第9話:試製一号機
――開発計画の開始から幾ばくかの月日が流れた頃。
ライラの輸送船の格納庫で、その時は訪れた。
プシューッ……と、圧縮空気が抜ける音と共にロッカールームの扉が開く。
中から現れたのは、開発されたばかりの専用パイロットスーツに身を包んだヒルデ。
身体のラインを極限まで強調する、光沢のある黒いラバースーツ。
関節部分には銀色のセンサーが埋め込まれ、近未来的な光沢を放っている。
だが、最大の特徴はそこではない。
「クラウス様、一つ……ご質問よろしいでしょうか?」
ヒルデは相変わらずの無表情の奥に僅かな羞恥を滲ませながら……。
「この頭部についている二つの突起物は何のために?」
自身の頭部に付いた、ウサギの耳のようなパーツを示して言った。
「ああ、それか。それは『高感度神経接続アンテナ』だ」
俺は真顔で、用意していた技術的根拠(言い訳)を並べ立てる。
「それで脳波を受信し、機体との接続強度を高めるんだ。形状がそうなったのは、あくまで受信感度を計算した結果であって、断じて俺の趣味ではない」
ヒルデが無言で、ジッと俺の瞳の奥底を覗き込んでくる。
「あと、臀部についてる尻尾みたいな球体センサーも、重心バランスを保つためのジャイロだ。決して、バニースーツを意識したわけじゃない」
「……はぁ」
ヒルデは深く溜息を吐いたが、それ以上は追求してこなかった。
主君の性癖までも呑み込んでくれるとは、流石は忠臣だ。
「では、搭乗します」
彼女はそう言って、ワイヤーリフトへと乗る。
ウィンチが巻き上げられる駆動音と共に、宙へと持ち上げられていくヒルデの身体。
その隣には、鈍色に輝く鋼鉄の巨人が鎮座している。
俺が自身の命運を賭けて作った、人型機動兵器の試作一号機。
装甲はまだ未塗装で、あちこちのケーブルが剥き出しの状態だが、その威圧感は本物だ。
「う~ん、やっぱダサくね?」
隣でコンソールを操作しているライラが、不満げに口を尖らせる。
「もっとこう……流線型でチュルンとしたスマートな感じのリアル系ロボにしたかったなー。これじゃゴツゴツしすぎてて映えないわー」
「まあまあ、外装は後でいくらでも弄れるだろ。今は中身が動くかの確認だ」
俺が彼女を窘めつつ、マイクへと向かって声を張り上げる。
「輸送船、惑星ローレライの重力圏外に到達! ハッチ開放! これより試作一号機の射出シークエンスへと移行する!」
号令と共に、輸送船のデッキが展開し、長いレールが宇宙空間へと向かって伸びる。
急造のリニア・カタパルトだが、やっぱりロボットの発進シーンはこれじゃないとな。
自身の趣味と実益を兼ねた機構の動作に喜びつつ、更に続けていく。
「試作一号機、カタパルトデッキへ接続。フットロック固定」
「電圧上昇……臨界点まで、あと3、2、1……オールグリーン! いつでもイケるよ!」
コンソールにかじりついたライラが、興奮気味に親指を立てる。
機体の踵がカタパルトのシャトルにガチリと噛み合い、膨大な磁力がレールに奔る。
振動する巨体。唸りを上げるジェネレーター。
大丈夫。今のところは想定以上に上手く動いている。
「進路クリア。タイミング同期」
通信機越しに、ヒルデの静かな声が響く。
「試製一号機、発進!」
爆発的な加速Gと共に、鉄の巨人が宇宙空間へと向かって射出される。
背部のスラスターが蒼い光の尾を引き、一瞬で星の海に瞬く点の一つとなった。
「システム・オールグリーン。星源伝導率、良好。動きます」
宇宙空間に射出された試作一号機の全身が移るカメラへとコンソールの画面を移行する。
虚空に放り出された機体は、慣性制御によってピタリと静止する。
次の瞬間には、背部スラスターが再び咆哮し、凄まじい速度で加速した。
急停止、急加速、そして急旋回。
それはまさに、俺が思い描いていた宇宙空間において人間と同じ感覚で動くロボットだった。
「おおっ……!」
その期待以上の動作に、思わず感嘆の声が漏れ出る。
シミュレーションでは既に何度も確認していたが、現実での成功は格別だ。
「ヒルデちゃん、どう? 何か違和感とかある?」
「そうですね……強いて言うなら、まだ思い描く動作とのズレをほんの少しだけ感じます」
「オッケー。じゃあ、少し調整するから一旦戻って来て」
「了解しました」
***
――プシュウゥゥ……。
背部コックピットが開き、試作機体からヒルデが降りてくる。
降りてきた彼女の顔は汗で濡れ、呼吸が僅かに荒くなっていた。
「ヒルデちゃん、大丈夫? やっぱり、神経接続の負荷がかかってる?」
「……いえ、問題ありません。感覚の同調にまだ不慣れで、少々苦労しただけです」
彼女は汗を拭うと、いつものように気丈な口調で答えた。
「そう。でも、もしも何かあったらすぐに言うんだぞ。ヒルデちゃんは変えが効かない唯一のパイロットなんだ――」
「ダメですわね」
俺の気遣いの言葉を遮って、レティシアが物理的にも間に割って入ってきた。
手元のタブレットには、今行ったばかりのテストで得られたデータがズラリと並んでいる。
「思考動作と現実の機体動作の間に、おおよそ0.24%のズレが生じてますわ。これではとても、『人体と同じ』感覚とは言えません」
「え~? 0.24%とか誤差っしょ? 十分動いてたじゃん」
ライラが横から口を挟んでくるが、俺は首を横に振った。
「いや、ダメだ。量産機ならともかく、こいつに求められるのは、たった一機で戦場の常識を覆す理外の兵器だ」
俺は機体を見上げて、断言する。
「つまり、求められるのは完成よりも完璧……その0.24%のズレが戦場だと生死を分ける」
実際、さっきヒルデはそのたった0.24%のズレを体感していた。
パイロットである彼女の感覚は何よりも大事にしたい。
「りょーかい。パトロンがそう言うならトコトン付き合うよ」
「お兄様がそこまで仰られるなら私も。それが、あの泥棒猫のためというのは少々癪ですけど……」
そこから、地獄のような改修作業が始まった。
ライラチームは推進・駆動系のプログラムをゼロから書き直し、レティシアは神経接続回路の素材を根底から見直した。
「脳から機体の各部位へと信号を伝える際に、どうしても小さなズレが生じてしまいますわね……」
「う~ん……ズレ、かぁ……そうだ! マイコニドの胞子は何かに使えたりしないか? あのラグのない伝達は機械以上の正確さだった!」
「マイコニドの胞子……! その発想はありませんでしたわ! 流石、お兄様!」
来る日も来る日も、俺たちは完璧を目指して議論し――
「見て見て~! これ、外装パーツ作ってみた! やっぱりパイロットの性別に合わせて、機体にもちょっと女性的な曲線美を盛り込みたいよね」
「ほ~……悪くないな。で、新姿勢制御システムの進捗は?」
「そ、そこはほら……行き詰まった時は好きなことをしてテンション上げてかないと……あっ! 閃いた! そうだ、そうすればよかったじゃん! 私ってやっぱ天才美少女かも!」
失敗と成功を繰り返しながら、着実に一歩ずつ進んでいく。
迫りくる刻限に怯えながらも、決して妥協だけは許さなかった。
そして――
***
「試製一号機 Ver.2.8.7、発進!」
改修に改修を繰り返した実験機が、再びカタパルトから宇宙空間へと射出される。
何度も何度も基本動作テストを行い、今日は遂に実戦を想定した戦闘テストへとたどり着いた。
「ヒルデちゃん、準備はできてる?」
「はい、戦闘システム起動確認。いつでもいけます」
「OK。じゃあターゲットドローン……射出!」
輸送船からばら撒かれた無数の標的が、不規則な軌道で試製一号機へと向かっていく。
「射撃テスト、開始します」
機体の右手が突き出される。
そのマニュピュレータに握られているのは、腕の長さ程のビームライフル。
ライン家のドックで腐っていたリンドブルム級巡洋艦の主砲を改修し、小型化した物だ。
戦艦主砲と比べれば威力は劣るが、戦闘機への搭載としては破格の出力。
更に通常動力に加えて、U.S.E.R.の星源力を加える事で力を底上げしている。
この機動性で、戦艦級のシールドの内側に潜り込んで来る機体が持つには十分過ぎる程の威力だ。
「照準、発射」
その先端から放たれた閃光は、吸い込まれるようにドローンを次々と性格に貫いていく。
「全対象の消失を確認。充填。全動作、クリア」
「OK。続けて行くよ」
再びターゲットドローンを機体に向けて発射する。
「了解。続けて、近接戦闘機能テストを開始します」
機体が左手に、高周波震動機構を備えたブレードを構える。
ロボット物の定番といえば、『光粒子の剣』だが、この機体ではU.S.E.R.の能力との相性を考えて物理的な刃を採用した。
出し入れできるビームサーベルと違って携行性には難があるが、その点はそもそも主兵装の数を抑えることで解決している。
「敵機接近。迎撃します」
素早い斬撃で、迫ってきたドローンを一閃。
射撃よりもこちらが本職とばかりに、射出した仮想敵は一瞬の内に全て撃墜された。
「すっごぉ……まじで人間みたいに動いてるよ……いや、それ以上かも……」
その『U.S.E.R.が駆る人型軌道兵器』というコンセプトの完全な実現に、隣でライラも驚愕している。
でも、この機体の本領はまだまだこんなもんじゃない。
「ヒルデちゃん、次行くよ! 最後は特殊兵装のテストだ!」
「了解」
短い返答を受け取り、手元のコンソールを操作する。
輸送船に仮設した複数の砲塔が、試製一号機へと照準を合わせる。
「照準合わせ……発射!」
俺の号令に合わせて、砲撃が行われる。
合計四門から、質量弾とビームが二発ずつ。
出力を下げているとはいえ、直撃すればただでは済まない威力だが――
「氷獄結界……展開!」
機体各部のエミッターから放出された粒子が、青白い燐光と化して周囲に球状の領域を作り出す。
それは目に見えない小さなエネルギー粒子に、星源術によって氷の属性を付与した量子結界。
領域に踏み入った質量弾は凍結・粉砕され、ビームは粒子同士の衝突によって熱量を奪われて霧散していった。
結界の中央では、無傷の試製一号機が佇んでいる。
まさに科学と魔法の融合――SFファンタジー世界が生み出した奇跡の兵器だった。
「やった……成功だ!」
「マジヤバイ! 本当にできるなんて思わなかった! U.S.E.R.の力をそのまま行使するロボット……最強じゃんこれ!」
隣のライラと思い切り、ハイタッチして喜びを分かち合う。
ラボ内も最終テストの成功に沸いている。
「ヒルデちゃん! 完璧だった! もう戻って来ても大丈夫!」
「はい……帰投、します……」
機体がスラスターを噴かして、輸送船へと戻って来る。
転生した直後は完全に詰みかと思われた状況に、大きな光明が差し込んだ。
「いや~……それにしても、私が作った推進・姿勢制御システム『シュトラール・ドライブ』は完璧も完璧のパーペキだったね。まじで人が動いてるのかと思ったし」
「それも全ては、私の設計した星源力増幅回路『アストラル・コンバーター』があってのことですけどね」
ライラとレティシアの二人が自身の成果を自慢げに話す中、大役を終えた試製一号機が、格納庫へと戻って来た。
背面コックピットが開き、バニー……パイロットスーツに身を包んだ彼女が機体外に出る。
そのままワイヤーリフトに捕まり、俺たちの立つ高さへと降りてくる。
「流石、ヒルデちゃん! これで我がライン家も――」
最高のパフォーマンスを見せてくれた彼女に、今なら抱きついて喜んでも大丈夫だろう。
そう思って駆け寄るが、彼女の身体は俺が左右に大きく広げた腕をすり抜けて――
「……えっ?」
そのまま、ドサッと格納庫の床へと倒れ込んだ。




