ただこいつの居場所が何処に在るのか、俺は知らない。

 間違い来訪受付は終了した。俺はこれから自身の未来に向かって一夜漬けをしなければ。

 ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーんぴんぽーんぴんぽんぴんぽんぴんぽ……

「あーもー近所迷惑だろお前っ! ベタ来訪連打すんな!!」

 玄関をガチャッと開けると、今日も黒ずくめなゴスロリちゃんの姿があった。

「カサネが意地悪するからだよ〜。 『ただいま』には『お帰りなさい』って言わないとっ」

 …ルイアントーゼ。俺が悪魔権獲得したとかで、悪魔検定協会から遣って来たゴスロリ少女だ。

 一丁前に 礼儀作法を説いている。が、意地悪云々の前に、俺の家に住んでいない奴を出迎えることなど出来やしない。

「それにボクが『還る場所』なんだからね? そこんとこ間違えないよーにっ!」

 ……文法の間違い指摘は、喉に負担が掛かるのでやめよう。

「お前もしかして……報告会だのなんだの開くんじゃないだろうな」

 ここで押し問答を続けても ご近所に怪しまれてしまうので、仕方なく隙間を大きく開いてやる。

 歓迎されたことが嬉しかったのか、ルイアントーゼはホップステップジャンプして玄関に入ってきた。

「うんっ。報告と今後の予定について会議でも開いちゃおうかなと☆」

 ――昨日の夕方、至極当然に和谷の調査を提案してきたのはこいつだった。

 俺が試験期間中であることについては黙殺され、「ボクはボクで調べてみるから。知り合いとかツテとか探して頼って頑張ってね〜」などと一方的に話して去った経緯がある。

 なるほど、このゴスロリッ子は今日一日の報告会を開きたいらしい。俺が明日テスト最終日というのにも関わらず、だ。

「あー、でもここでひとつ相談だ」

 報告会でも会議でもなんでも、今の俺が開くわけにはいかない。なんとかお引取りいただけるように持ち掛ける。

「俺は明日、テストという 学生の三大難関を控え、忙しい身にある。ここまで理解してくれるか」

「うんうん」

「報告会も会議も 余裕のない時に開くものじゃない。切羽詰った討論はお互いに良い影響を及ぼすとはいえないし、時間を有効に使ったほうがより良い答えに辿り着く。――だったらだ、俺たちがどうすべきか、自ずと見えてこないか?」

「じゃあリラックスするように 雑談を交えた報告会および会議を開かなきゃねっ☆」

「違ーーー!」

 誘導失敗。

 ガクーとその場にうな垂れる。すると、今まで元気一杯だったゴスロリちゃんの声が、急にしおらしくなった。

「やっぱり……今日はやめたほうがよかったんだよね……」

 とすんと玄関に座る。足元に散らばる家族の靴に目を落とし、ルイアントーゼは はふうとため息を吐いた。

「わかってたんだ……でも、カサネに会えると思ったら、この気持ち、抑えられなかった……」

 編み上げブーツの紐をしゅるしゅる解いていく。玄関マットに着地し、結構な厚底靴の向きをきちんと揃えて向き直った。

「だって、すべてを見て欲しいと思って、念入りにキメてきたんだよ……?」

「……へっ…」

 ……すべてを見て欲しいと思って、念入りに?

 思わず俺はルイアントーゼの出で立ちを確認してしまう。頭に黒い花の飾りコサージュをばーんと付けて、七部袖の黒いブラウス(黒フリルどっさり、白い印字の黒ネクタイ)に、ミニスカート、膝上黒靴下オーバーニーソックスという クラシカルなんだかアクティブなんだかよう分からんゴシックファッション……

「ちなみに今日はヴィクトリアン調制服ゴスをコンセプトにしてみたんだ〜☆」

 ああ、今日の「見て欲しい」ファッションポイントはすべてにあるというわけね。

「というわけで、お邪魔しまーすっ」

「あっ、おいコラ!」

 俺としたことが 不意を突かれて侵入を許してしまうとは! 

「少し話すだけでいいよ。カサネのテストって、明日もあるんでしょ?」

 くるりとルイアントーゼが振り返る。

「これからボクも行くところあるし、ちょっと寄っただけだから。あのコについて……確認しておきたかったんだ」

 ゴスロリの定義とは何か。

 疑問のとぐろを巻き始めた俺をさて置き、ルイアントーゼはすったかすったかと階段を上っていった。


 <ぱあとせぶんてぃーん 終了>


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