第10話:U.S.E.R.対U.S.E.R.
混乱の渦中、ブリュンヒルデは一人、人波とは逆方向へと駆けていた。
クラウスとはぐれてしまった。
本来なら、このような危機的状況においては主君の命を守るのが補佐官として絶対の使命。
だが、あの方には『アレ』がある。
非U.S.E.R.のテロリストが相手であれば、あの装置があれば十分に対処できるはずだ。
ならば今この瞬間、自分がやるべきことは別にある。
最後に賜った命令に従い、主君の覇道を阻む者を排除すること。
ヒルデは足音を殺して、港湾区画へと続く通路を進んだ。
テロリストたちの動きは会場側に集中している。
人気の薄いこの区画は、気配を消して動くには都合が良い。
そして数分の内に、対象の姿をそこに見つけた。
シャトル乗り場の入口。
色素の薄い金髪と、帝国様式の礼服。
双子の護衛を両脇に従えたアレクセイ・ゼノ・アスガルズが、悠々とした足取りでシャトルへと向かっていた。
ヒルデは迷わなかった。
右手に星源力を集中させる。
指先から肘にかけて、鋭い冷気が奔る。
刹那、透明な氷の刃が音もなく形成された。
標的まで、十メートル……五メートル……。
間合いに入った瞬間、彼女は大きく一歩、踏み込んだ。
しかし、氷剣が届く寸前、双子の片割れが振り返った。
彼女は無表情のまま右手を翳すと、眩い金色の光の壁がヒルデの前に展開される。
「……っ!?」
氷剣が光の壁に弾かれ、砕け散る。
衝撃に押されて、一歩後退したヒルデに対して――
「やあ」
振り返ったアレクセイが、驚く様子もなく穏やかに微笑んだ。
「今日は二人も新しいU.S.E.R.に出会えるとは……珍しい日もあるものだ」
呑気なその口ぶりに、ヒルデは氷のような視線を返した。
光の壁を発して、自分の攻撃を防いだ。
なんらかの装置を起動していた様子はない。
つまり、眼前の少女は発動した光属性の星源術によるものだった。
彼女がそう思考した直後、もう片方の少女がゆっくりと前へ出る。
その両手には、眩い黄金の鎖が幾重にも絡んでいた。
ヒルデは二人の少女を向き合いながら、再び氷剣を手のひらに生成する。
彼女にとって、初めてとなるU.S.E.R.対U.S.E.R.の戦い。
それも状況は一対二と開始時点で大きな不利を背負っている。
だが、ヒルデは欠片ほどの恐怖も躊躇いも見せない。
「排除します」
彼女は静かに言い放ち、標的に向かって、両手から無数の氷柱を同時に射出した。
***
……一方、その頃。
「有線接続なら妨害電波は関係ない。そういうことだ」
俺は施設の壁面パネルを開き、内部の端子にデバイスを繋ぎながらカノンに説明した。
監視カメラの映像が端末に流れ込んでくる。
テロリストの配置、巡回ルート、封鎖されている区画。
情報が増えるほど、動きやすさが段違いになる。
「す、すごい……なんでそんなことが……」
「ライブの前日に、このコロニーの内部図を一通りハッキングしておいた。観光地に来て地図を買うのと同じことだ」
「そ、それって普通じゃないと思いますけど……」
カノンが引き攣った顔で呟いたが、俺はすでに次の経路へと視線を向けていた。
「なんでもいいから行くぞ」
「は、はい……!」
管制ブロックへの最短経路を端末で確認しながら進む。
前方のカメラ映像に、テロリストが二人。
敵を排除するための力はあるが、万が一のことを考えると、紛れの入る余地は排除したい。
一旦、通気ダクトへと入って、巡回が通り過ぎるのをやり過ごす。
次の区画。
巡回の隙間を縫って、壁沿いに移動する。
一つ目の検問は、カメラをハッキングして映像をループさせてすり抜けた。
二つ目は、配電盤を操作して区画の照明を落とし、暗闇に紛れて通過した。
今のところはかなり順調に進めている。
これなら帝国の戦力が到着するまでに、妨害電波を解除できるかもしれない。
そう思った、次の瞬間だった。
「っ……!!」
静寂を切り裂くように、大きな音が通路に響き渡った。
振り返れば、カノンが青ざめた顔でギターケースを抱え直しているところだった。
背中から滑り落ちたケースが、さっきのは床に激突した音だ。
「す、すみません……! ストラップが……!」
まずいと思った次の瞬間には、通路の奥から複数の足音が近づいてきていた。
「動くな!!」
角を曲がって現れたのは、ライフルを構えたテロリストが四人。
俺の格好を一目見るなり、そのうちの一人が怒鳴った。
「帝国貴族!? 両手を上げろ!!」
「ご、ごめんなさい……! ごめんなさいごめんなさい……!!」
カノンがその場にへたり込んで泣き叫ぶ。
俺は盛大に溜息を吐いた。
全く……だから、連れてくるのは嫌だったんだ……。
先頭の男が引き金に指をかけた。
その指に、じわりと力が込められようとした瞬間。
俺は胸元の装置に手を添えて、前へと踏み出した。
不可視の力場が、前方へと炸裂する。
「ぐあっ……!!」
四人が揃って宙を舞い、壁に激突した。
静寂が戻った中、未だ床にへたり込んでいるカノンがぽかんとした顔で俺を見上げた。
「……ったく、行くぞ。今度はちゃんと背負ってろよ」
俺は説明を放棄し、それだけを言って、歩き出した。
「は、はい……!」
その後も、カノンは三度テロリストを呼び込んだ。
一度目はくしゃみ。
二度目はギターケースの角を壁にぶつけた音。
三度目に至っては、テロリストの姿を見て、恐怖に悲鳴を上げた。
その度に俺が撃退して事なきを得たが、いい加減我慢の限界も近かった。
いくら『人間ジェネレータービルド』とはいえ、星源力は無限にあるわけではない。
特にこの簡易アストラルコンバーターは、星源力をそのまま垂れ流しにしているだけなので、非常にコスパが悪い。
こんな重要でもなんでもない局面で、無駄打ちさせられるのは勘弁願いたいもんだ。
そうして幾度かの小競り合いを経て、俺たちはようやく目的の区画へとたどり着いた。
管制ブロックの隅に設置された、無骨な金属製の筐体――おそらく、これが大元の電波妨害装置だろう。
さっさと接続端子に俺のデバイスを繋ぎ、ハッキングを開始する。
「……セキュリティはそれなりだが、ライラ印のスクリプトを使えば一発だな」
端末の画面を見つめながら、指を走らせる。
妨害装置の制御コードが、じわじわと解析されていく。
「よし、いけそうだ……」
後はパスコードの解析が終わるのを待つだけだ。
そう思ったところで、背後でカノンが壁際のモニターをぼんやりと眺めているのに気がついた。
映し出されているのは、未だ混乱が続くライブ会場の様子だ。
セラは暴動の初期に上手く退避したのか、その姿はステージ上のどこにも見えない。
流石にあの状況で彼女の安全確認まではできないし、死んでいないことだけを祈ろう。
「……そういやお前、雇い主の心配とかは全くしないんだな」
俺は画面から目を離さずに言った。
「雇い主……?」
カノンが、間の抜けた声で首を傾げた。
「何を惚けてんだ。セラ・フィーンライトのことだよ。あいつのおかげで食えてんだろ」
そこでカノンは、何かを思い出したように目を見開いた。
「あっ……! そ、そうですよね! もちろん! 心配です! 心配に決まってます……!」
答えるまでに、若干の間があった。
(……変な奴だな)
まあ、恐慌状態で頭が回っていないのかもしれない。
俺は深く気にせず、ハッキングの最終処理へと集中した。
そうして数十後、端末に『接続解除完了』の文字が躍る。
「よし」
俺はすぐに、まずはヒルデへと通信を試みるが――
「繋がらないな……」
何かあったのか?
嫌な想像が一瞬頭を過ぎったが、すぐに打ち消した。
いや、ヒルデちゃんに限ってそれはない。
俺でさえ余裕を持って生き残れている現場で、彼女には万が一のこともあるわけがない。
きっと今頃アレクセイを追って、通信どころじゃないだけだろう。
そう結論づけた直後、端末が着信を告げた。
発信元を見て、俺は片眉を上げた。
「もしもし、ライラか?」
『領主く~~ん!!』
通話を取った瞬間、耳を劈くような声が飛び込んできた。
『良かったぁ……! アルフヘイムのコロニーが反帝国主義のテロリストに占拠されたニュースで見てさ、アタシもうダメかと思って……!』
「落ち着け、俺はピンピンしてる」
『で、でも……! でも領主くんが……! うぇっ……うぇ~……!』
「だから大丈夫だって言ってるだろ。ほら、深呼吸しろ。お前が作った簡易アストラルコンバーターのおかげだ」
しばらくの間、すすり泣くような声が続いた。
やがてライラが、鼻を啜りながら続けた。
『あー……えっと、それでさ。帝国の艦隊がそっちに向かってるっぽいんだけど……』
その言葉に、俺は短く息を吐いた。
(やっぱり、か……)
俺の読み通りだった。
テロを口実に、帝国が動き出した。
そうなると、悠長にしている時間も勿体ぶっている余裕もないな。
「ライラ」
『なに? 今、そっちに救出用の――』
「オーディンを出撃させろ」




