第5話:激重感情と魔法
通された応接室には、一人の小綺麗な身なりをした中年の男が待っていた。
市民団体の団表だという彼は、俺が入室すると緊張した面持ちで深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります。ライン伯爵。本日は、突然の訪問にも関わらず、お時間をいただき、感謝いたします」
「ああ、楽にしてくれ。領民の声を聞くのも領主の務めだからな」
俺は努めて鷹揚に振る舞いながら、彼にソファを勧める。
男はひどく緊張してるのか、顔面蒼白で、小刻みに震えているように見えた。
この国において、領主という存在はそれほどに強大なのだろうか。
俺はそんな彼を安心させるように、柔和な口調で語りかける。
だが俺は、その直後に男の緊張の理由を知ることになった。
「そう緊張しなくていい。別に取って食おうってわけじゃない。まずは座って、茶でも飲みながら――」
俺がそう言って、対面のソファに腰を下ろそうとした時だった。
「いや……茶など、結構」
男の声色が、ガラリと変わった。
卑屈な震えは消え、代わりに煮えたぎるような敵意がその瞳に宿る。
「え?」
「貴様の冥土の土産に、茶などは不要と言ったのだ」
男は言葉と同時に、懐から何かを取り出した。
小型のレーザー銃だ。
(SFとファンタジーが融合した造形で、かっこいい……!)
俺がそのSFファンタジー風のガジェットに見惚れた瞬間、黒い銃口が至近距離から眉間へと向けられる。
「我らヴァン派に仇なす者に慈悲は無し! 死ね!」
引き金に指がかかる。
スローモーションのように、前世で遊んだストラテジーゲームの光景が流れていく。
(うわっ……完全に死んだじゃん、これ……)
二つの大勢力に囲まれた限界辺境貴族。
暗殺の危険なんて、最初に考えるべきだったのに……抜かった。
(まあ、どっちにしろ詰んでたし、仕方ないか……)
自分の選択に後悔しながらも、当然の帰結として死を受け入れようとした時だった。
――ザンッ!!
銀色の閃光が奔り、男の腕が宙を待った。
その断面から迸った鮮血が、俺の顔にピピッとかかる。
「ぐ、あああああああッ!?」
男が絶叫し、握られていたレーザー銃ごと、右腕が床に転がる。
俺の隣にはいつの間にか、抜刀したヒルデが立っていた。
あまりの神速に、俺は自分が助かったことすら数秒遅れで理解する。
「ひ、ヒルデちゃん……?」
俺は腰が抜かしそうになっているのを堪え、『助かった……?』と安堵の息を吐き出す。
男は腕を失った激痛で、叫びながら床を転げ回っている。
だが、俺の安堵は一瞬で裏切られることになる。
転がった銃に向かって、別の影が伸びた。
誰かがそれを拾い上げ、手慣れた動作で俺に向けたのだ。
「……残念です、クラウス様」
何度か聞いた、低くて渋い声。
続けて俺に銃口を向けてきたのは、先程まで俺に恭しく仕えていたはずの老紳士だった。
セバスチャン(仮)、お前もか……。
ただ、少なくとも疑問はすぐに解消された。
どうして先の男が銃を持ったまま、ここまで通れたのかを考えれば、それは自明だった。
外だけでなく、内側にも敵だらけ。
詰みオブ詰みの絶望的な状況を再確認した俺に向かって、セバスチャン(仮)が引き金を絞る。
「長年、お世話になりました……と、あの世で先代にもお伝えください」
最も信頼すべき身内に、背中を刺される。
ああ、なんて『没落貴族らしい』最期なんだろうか……と、再び諦めようとした瞬間――
「凍れ」
――と、言葉通りに凛とした冷たい声が室内に響く。
直後、爆発的な冷気が辺りを支配した。
セバスチャン(仮)の持っていた銃が、腕ごと一瞬にして真っ白に凍りつく。
「なっ、あっ……!?」
執事は凍りついた自分の腕を見て、苦しみながらその場に崩れ落ちる。
「U.S.E.R.の力か……こ、この化け物め……」
奴は怯える目で、俺の方を見ながら憎々しげに言う。
いや、俺は何もしてないけど……と、戸惑っていると隣からヒルデが一歩前に踏み出した。
「烏滸がましい……」
彼女は床に転がった老人へ、掌を突きつけながら吐き捨てるように言う。
そこでようやく、奴の視線が俺ではなく、彼女へと向けられているのに気がついた。
前に進み出たヒルデの表情を見て、俺はヒッと息を呑んだ。
目が、据わっていた。
単純な怒りというよりは、自分の領域を土足で荒らされたような嫌悪感と殺意。
「誰の許しを得て、その引き金を引こうとしたのですか?」
彼女の殺意が増すと同時に、掌が発光してセバスチャンの腕を覆った氷がパキパキっと肩まで広がっていく。
「クラウス様の生殺与奪権……つまり、ライン家の血脈の帰趨は先代様との盟約により、このブリュンヒルデのみに委ねられています」
首元まで凍りつかされた老人を冷酷な瞳で見下ろすヒルデ。
その声には、狂気じみた責任感が滲んでいた。
「もしもクラウス様が道を誤り、家名を汚すようなことがあれば、その首を落とし、ライン家の歴史に幕を引くのは私の役目……私の特権であり、私の義務なのです」
そう言うと、彼女は氷像と化したセバスチャン(仮)の腕を踏み砕いた。
「あ゛あ゛あアアアアアッッッ!!!」
「暗殺者風情が。分を弁えなさい」
言葉にならない悲鳴が応接室に響く中、それよりもはっきりと冷たい声が響く。
その背中を見つめながら、俺はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
助けられたはずなのに、全く助かった気がしない。
彼女が俺を生かしたのではなく、『殺す権利』を死守しただけだったからだ。
「クラウス様、お怪我は?」
「あ、ああ……大丈夫だ。大事ない……」
ただ、そのガンギマリすぎている激重感情以上に、俺はあることに気を取られていた。
芯まで凍りつき、粉々に踏み砕かれたセバスチャン(仮)の腕。
それは冷却ガスなどと言った、科学の力によって為されたものではなかった。
この世界、宇宙戦艦だけじゃなくて魔法もありなのかよ……!
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