第11話:今日はこのくらいで勘弁しといたらぁ
港湾区画のシャトル発着場。
無機質なコンクリートの床の至る所が無数の氷柱によって穿たれ、また何らかの剛力のよって粉々に砕かれていた。
「はぁッ……!」
ヒルデの手のひらから放たれた鋭利な氷の刃が、虚空を斬り裂いて双子の少女へと迫る。
だが、その一撃は目標を捉える寸前に、翳した手のひらから展開された光の壁が、容易にそれを弾き返した。
甲高い音と共に氷が砕け散り、冷気が周囲に舞い散る。
その隙を突くように、光の壁のよこから輝く鎖が蛇のように身をくねらせてヒルデへと襲いかかった。
彼女は即座に後方へと跳躍し、空中で氷の盾を生成して直撃を防ぐ。
だが、盾を砕いた鎖の先端が彼女の頬を浅く掠め、一筋の赤い線が走った。
「……厄介ですね」
ヒルデは着地と同時に体勢を低くし、冷ややかな視線で双子を睨み据えた。
絶対的な防御を誇る光の壁と、変幻自在に襲い掛かる黄金の鎖。
単体の威力もさることながら、この二人の連携は恐ろしいほどに完璧だった。
互いの死角を完全に補い合い、息を吸うように攻防を切り替えてくる。
まるで二人で一つの思考を共有化しているかのようなコンビネーション。
ヒルデの多様な星源術をもってしても、その連携を崩す決定打には至っていなかった。
「素晴らしい!」
そんな三人の攻防を見て、背後で一人戦況を見つめていたアレクセイが、パンッと柏手を打った。
「見事だ! 実に見事だ! 素晴らしい!」
彼は歓喜に打ち震えた声を上げながら、更に続けていく。
「アインとツヴァイを相手に、たった一人でここまで渡り合える人間はU.S.E.R.といえど初めてだ!」
そして、ヒルデへと向かって、静かに手を伸ばす。
「君も私の友達にならないか? 誰の下に付いているのかは知らないが、それよりも望むものを与えると約束しよう。私と共に、宇宙の根源へと――」
「笑止」
彼女は頬の血を親指で拭うと、氷剣を生み出し、その妄言を切って捨てた。
「我が生命は、主君の覇道のためにのみ存在します。その主君が貴方を斬れと言った。ならば、望むのはその命のみです」
決して自らの信念を曲げようとしないヒルデに、アレクセイが微笑んだまま口を開きかけた、その瞬間だった。
「ヒルデちゃんッ!!」
発着場の入口から、二つの影が飛び込んでくる。
先頭を走るのはクラウス、そしてその後ろからカノンがギターケースを抱えて必死に付いてきていた。
妨害装置を破壊した直後、端末にようやく映ったヒルデの位置データを頼りに全力で駆けつけてきたのだ。
周囲に残った激しい戦闘の痕跡と、シャトルの入口で悠然とそれを見下ろしているアレクセイ。
ヒルデが未だ命令を遂行出来ていないことも合わせて、クラウスは瞬時に状況を理解する。
「クラウス様! お気をつけください! あの双子の少女はU.S.E.R.です!」
「ああ、状況は大体理解した」
彼はヒルデに答えながら、アレクセイを視界の中心に捉えて考える。
ヒルデを以てしても突破できない双子のU.S.E.R.と、それを従える帝国の第十一皇子。
メタ的思考を駆使した彼は、すぐにある一つの答えへと辿り着いた。
こいつは間違いなく、原作ゲームの重要キャラ……それも物語の節目に立ちはだかる大ボス的存在である可能性が高い、と。
暗殺を狙おうとした判断は正しかったが、故に守りが見た目以上に硬かったのは想定外だった。
だが、まだここから巻き返しは図れる。
ヒルデに隙を作らせて、簡易アストラルコンバーターで俺が不意打ちで攻撃すれば……と考えたときだった。
「おお……! 素晴らしい……!」
アレクセイが両腕を広げて、歓声を上げた。
「こんなに沢山のU.S.E.R.と出会えるなんて、今日はなんて素晴らしい日なんだ!」
両腕を広げ、恍惚の表情を浮かべる皇子。
自分がU.S.E.R.であることが何故見抜かれたとクラウスは驚きながらも表情は変えなかった。
まだブラフである可能性もあるし、相手に情報を渡す必要はない。
「では、貴方が死ぬにも良い日でしょう」
その隣で、ヒルデが再び生成した氷剣を構える。
「……いや、U.S.E.R.同士で争うなんて無益極まりないよ。私は仲良くしたいだけなんだが……今日のところは、無理そうだね」
アレクセイが踵を返し、シャトルの中へ歩き始めた。
双子が流れるように左右に分かれ、主人の退路を守る壁になる。
「逃しません」
ヒルデの両手が虚空を薙いだ瞬間、床面から屹立した無数の氷柱がシャトルを襲おうとした瞬間だった。
――カッッッ!!!
「「――ッ!?」」
白。
視界が、真っ白に塗り潰された。
双子の片割れが放った光属性の星源術――広範囲の強烈な目眩まし。
ヒルデも、クラウスもその場にいた全員が等しく視界を奪われる。
だが残った聴覚はシャトルの発進音を捉えていた。
二人の視界が回復した時には、アレクセイと双子の姿は完全に消え去っていた。
「……申し訳ございません。仕留め損ないました」
「いや、俺の見積もりが甘かった。ヒルデちゃんのせいじゃないよ。むしろ、あれを相手によく無事でいてくれた」
慙愧の念に絶えず深々を頭を下げるヒルデに、クラウスが労いの言葉を口にする。
原作の重要人物らしき男を撮り逃したのは惜しいが、そもそもあれは今回の本筋じゃない。
棚ぼた的に新たな情報が得られただけで良しとしよう、とクラウスは思考をすぐに切り替える。
「あ、あの……さ、ささ、さっきには何なんですか……? ま、魔法……? 光がピカーってなったり、氷がブワーってなったりしてましたけど……」
これまでクラウスの後ろに隠れていたカノンが、信じられないものを見たというような口ぶりで言う。
「クラウス様、何故彼女がここに?」
「ああ、なんか成り行きというか……後で交渉材料に使えそうだからついでに助けたというか――」
クラウスがヒルデに、事情を説明しようとした時だった。
――ヴォォォン……!
射出ゲートの方角からテロリストの戦闘艇が姿を現した。
機首の連装砲がクラウスたちを捉え、機内からスピーカー越しの声が響く。
「お前たち、そこで何をして……って、帝国貴族!?」
再三の即バレに、クラウスは『はぁ……』と大きな溜息を吐き出した。
「ヒルデちゃん、やっぱり今度から領外に出る時は別の服じゃだめ? 流石に目立ちすぎるんだけど」
「ダメです。決まりですので」
一拍の間も開けずに即断したヒルデが、自身らを睥睨する戦闘艇へと向き直る。
一方のテロリストも砲口の奥のチャージの光を灯らせて、彼女らを攻撃しようとした時だった。
――ズガァァァァンッ!!!
コロニー全体が震えたかのような衝撃が間近に奔った。
だが、それは戦闘艇から発射された連装砲の音ではなかった。
左上部にあるコロニーが盛大にめくれ上がり、壁を食い破って飛来した何かが戦闘艇を一直線に貫通する。
中心部を撃ち抜かれた機体は一瞬で火球と化し、残骸が錐揉みしながら発着場の床へと叩きつけられた。
撃ち抜いたのは、スヴァルチウム製の徹甲弾。
それを一機の戦闘艇へと向けて、コロニーの外から撃ち抜ける精度を持つ機体と射手は、この宇宙に一人しかいなかった。
ピピッ……っとクラウスの端末に、着信が入る。
『なんで私のこと置いてったの!? ていうか私とはハネムーンもまだだったのに、ヒルデとは二人きりで出かけるなんて!! クラウスのバカ!! 浮気者!!』
外壁の大穴の向こう――宇宙空間に、赤い巨影が浮かんでいた。
VK-02『ヘルヤ』。
その右腕に構えた星源収束砲『レーヴァテイン』の砲口から、硝煙が細く立ち上っている。




