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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 ワッフルとホックとスカートと

作者: 綿屋 伊織

 ある日の午後のことだ。

 「ごちそうさまでした」

 午後のお茶の時間、日菜子は席を立った。

 主君の退室を待って、女官達が無駄のない動きで後かたづけに動く。

 「あら?」

 女官の一人が、テーブルの上を見て手を止めた。

 「何か?」

 「あ、橘様。その、またお茶菓子をお残しに」

 橘がテーブルの上を見ると、確かにお茶菓子が残っていた。

 「普段でしたら、残さずお召し上がりになるはずなのですが、ここのところ」

 「膳部には報告しておきましょう」

 「このお菓子も、九州の名店から取り寄せたと聞きましたが」

 「お口に合わなければ、全て不可、そうですね?」

 


 「ううっ……」

 私室に戻った日菜子は、ため息をついてベッドに腰を下ろした。

 本当は食べたかった。

 この一週間、ケーキもパフェも大福も、あらゆるお茶菓子を半分だけにしている。

 ワッフルまでだ。

 「食べたいよぉ……でも……」

 日菜子が視線を向けた先。

 そこには平べったい物体が置かれていた。

 それこそが、近頃日菜子を悩ます厄介な存在。

 「ううっ……」

 日菜子は大きくため息をつくと、恐る恐るその物体の側に近づいた後、

 「えいっ!」

 思い切ってその物体に乗った。

 ピピピピピ

 電子音がして、数値が出る。

 「……」

 日菜子はその数値に目を見張った。

 ゴシゴシ

 目をこすってもう一度見る。

 「……やった」

 こぼれるような笑顔で日菜子は叫んだ。

 「やったぁ!」

 その物体、つまり、体重計から飛び降りた日菜子は、驚くタマを抱き上げ、くるくるとダンスを始めた。

 「にゃ!?にゃぁぁぁぁっ!!」

 タマの悲鳴に気づくこともなく、日菜子は踊り続け、そして

 ポイッ

 タマをベッドへ放り投げた。

 「努力した甲斐がありました!」

 そう微笑むなり、日菜子は部屋から消えた。


 ドアが閉まってすぐのことだ。


 「タマさん」

 誰もいなくなった部屋の中で、そんな声が聞こえた。

 いつの間にか、部屋には一人の少女の姿。

 宙に浮くその少女は、真由という。

 日菜子の唯一の親友にして、死後、紆余曲折の末、日菜子の守護霊の一人となった少女がタマに語りかけた。

 「あれ、いいんですか?」

 「僕達に止めることは出来ないよ」

 タマはベッドの上で伸びをしながら、人間の言葉でそう答えた。

 「でもぉ。あれって痩せたとはいいませんよ?本当、日菜子ってそそっかしいというか、単にズレてるっていうか」

 「え?そうなの?」

 「普通、500グラムでダイエット成功なんていわないです」



 「ふんふふんふぅ~ん♪」

 スキップしながら日菜子は街を歩いていた。

 ダイエットに成功したせいだろう。体が軽い。

 「ガマンしたんだから、やっぱり、ご褒美ですね」

 日菜子が向かった先、

 そこは行列の出来るワッフル専門店。

 品数は少ないが、熟練のワッフル職人の手によるワッフルは女の子達に大人気。持ち帰りもあるが、やはり店内で出来たてを食べるのが一番美味しい。

 雑誌にも度々取り上げられている話題の名店だ。

 「あのワッフルも捨てがたいですけど、やっぱりこのお店にはかないません」

 待つこと30分。

 やっと席が空いた。

 相席だったが、文句を言える立場ではない。

 「失礼いたします」

 先に座っていた少女に一礼した後、日菜子は席に座った。

 「いえ。こちらこそ」

 少女も返礼する。

 「ご注文は?」

 「アップルシナモンとバニラ」

 「かしこまりました」

 ふと、視線を感じた日菜子が見た先には向かいの席に座る少女がいた。

 「あの?」

 「あ、ごめんなさい」

 少女は軽く手を合わせて言った。

 「そっちにしておけばよかったかなぁって思って」

 「失礼ですけど、何をご注文に?」

 「あ、ふつうのプレーンです」

 「あれも美味しいですよ?」

 「そうなんですよね」

 

 気が付くと、二人はワッフルを食べながらワッフル談義に花を咲かせていた。

 やれ、どのお店が美味しいとか、

 どこの通信販売のワッフルはまずかったとか。


 「そういえば」

 少女が日菜子にそう言ったのは、何回目のワッフル追加注文の後だったろう。

 「名前、まだ聞いていませんでしたね」

 「あ、私、ですか?」

 「はい」

 「えっと、ひ、比奈です。比奈と呼んでください。あなたは?」

 「あ、綾です」

 「でも、あなたどこかで見た気がするんですけど」

 日菜子は首を傾げながら少女の顔を見た。

 お嬢様然とした顔立ちに優しげな笑顔。

 学校にいたら才色兼備の優等生という感じだろう。

 髪をアップにまとめ上げているせいで随分大人びてみえるが、それでも歳はそう離れてはいないはずだ。

 日菜子はこの顔をどこかで見た気がしてならない。

 だが、どうしても思い出せなかった。

 「え?そ、そうですか?」

 綾と名乗る少女があせるのも気になる。

 「ええ。……どこかでお会いしました?」

 「い、いえ?でも」

 少女の言葉に、日菜子は度肝を抜かれた。

 「私も、どこかであなたを見た気がするんです」

 「えっ?」

 今度は日菜子があせる番だ。

 まずい。

 変装は自信がある。

 髪型はしっかり変えてある。

 どうしてばれた?

 「でも、どうしても思い出せないんです」

 「き、気のせいです」

 日菜子は焦る心を抑えながら言った。

 「ほら、他人のそら似って」

 「ああ。そうですね……あなたみたいなカワイイ子なら、きっと芸能人かな」

 「ふふっ。それは私のセリフです」

 「やだ。比奈さんだって芸能人顔負けですよ?オトコの子だったら放っておかないです」

 「綾さんには負けます。本当は、男の子と食べに来たかったんじゃないですか?」

 「それが」

 綾はため息をつきながら言った。

 「実はちょっとダイエットしてる間に、つい彼に言っちゃったんです。ワッフルなんて興味ないって」

 「何故、そんなウソを?」

 「そう言わなければ、自分の意志が崩れそうで」

 「ふうん?それで?ダイエットには成功したのですか?」

 「はい!」

 綾はうれしそうに答えた。

 「予定より500グラム多くて1キロ」

 「あ、私は500グラム」

 「痩せましたね」

 「お互いに」

 違う。本当はそう突っ込むべき所だろう。

 しかし、二人にあるのは、成功者の喜びをかみしめ、互いをたたえ合う意志だけだ。

 「食べるものを食べないのって、辛いですよね」

 「本当に、あ。綾さん?ワッフルとお茶、おかわりいかがですか」

 「もらいます。すみません。プレーン3つとアールグレイを」

 「私はチョコとメープル、シナモンティ」

 

 「くすっ。それにしても」

 「なんです?」

 「綾さんのダイエットの目的って、男の子のためですか?」

 「そ、そういう比奈さんは?」

 「ま、まぁ……それもあります」

 「やっぱり、かわいいって言われたいですものね」

 「そうですね。ね?綾さんは、その男の子とおつきあいしてるのですか?」

 「え?ええ……まぁ。比奈さんにはいるんですか?」

 「私?」

 日菜子は、自分を指さした後、モジモジしながら言った。

 「で、デートは2回しました」

 「今度、ヴァレンタインですけど、もう準備されたんですか?」

 「ヴァレンタイン?」

 「ええ。チョコレート」

 「そ、そういえば忙しくて忘れていました」

 「私も買いに行こうかなって思ってるんです。この後、一緒にどうですか?」

 

 1時間後、

 日菜子達はデパートの特設コーナーにいた。

 女の子にとっては、クリスマスと並ぶ決戦の日とあって、チョコを買い求める子達でコーナーはあふれかえっていた。

 「手作りって手もあるんですけど」

 綾ははにかみながら言った。

 「彼、料理が上手だから、きっと私より美味しいの作っちゃうし」

 「綾さんのことが好きな相手なら、きっと何でも喜んで食べてくれます」

 「比奈さんの彼のことですよ」

 笑いながらチョコを選ぶ二人。

 特級の美少女二人がチョコを選ぶ光景は、はっきり目立つ。

 チョココーナーを通り過ぎるオトコ達は、

 こんな子達にチョコをもらいてぇ!とか、

 彼女達にチョコをもらう男なんて呪われちまえ!

 と心の中で妄想したり毒づいたり。

 一緒にチョコを選ぶ女の子達は、

 こんなのがライバルなんて絶対イヤ!とか、

 カレにあげようなんてしてないわよね!?

 と不快や警戒感で心を乱したり。

 とにかく、周囲は落ち着かない。

 二人がレジに並び、出ていった途端、コーナーのあちこちからため息が漏れた。


 「じゃ、私、これで」

 公園まで歩いた所で、そう言ったのは日菜子だ。

 「そうですか?もう少し一緒にいたいのですが」

 綾は残念そうに言ったが、日菜子はそれに答えた。

 「時間が時間ですから」

 「そうですね」

 いいつつ、二人は離れようとしない。

 互いの顔を見ながら紡ぐ言葉を探している。

 「不思議ですね」

 やっとのことでぽつりとそう言えたのは日菜子だ。

 「なんだか、あなたとは本当に心を許せる気がしてなりません」

 「私もです。―――また、会えますか?」

 「そうですね」

 日菜子は少し考えてから、イタズラっぽく言った。

 「運命がそうしろっていうなら」

 「じゃ、きっと会えます」

 綾は笑って言った。

 「私達、きっといいお友達ですから」

 「そうですね。じゃ、綾さん」

 「はい。また会いましょう」


 一礼の後、駆け出す日菜子に手を振る綾。

 「綾さん!」

 少し離れた所で、日菜子は言った

 「今度会うときは、本名を教えてくださいね!?」

 「比奈さんも!」


 二人は、笑いながら手を振り合い、そして別れた。




 翌日の明光学園。

 「へぇ?あのお店に行ったんだぁ」

 お昼、リンゴだけをかじる綾乃に驚いた声をあげたのは美奈子だ。

 「……はい」

 「いいなぁ。あのお店、高いからなかなか行けないのよ」

 「にゃあ。それにしては綾乃ちゃん、冴えないねぇ。そんなにおいしくなかったの?」

 南雲手作りの弁当を頬張る未亜が心配そうに訊ねた。

 「おいしかったです」

 「お友達も出来たんでしょう?」

 「……はい」

 「どうしたの?瀬戸さん」

 美奈子も不思議そうに訊ねた。

 「まるでお通夜にいるみたい」

 そう。

 美奈子の言うとおり、アイドルらしからぬ辛気くさい顔をしているのは、瀬戸綾乃だ。

 「悩みがあるなら聞いてあげるよ?私達だって友達だし」

 「……」

 「ふんふん。え?」

 未亜が綾乃の口元に耳を近づけた。

 「ワッフル食べ過ぎて、ホックが飛んだ?」

 「未亜ちゃん!」

 赤面した綾乃が怒鳴り声をあげた。



 一方、同じ頃、宮中。

 「……」

 日菜子は、呆然として立ちつくしていた。

 理由がわからない。

 いや、わかりたくない。

 この服は、水瀬とのデートのために設えたとっておきだ。

 ただ、スカートが少しきつかったので、思い切ってダイエットしたのに。

 ヴァレンタインは忘れていたが、デートの時、また水瀬に抱きしめられることがあったら、運動不足のお腹なんて思われたくない。

 その一心だった。

 努力はした。

 それなのに、何故?


 「あら?日菜子?」

 虚ろな目で日菜子が見た先。

 そこには、姉の麗菜の姿があった。

 「どうしたの?スカート落として」

 「……」

 「あ、ホックが飛んだ?」



 数日後のことだ。

 「ヘンなんだ」

 ルシフェルに首を傾げながら相談するのは水瀬だ。

 「ワッフル焼いたから、綾乃ちゃんの所と殿下の所に持っていったんだ。そしたら、二人とも、当分、ワッフルは見たくないって言い出して―――そんなにおいしくない?」

 「ううん?おいしいよ?」

 「そう?じゃ、どうして食べてくれないんだろう」

 「不思議だよねぇ」

 「本当に」

 ワッフルをパク付くルシフェルを前に、水瀬はしきりに首を傾げ続けていたという。



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