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ぱあと15 敵地調査とお煎餅

 物凄い勢いでくぐり戸が閉められ、ふおんっと風圧が通り過ぎていってから、数秒後。

「あっはっは〜、ヨソウガイじゃな〜。まっさか鉢合わせするなんて思わんで〜」

 磯辺は隣で暢気に笑っていた。そのあっかるーいテンションなら、どんな困難だって「良かった探し」で乗り越えられそうだ。

 ぽんぽんと俺の二の腕を叩くと(気軽に俺の肩に届かないから)、奴は無駄に片目を瞑ってみせた。

「誰にでもミスはあるで。気ィ落とさんでいこうや、イチハラくん」

 俺がいつヘマしたよ。

 脳内で冷静にツッコミしてみたが、俺はぼうっと突っ立ったままだった。

 ……は? 最低最悪だ?

 アタマの何処かで、和谷が逃げる際に投げつけられた科白が、ぐるぐる回っていたからだ。

「最低最悪って言っても、あれはこの事態が最低最悪になったって意味じゃろ。イチハラくんが最低最悪っていう意味じゃあらへんよ、うんうん」

 そうか、お前は元から最低最悪リストに入ってないんだな。

 脳内に限り、俺はきちんとボケに対処できるらしい。自分の能力に改めて感心する。

 しかし。俺は今、そのツッコミを行動で示すことが出来ない状況下にある。

 落ち着こう、俺。熱さは時に自分の身を滅ぼす。冷静になる動作をすべく、俺は和谷宅のくぐり戸の前、路地のコンクリートの上に置き去りになっていたダンボールを拾い上げた。呼吸を整えると次第に和谷の一言が薄れていく……ほらほら、裏路地喫茶店のナイス・ミドルも夕焼け背負って言ってただろ、「いいか、長男坊…世の中クールが正しいとは限らない。時に情熱を焦がし己の道を行くのもまた、男の中の漢だ」……って、この人の台詞を思い出してもバックドラフトするだけだった!

「なんで俺、二度も同じパターンで言い逃げされなきゃなんねんだよっ!!」

 ダンボールをその場にばこーんと放り投げ、くぐり戸をすぱーーーんと開け――

 …ようと思ったら、既にカギが掛かっていて 指がかなり痛い思いをした!

「イチハラくんー、今回は『敵地調査』やで〜。本人に会うことは関係あらへんよ」

「…へ」

 そんなエキサイトする俺を呼んで、磯辺が地面を指差した。路地のコンクリートの上に側面を裏にして放り出されていたのは――さっきまで和谷が抱え、俺が放り投げたダンボール箱。

 にかっと 歯を見せて、磯辺は言った。

「客を無碍にして帰らせる店は、あんまりないじゃろ?」



 でびるにお願いっ! ぱあとふぃふてぃーん



「すんませーん」

 ――「ゆうなぎ」。それが和谷の家の店の名前だった。

 カラカラと店の引き戸を開ければ、藍色の暖簾が風にそよいでいく。甘い香りだ。先頭を磯辺にして、俺は和谷の置いていったダンボールをかつぎ 店に入った。

「はい、いらっしゃいませ。 ……あら?」

 出迎えたのは、割烹着と三角巾をしたおばさんだった。年齢は50代後半か60前くらい、優しそうな顔立ちだ。語尾後半で首をかしげたのは、俺が抱えているダンボール箱に目がいったからだった。

「あ、これ裏っかわに落ちていたんじゃ。大事なもんやったらと思て、持ってきたんよ。なっ、イチハラくん?」

「ああ、裏側に落ちてたっていうか、投げ出されたっていうか」

 中身は封されてあって見ていないが、これが廃棄物だったらかなり苦しい言い訳だ。

「必要なかったら俺らで片しとくんで」

 そんなことも付け足しておいた。 

 突然現れた学生服二人組が珍しかったのかなんなのか。おばさんはきょとんとしていたが、徐々に柔らかい笑みに戻った。

「いえ、いいんですよ。渡してくれますか? 片付けます」

 俺からダンボールを受け取ると、店の奥に持っていく。

 おばさんがいなくなり、ようやく俺は、硝子ケースに立ち並ぶ色とりどりの小さな菓子に気が付いた。おはぎ、どら焼き、羊羹、周りに積まれた煎餅入りの箱。和谷の実家は和菓子屋だったのだ。店内は落ち着いた装飾で統一されていて、座れるスペースもあった。よくある路地裏でひっそり生息する和菓子屋よりは、広い店内だと思う。

 さっきのおばさんは和谷の親だろうか? それにしては、少し年齢が行き過ぎるような気もする。

「その制服――」そんなことを考えていると、すぐにおばさんはやって来た。

「もしかして、今日テストだった?」

 店内をうろついていた磯辺が、質問に肯定する。ああやっぱり、とおばさんは微笑んだ。

「孫の学校で、知っていた制服だったから。私の孫も早く帰って来たんですよ」

 午後に制服二人組が和菓子屋に乗り込む図も 変に思われないかと危惧していたが、おばさんは別段気にしなかったらしい。――孫。そうすると、このおばさんは、和谷の祖母にあたるんだろうか。

「校章の色が学年によって違うでしょう。あなたたちの色は銀だから2年生? 孫は1年で銅色だったわ」

「へぇー、学ランで当てるなんて見事やなあ おばさん」

 俺が思っていたことを磯辺が代弁していた。

「1年なら、そのお孫さんとどっかで会うてるかもしれんで。なっ、イチハラくん?」

 その後を俺に振るなよ。

「ああ、喚ばれちゃったり踏みつけられたりしてるかもな」

 ほうら、皮肉しか出てきませんでした。

「本当? お店のこと手伝ってくれるし、気立てのいい子なのよ。人見知りするけれど、もしどこかで会ったら仲良くしてやってくださいね」

 俺の後半のくだりは聞かなかったらしい。おばさんは俺と磯辺に邪心のない顔を向ける。

「孫と同じ学校の子が来てくれたんですもの。よかったらうちの物持って行って。若い人は和菓子なんて嫌いかしら」

「イエ、全然好きっす」

 即答した。後半のくだりを聞かないでくれてよかった。

 どれがいい、と聞かれたので、ショーケースの中を一通り覗いてみる。と、紫陽花と雨の雫が象られている和菓子に目が留まった。ケースには「練り切り・6月・“紫陽花、雨雫”」とある。和菓子もこんな洋菓子みたいな造詣品があるらしい。和菓子といえばだんごかボタモチぐらいしか思い浮かばなかった俺には ちょっとした発見だ。

 今日で母親が出張から戻ってくるし、季節の和菓子を買っていったら気に入るかもしれない。

「おばさん、ええんか? 売り物に金払わんで」

「いいんですよ、もう午後だし、夕方になったら下げないといけないもの」

 隣で磯辺があれこれ心配していたが、おばさんは全く気にしていないようだった。

「ほんとか? だったらなっ、迷惑ついでにそっちのが欲しいんじゃっ」

 と、謙虚なんだか謙虚じゃないんだか、磯辺は隣のショーケースを指差したのだが。

 俺はそのばら売り専用商品を見て糸目になった。

「あら、お煎餅? そんなに種類残っていないけれど。どれがいい?」

「桜えび煎餅! 桜えび好きじゃ〜〜」

 ……煎餅。

 ああ、何かどうでもいい記憶が浮かんでくるぞ、これ見てると。

『で、カサネ、モノは相談なんだけどねっ』

 なんかすっごい煎餅好きのゴスロリッ子が 超期待の眼差しで俺に提案してきたような気がする。

『…おせんべ食べたいな』

 このタイミングで貰って行かなかったら、なんか俺の方が悪党みたいな気分になりそうな気がする。

「――あなたも桜えびがいい?」

 呼び止められて、我に返った。思わず頷いていた。

 おばさんはにこにこして俺らに袋を手渡してくれた。

「それにしても、今日は若い人が良く来てくれる日だこと。一日に男の子が『三人』も寄ってくれるなんて。和菓子が好きって言ってくれて嬉しいですよ。有難う」


 <ぱあとふぃふてぃーん 終了>

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