ぱあと16 特別任務と虎の巻
「おばさん、ほんまにええんか? ただお孫さんと同じ学校ってだけやのに」
「本当にいいんですよ、わざわざダンボールまで持ってきてくれたんですもの。美味しく食べてくれれば、うちの主人も喜ぶわ」
「わあやったなあ イチハラくん」
なんか無邪気に喜ぶなあ、こいつ。
本題で探りを入れるのかと思いきや、演劇部副部長の磯辺は、おばさんと同じようなやりとりを続けていた。
いや、しかしだ。
暢気に喜ぶ奴の隣で、俺はさっきの会話を思い返してみる。
磯辺は『1年なら、そのお孫さんとどっかで会うてるかもしれんで』と自分と和谷の関係性をほのめかす発言をしていた。校章の色で学年が判別できるという話題を、うまく切り返していたとも言える。もしかして……磯辺は潜入捜査が何たるか分かっているのではあるまいか。
ダンボールを使って入店したのも、この無邪気風な受け答えも、親しげにトーク展開するための運びだとしたら……さすが、部長に頭脳と呼ばれるだけのことはある!
磯辺が今日にこだわり、俺を連れていかせようとしたのも得心が行った。相手の言動に任せて頷く役――それが俺に求められていた今日の任務というわけかっ……
「ところで そのお孫さんが部活拒否って来ないんやけど、呼び出してくれへん?」
……って、率直すぎるだろオイ!
「彼氏の有無とかスリーサイズ聞きにきたんじゃないんよ。実はなっ、今日来たのは他でもない、執行部特別任務で 部活に来てない奴らを片っ端から尋問・粛清・殲滅せんと――」
「しっ失礼しました!!」
磯辺をがっと掴んでそのままダッシュ。がらがらがらぴしゃーん!という往年の効果音を背後に、俺は和谷実家の店を飛び出していた。
でびるにお願いっ! ぱあとしっくすてぃーん
「なんじゃー イチハラくんー。せーっかく『敵地調査』中盤やったのにー」
磯辺は 手提げ袋をくるくる回しつつ、口を尖らせていた。
と言っても、あっかるーい調子はそのままに、駄々っ子みたいな怒り方だ。
取り返しのつかないことになりそうで 思わず和菓子屋から退散していたが、体力と気力を一気に使った。ぜーはーと息切らせて聞いた言葉がそれだと、疲労感も倍増だ。
「執行部言うたら『魔女れん』のヒメが所属しとる 生徒会の名称じゃろー」
やべぇ分かんねぇ。
「あ、ヒメっていうのは女装ツンドラ少年・明雁の愛称なんじゃ。とある理由で女装して共学に転入してくる設定なんやけど、なんでか人気投票で総合第一位取っててな、カッコ可愛いとかギャップ万歳とかファンに言われてる最強キャラで――」なんて説明は例の如く耳から耳へ。
「いい案じゃと我ながら思ったんやけどなー。執行部が部活に来てない生徒を取り締まる設定」
「却下、棄却、不適法」
両膝に手をつき、眼下のコンクリートに向かって 承認しない単語を羅列する。
が、不平不満は何も聞こえてこなかった。変に思って顔を上げる。腰をかがめていたので、磯辺の頭が上にあった。
磯辺は――うずくまった俺ではなく、その先の公園を見つめていた。
行きに通ってきた小さな公園だ。滑り台とブランコと砂場とベンチしかないが、行きに見た時は 人が集まって談笑していた。俺はそれを見て 勝手に地域の平和の保障を確信したものだ。
時間が時間だからか、主婦グループもじいさんばあさんももう居ない。人気もなく、風を受けて 木々がさあっと梢の音を立てるだけだ。
「……ここはまだ大丈夫なんじゃな」
意味深な呟きを聞いた。分からない俺に気付いたのか、磯辺はこう訊いてくる。
「イチハラくん、知っとるか? 最近ここらで妙な事件が起きとるの」
「事件?」
「そうさなー……発端は一ヶ月ぐらい前やな。老人の遺体が公園で発見されたっちゅう」
「……ああ、あれか」
一ヶ月前と言われて、思い当たった。
俺の住む市内で、老人男性の遺体が発見されたと報道されたことがあったのだ。遊具から転落した 事件性のない出来事ってことで、新聞の記事も小さい扱いだった。ぱっと思い出したのは、その遺体が『妙』だと小耳に挟んでいたからだ。「臓器がない死体だった」――どこからともなく、そんな都市伝説に似た尾鰭がついて回った。カラスや動物に食われて損傷が激しい様子が捻じ曲がった、と尤もな理由と一緒に。
「でも、その遺体って行方不明者だったんだろ? 徘徊患者で、しかも寿命間近だったとかって」
「そやな。でも似たようなことが三件も続いとる。そしてそのすべての遺体が、『公園』で発見されとるんよ。……住宅街の遊び場でも、市営の大きなものでも、『公園』と名のつく場所で」
磯辺は探偵気取りで口元に指を添える。あくまで口調は真剣だ。俺は疲れてしまって、腰を折ったまま動けずにいたが。
「報道規制で場所・被害者の名前は出て来んし、そのどれもが事故扱いやけど――多分これらは『事故』やのうて『事件』なんじゃ……」
「はあ」
ああ……これは磯辺お得意の創作劇場だな。どんな些末な事故も事件も、愛と勇気と根性の大冒険活劇に描いてくれる特有の。
見限った俺は、磯辺の話を終わらせる契機を待つことにした。
「ウチのツテがアングラ系のサイト運営しててな。興味本位で一緒にこの事件、調べとんのや。なんつーか、クリエイター好奇心?をくすぐられてなあ。 公園見てたら思い出してしもたわ」
シリアスな言い方のところ大変申し訳ないが、好奇心にわざわざクリエイターを付けなくともよい。しかも微妙な照れ隠しで語尾を上げなくともよい。
「イチハラくんも気にならんか? クリエイター好奇心をくすぐられんか?」
「そうだな、その壮大なスケールの全貌を解き明かせたらまた誘ってくれ」
さあっとまた風が靡いていく。頬に涼しい空気の流れを受けて、俺はゆっくりと身体を起こした。話を聞き流していた時間のお陰で、回復できたらしい。ようやく磯辺の話題を断ち切る糸口が見つかった。
「――とにかく 敵地もわかったことだし、俺は帰るぞ」
敵地は分かったものの、肝心の今日の目的が果たせたかどうかは謎であるが。
一応自分内で賭けると、和菓子屋のおばさんが孫に「執行部」来訪を言う方に100ドル。孫の和谷が不信感を抱き、明日の演劇部自主練に来ない方に300ドル。
……駄目だ、来る見込み無い。
「あ! ちょお待ってや、イチハラくん」
歩き出す俺を引き止め、磯辺がバッグをごそごそ漁る。何かと見守っていると、茶色の紙袋を取り出し、差し出してきた。
「今日は付き合うてくれてありがとな。ここで渡すのもなんじゃけど……約束の例のブツじゃ」
……はっ。すっかり忘れて帰ろうとしていたが…もしかしてこれが……例の『虎の巻』(教科書にある、問題の解答などが書いてある参考書。あんちょこ。とらかん。/大辞泉より抜粋)かっっ!
受け取ろうとして、暫し葛藤する。
俺は……なんのために今日『敵地調査』に来たんだろうか……!?
いいのか俺? これを素直に受け取ってしまって、いいのか……!?
「これで明日のテストはばっちりやで。お互い頑張ろうな!」
「あっ、ああ! サンキューなっ磯辺っ!」
葛藤の時間はわずか三秒。俺は紙袋をがっしりと受け取っていた。
<ぱあとしっくすてぃーん 終了>