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ぱあと10 優しくなれない部長の言い分

「させる気? それは違うな、重くん」 

 いつになくトーンを落としたマキシ先輩の声が聞こえた。

 ノブを離して振り返ると、そこには ハリウッドスタァのように悩める仕種の先輩の姿があった。

「全くなげかわしいよ! このベロア生地が君に似合わないなんて誰が決めたんだい? 先入観で決めつけるとは……君らしくない愚直ぐちょくな考えだね、浅墓あさはか粗忽そこつにも程がある」

 さらっと髪をなびかせると、先輩は華麗な手つきで俺の胸あたりを指差した。

「あえて言おう……君は自分で自分を摘み取る行為をしているんだ!」

 ズガーン! ショックだ。俺……やっぱり先入観で動いてるところがあるんだろうか…っ!

 そんな打ちひしがれる俺にマキシ先輩はそっと近づき、手を取る。

「……君の魅力は未だ開花されていない…。ワタシなら君を舞台上で花開かせることが出来るんだ…!」

「部長……そうか……俺、俺っ……」

「そうと決まれば磯辺くん! ティアラとネックレスとギラリン靴を用意し給えっ!」

「合点ッ」

「――って扇動されてどうするよ俺! モラルの欠けた危ない先輩と エセ方言野郎に 乗せられてる場合じゃないって!」

 一息で叫んでからはっと気が付いた。

 ゴージャス椅子から立ち上がった演劇部部長。ヒラヒラ衣装を持ち出して掲げている同部副部長。

 「とんでもない騒動の種」の渦中に居ることをすっかり忘れていた。



 でびるにお願いっ! ぱあとてん



「では困ったな。重くんに 舞台に立つのは恥ずかしいと言われてしまったのは大きな誤算だ」

 さすがに無理やり着せるという暴挙には出なかったか。危険人物のこの部長は、俺が避難し掛けたところでそんな事をのたまった。手つきしなやかなアンニュイ仕種だ。「急に眩暈めまいがっ……」みたいなポーズで、ふらっとゴージャス椅子に座り直す。が、仕種と裏腹に、声には実感がこもっていない。

 恥ずかしいなんて言ってないから!

 つーか俺が出ること前提だったわけ!?

 ツッコミしそうになるのを堪えた。いかん、それこそ相手の思うツボだ。さっき同様 部長と副部長タッグのペースに乗せられ、まんまとハマってしまう可能性大アリだ。気が付けば 本当に舞台上に立っていた、なんてことにも成りかねない。

 あーんなラメラメキラキラ衣装で舞台に立って先輩にかしずきたいか、市原 重!? 

 …自問自答した結果、俺が出した答えは。

「先輩、それじゃ俺これで帰ります」

 身の危険を守るべく、再度 部室のドアノブをひねることだった。

「……磯辺くん、やっぱり主役は和谷くんか 重くんの代打しか考えられないかい…?」

「そうさな、部長のオシなら、イチハラくんでも納得出来たんけどな……。イチハラくんも出れんて言うけぇ、しょうがないさな……」

 が、こんなしんみりしおしおの会話が聞こえて、ずっこけてしまう。

 偏頭痛へんずつうの悩めるポーズをするマキシ先輩と、ベロア生地を握り締め耐える様子の磯辺。

 ……なんなんだ このしんみりムード。

 空き教室内でうなだれる二人の様子を背にして、俺は出るに出られない。

「しかし和谷くんの理由はまだ聞いていない。あやふやな状態で部活には出られない――何が彼女に起こってるんだ?」

「それが分かれば苦労せんのにな。手荒なことは出来んし、誰かに頼むわけにもいかんしなぁ……」

 しかもなんなんだよ この他力本願ムードは!?

 重苦しい雰囲気が漂う。白々しい会話でも、これ以上さめざめされては 居たたまれなくなるだけだった。

「……解ったよ」

 ため息の後で、俺は 演劇部タッグにこう切り出した。

「要するにだ。和谷を練習に引っ張り出してくればいいんだろ」

 全く悪びれない様子の傍若無人先輩を、どうしたもんかと見やる。

 先輩がぽんと手を打った。吹き出しで電球が出てくるような安直な手振りだ。

「そういう手もあったか。さすが重くん、自発的にしてくれるとは気が利く子だ」

「マキシ先輩、……実は分かってて言ってるだろ」

 面倒なことを部員がするでもなく、何の関係もない俺に回す気あたり 相当意地が悪い。

 それでも先輩は 何のことだい、とシラを切った。どうやらこのグダグダ話からうまく聞き出すしか、先輩の本心やら意図やらは掴めないらしい。しょうがない、と腰をえる。背を向けたまま、顔だけずらしてたずねてみた。

「先輩、朝に言ってたよな。あいつが『主役で皆の期待を一身に背負っている』とかどうの。あれって――皮肉だろ」

「……。どうしてそう思うのかな?」

 ふふと不敵な笑みが返ってくる。予想していたことだったので、此方も動じないで済んだ。

「直感だよ。顧問の左垣ちゃんはあいつに 手を焼いてたみたいだし……あいつも左垣ちゃんには話したくない感じだった」

 思い返してみれば、和谷は召喚時にこう言っていたのだ。

 『みんななにも知らないくせに』、『私にはなにもないのに』、『先生に言ったってしょうがない』。

「……実はあいつ望んでないんじゃないか? 劇の主役に抜擢ばってきされたの」

 先輩は無言で俺の黒目を見定めていた。俺も先輩の双眸そうぼうの視線を受けつつ、ね返す。どちらも引かない。

 探りあいにも似た空気が流れ始めた時、先輩の目が弛緩しかんした。にこり、と微笑まれたのだ。

「君は本当に察しがいいね」

 その笑顔が毒のない晴れやかな笑みだったので、一瞬揺らぐ。いかん、ここで先輩の手にハマってしまってどうするよ。

 先輩の双眸を見ないようにしながら、平静を装いつつ答えた。

「別に、いいとは思ってないけど」

「――うん、天然、というところかな」

「はあ?」

「重くん。ひとつ、聞いてもいいかい」

 今度は先輩の番らしい。声のトーンを若干落として、また見定める目を向ける。核心を突こうとする野心がほの見えた。

「何故君は、和谷くんのことを気にする?」

「………」

 目が点になる質問だった。

「知り合いかい。君が和谷くんと接点があるなんて初耳だ」

 ハタからはそう見えるだろう。昨日召喚されるまで、俺と和谷は面識もない生徒だった。ルイアントーゼが一方的に案内した 使い魔権とかいう代物。和谷と会ったことだって、簡単にスルーできるんじゃないだろうか。非日常なんて、自分が望めばすぐ切り替えられるんじゃないだろうか。

 ――けれど。

「乗りかかった船だよ」

 俺は短く答えた。ノブを回し押す。キィ、ときしんだ音がした。

「ノリで手助けするって本人に言ってさ。俺のやんなきゃいけないこととちょうど被るんだ」

 一歩廊下に出つつ、部室の中に居るマキシ先輩に付け足す。 

「それに先輩も……俺だから『頼んだ』んだろ」

 意表を突かれたのか、先輩の目が一瞬見開く。

 だがそれも直ぐ元に戻り、頂点に相応しい優美な腕組みをすると、寂寥さみしさと苦笑の間のような笑みを浮かべた。

「君と違って、ワタシは優しくなれないからね」


 <ぱあとてん 終了>

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