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プロローグ

ファンタジーモノです。生暖かい目でご賞味ください。

――天使と悪魔による地上の権威をかけた『聖戦』により悪魔が敗北して500年。『それら』の存在が歴史の表舞台から消えて久しく、その姿、形が忘れ去られても『魔術』は粛々と人々の間で語り継がれていた……





――そこは、労働の街だった。街の北にそびえる魔石鉱山は西の大陸で精製される魔石のおよそ八割を担っており、鉱山夫たちは日々それらの採掘に従事している。彼らは太陽とともに目覚め、日の沈むころに酒を飲み交わし、月が夜の中心に浮かぶころには眠りにつく。街には青白いささやかな光だけが灯り、心地よい休息のための優しい暗闇に包まれている。

 この街の人間は健全で、人並みで、満たされている。大衆の正義のために自分を傷つけることも、そのために誰かを廃絶することもない。文化を持った人間の正しい営みでできている。


――そして、それらの当たり前で尊い『生活』を守るためには誰かが犠牲にならなくてはいけない。清潔なベッドを保つためには、埃をはたき、ゴミ箱へと処理する掃除屋(ハウスキーパー)が必要なのだ。



「……どうだ? 何か見えたかスノリ?」

 強風にローブとブロンドの髪を揺らしながら、フレイヤ・ダンテは双眼鏡で街の一角を見下ろしている、透き通るような白髪の少女を見やった。

「ちょっと待ってくださいよ。このメガネめちゃくちゃ見えすぎて今自分がどこを見てるのかわかんなくなるんスよ」

 白髪の少女、スノリ・エッダは声を大きくしてそう答えた。双眼鏡で目元と顔の半分が隠れていたが、彼女が歯を食いしばり、苛立ちを抑えていることが充分に伝わる。

 彼女は双眼鏡のフチを回しながらピントを調節する。ぐっと視界を広げ、目標の建造物である三階建ての宿屋を見つけると、彼女は三階の右側の部屋をズームした。

「あー……ようやく見えるようになったっス。ほんっと、余計なことしてくれるわウチの馬鹿どもは。こんなのスコープの役割があればそれだけでいいのに、無駄に機能つけて使いづらくして……ほんっと馬鹿。馬鹿野郎ども」

「……もう少し急いでくれないか? 部屋に強力な結界魔法がかけられている以上、その双眼鏡で透視するしか中を確かめる術はないんだからな」

「わかってるっスよ! ちょっと待っててくださいってば!!」

 怒鳴りながら、スノリが指先で双眼鏡のストラップの横にあるボタンを軽く押した。かしゃんという軽い音が鳴り、対物レンズが二重になった。スノリは双眼鏡のもつ指先を強めて、中を『透視』した。窓のない石造りの壁の輪郭が徐々にぼやけていき、その全貌が明らかになっていく。

 巨大なシャンデリアがぶら下がった豪奢な部屋の中には、四、五人程度の男たちがルーレットの卓を囲んでおり、その奥では同程度の人数が、ビリヤード、ダーツと言った娯楽に興じている。

 スノリは手元にある参考写真の載った資料を取り出す。ひい、ふう、みいと双眼鏡と写真を見比べる。写真の中の人物と、目の前の男たちはすべからく、寸分の狂いもなく同じ人相をしていた。思わず、彼女の口元から笑みが漏れた。


「――視えましたよセンパイ、ありがたいことに、一人残らずあの部屋にいたっス」

「全員? 報告では十五人いたはずだが……あの宿屋のワンルームにすし詰めになっているのか?」

「違いますよ。奴等、宿屋の右側の部屋全部ぶち抜いてカジノ作ってるっス。みてみるっスか?」

「いや、いい。どうせ二時間後には消える奴らだ」

 そう言って、フレイはスノリに差し出された双眼鏡を断った。

彼はスノリが双眼鏡をしまうのを見ると、踵を返して、丘を降りようとしていた。その後をスノリが追う。この瞬間、彼女は任務執行の幕が静かに降りたことを理解していた。

「――俺が突入して奴らを制圧する。スノリ、お前は街に下りたらあの宿屋の一階に一部屋借りて、そこで待機してろ。俺の突入で逃げたヤツを捕まえろ」

 そう言って、フレイは金貨の入った袋をスノリに渡した。この国では旅客(特に彼らの様な上級な服を着ている人々)はチップとして多額の先払い金を請求される。

二人で突入すればこんな身銭を切るような回りくどい方法しなくても済むのに、と彼女は思ったが、決して口には出さなかった。彼が自分を前線に出したがらないのは今に始まったことではなかった。彼女は密かに、フレイヤ・ダンテは生粋のフェミニストか、騎士道精神の持ち主なのではないかと冗談半分に勘ぐっていたが、その理由を追求することはなかった。スノリ・エッダという少女は職種に関係なく「仕事」という概念に対して積極的でなかったからだ。彼女は、このハリキリ上司が面倒ごとを買って出てくれるならそれに越したことはないと考えていた。

「……りょーかいです。要は逃げたヤツを逃がすなってコトっスね。生け捕りっスか?」

「いや、生死は問わん。こいつらには『協会』から生死不問の伝令がきている」

「うひゃあ、それはそれは。一体何したら見ず知らずの他人に殺されるようなことになるんスかね。おかしいったらありゃしないっスよ」

「さあな。……だが、俺たちが出張ってきた時点で、太陽の下をまともに歩けないような、腹黒いことをしていたことは確かだろうな」

「……『違法魔術(ゴエティア)』ですか?」


禁忌の魔術の名を口にして、スノリはフレイに向かって視線を上向ける。

「ああ」とフレイは険しい表情で首肯した。


違法魔術(ゴエティア)』――かつて地上に顕現した七十二の悪魔が使い、人々に授けた禁断の魔術。人を騙し、うそぶき、蹴落とし、その果てに私欲を満たす術が書かれたそれは『悪魔(魂)の契約』を条件に顕現し、一時の極上の幸福を条件にすべてを失う禁術であり、聖戦の末に地上から悪魔が消え去った現代でさえも、人々の生活に影を落とす正真正銘『悪魔』の書であった。


「……わかんないっスねー。悪魔と契約してまで叶えたいことがあるなんて。私はそんな妖しい力でつかむ幸せなんて怖くて生きた心地がしないっスよ」

「人の欲はいつの時代も底なしだ。その証拠に、悪魔がなくなって五〇〇年経った今でも、違法魔術(ゴエティア)がらみの事件が後を絶たない。そのことは身をもって知っているだろ?」

 そう言うと、フレイはスノリの方を振り返り一瞥した。


 瞬間、ざあっ……と夜風が草々を撫で、彼らの身を包むローブが舞い上がった。

潔白を誓う白い布地の下には、悪魔祓いの象徴、五芒星を切り裂く『対魔士(エクソシスト)』の紋章が刻まれていた。


――五〇〇年以上前、聖戦の時代から天使に仕える敬虔な天上の信徒であり、その『神聖』を穢す不届き者に鉄槌を下す悪魔祓いの適合者(スペシャリスト)


対魔士(彼ら)は天上の存在なき現代において、群衆に降りかかる『災厄』から御身を護る守護者にして、地上で唯一、天上の神聖を扱うことを許された清浄の番人。彼らは聖戦の後に天上の世界へと眠りについた天使の軍勢(アークエンジェル)に代わり人々から悪魔の魔の手を振り払う露払いであり、そして今宵の相手も悪魔に見染められた、哀しき魂の救済と、憎き元凶の滅殺であった。


「――犯行者はダリル・メイスン含む以下一五名。使用魔術は違法魔術(ゴエティア)・第二十八柱『偽装工作(ハリボテメイキング)』、その他、奴らは『虚飾の悪魔(ベリト)』と契約し、この街を含む一〇の都市、町村で一〇〇件以上の詐欺事件を起こしました。被害額はザッと二〇億フラン、小さい国の国家予算ぐらいあるっス」



「……国家予算はそんなに少なくねえだろ。嘘つくなバカ」

「え? マジすか? 二〇億で少ないってどういうコトっスか、それ。ホントに同じ世界線?」


 

 そう言って、驚愕にし過ぎて若干引き気味な表情を見せるスノリ。どうやら今の国家予算の例えは彼女にとって大まじめだったらしい。とはいえ、二〇億という額も普通に暮らしていて到底手に入るような金ではない。ダリル・メイスンという男も、詐欺に関してはおそらくズブの素人なのだろう。そんな凡人が百戦錬磨の詐欺師へといとも簡単になり果ててしまうことが、違法魔術(ゴエティア)の恐ろしいところだった。こんな凶悪な術式が跋扈する世界になってしまったら、人々は隣人すら信用できなくなり、私利私欲だけを追い求める『悪魔』と何ら変わらなくなってしまう。


悪魔と踊れば(ダンス・ダン)悪魔に染まる(ス・ダンス)』――人が人を信じられる世界を創造するためには、それに()()()()()()()()も断じなければならない。それが彼ら『対魔士(エクソシスト)』の役目だった。



「――さあ行くぞ、もうすぐ夜も深まる。『悪魔祓い』には、お誂え向きの時間だ」


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