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第4話:ハプスブルクってる?

「なあ、ヒルデちゃん」

「何でしょうか? まだ他にご説明が必要なことが?」

「他にセーブデータない? できれば、内戦が始まる前のやつがいいんだけど」

「は?」

「ごめん。言ってみただけ、気にしないで」


 やっぱ、そうだよな~……。

 そんなこったろうと思ってたよ~……。


 現実では冷静を装いながら、内心では頭を抱えて絶望する。


 最悪の初期地点に加えて、絶望的な背後関係。

 これがゲームなら即座にリセットして、再走するしかない状況だ。


 でも、これはゲームの世界であってゲームではない。

 多分、死んだとしてもやり直しはないだろうという現実感を感じる。


 ……となると、逃げるしかないか?


 絶望的に追い込まれているとはいえ、貴族は貴族だ。

 それなりに蓄えはあるだろうし、まとまった現金を持ってどこかに身を隠すのはどうだろう。


 そうなればヒルデも一緒に来てくれるかな。

 口は悪いけど忠誠は感じるし、何よりも俺に忠実な美女だ。

 彼女がいれば、暗い逃亡生活もそれなりに楽しいものになりそうだけど……。


 「もしや、領地も家名を捨てて逃げよう……など、とお考えではありませんよね?」


 心を読んだように、刃のように鋭い視線が向けられる。

 俺はギクリとして冷や汗を流しながら、精一杯の愛想笑いを浮かべた。


「ま、まさかぁ……俺が逃げる……? ないない、ないって……」

「そうですか。念の為に申し上げておきますが……」


 ヒルデは一度言葉を切り、氷点下の声音で告げた。


「私はクラウス様の忠実な部下でありますが、『血の盟約』を結び、忠誠を誓ったのはライン家の血とです。もしクラウス様が家名に泥を塗るようなことがあれば、介錯するのもまた私の役目であると先代様より仰せつかっておりますので、くれぐれも……お忘れのないように」


 目がマジだ。

 自分は既に死を覚悟していて、後は俺がどれだけ立派に散るかを見届けようとしているだけの人間の顔だ。

 逃げようなんて告げた瞬間には、この首を切り落とされてもおかしくない。


 最後の選択肢に思われたものは、一番最初に塞がれてしまっていた。


「他に、何かご質問はありますか?」


 覚悟ガンギマリの秘書が、片眼鏡を持ち上げながら次の質問を催促してくる。

 ほぼ100%対処不可なのは分かっているが、一応情報収集はしておくか……。


「んじゃあ、アース派とヴァン派の戦力規模って大体どれくらい?」

「両派共に本艦と同規模の戦艦が約三千隻と言ったところでしょうか。巡洋艦及び駆逐艦の数は、その十倍以上はあるかと」

「で、うちは?」

「まず、本艦……トール級戦艦のヤールングレイプルが一隻と、後は払下げの旧式巡洋艦と駆逐艦が数隻。そちらはしばらく整備もしていないので、戦力として当てになりませんが。今回回収した希少金属で多少は復旧の見通しが立つ状況ではあります」

「ふ~ん」


 もう絶望慣れしすぎて、驚きの言葉も出ないや。

 ランチェスターの法則を計算するまでもなく、一方的にすり潰されて終わりの戦力差だ。


「じゃあ、外交は? どっちかに頭を下げて降伏するってのは?」

「不可能です。アース派に降れば『貴族の裏切り者』としてヴァン派から総攻撃を受け、ヴァン派に付けば『逆賊』としてアース派の粛清対象となります。どちらに転んでも、戦場になるのはこのライン領です」

「ふ~ん」


 戦う。降伏する。逃げる。

 これで全ての選択肢が閉ざされてしまった。


 頼むから再走させてくれ~!!


 ***


 絶望的な気分で宇宙を渡り、俺たちは自宅のある本星へと帰還した。


 大気圏を抜け、眼下に広がるのは荒涼とした大地と、古ぼけた街並み。

 そして、その中央にそびえる大きな屋敷が我が家……ライン伯爵邸か。


 だが、屋敷に近づくにつれて、俺の目には異様な光景が飛び込んできた。

 正門の前に、数え切れないほどの人だかりができているのだ。

 彼らは手に手にプラカードや旗を持ち、何やらシュプレヒコールを上げている。


「……あれは?」

「領民たちによる抗議デモですね。生活苦と、迫りくる戦争への不安でしょう」

「ふ~ん……」


 領民の反発。

 平時なら大変なマイナスイベントだけど、他がもっと絶望的すぎて、どうでもよく思ってしまう。


 上空から見えた光景に俺が眉を顰めている間に、シャトルは屋敷の庭にある発着ポートへと着陸した。


 プシュー、という減圧音と共にハッチが開く。

 タラップを降りると、そこには老執事が恭しく頭を下げて待っていた。


「おかえりなさいませ、クラウス様。ご無事で何よりです」

「ただいま。久々の長距離航行でヘトヘトだ。すぐに風呂と食事を用意してくれ」


 原作キャラなのか、そうじゃないかも分からない老紳士に指示を出す。

 当然、名前も分からないからセバスチャン(仮)ということにしておこう。


「かしこまりました……と言いたいところなのですが……」

「なんだ? 何かあるのか? もう心身共にクタクタだから早く休みたいんだけど」

「大変恐縮なのですが、クラウス様のお耳に入れたい件がございまして……」


 セバスチャン(仮)は、少し困ったような顔でそう切り出してきた。


「屋敷の外が少々お騒がしいのは、ご覧になられましたか?」

「ああ、抗議デモだろ? 人気者は辛いな」

「その市民団体の代表を名乗る者が、どうしてもクラウス様と直接話をさせろと騒いでおりまして……平時なら取り合うわけもないのですが、状況が状況ですので……」


 暗に、『面倒くさいから形だけでも相手をして、さっさと追い返してくれ』と言われる。


 俺は、やれやれ……と溜息を吐く。

 無視して寝てもいいが、これ以上暴徒化されても確かに困る。


「追い返しますか? 警備ドローンを使えば、五分で鎮圧できますが」


 後ろからヒルデが、剣呑な提案をしてくるが、俺は首を横に振った。


「いや、会おう。どうせ何をしても状況は最悪だ。多少のガス抜きくらいはしてやらないとな」


 話を聞くポーズだけでも見せておけば、少しは支持率も回復するかもしれない。

 そんな軽い気持ちで、俺は頷いた。


「応接室に通しておけ。話だけは聞いてやるとな」

「……承知いたしました。では、そのように」


 セバスチャン(仮)が深く頭を下げる。

 その横を通って、屋敷の中へと足を踏み入れた瞬間だった。


「おかえりなさいませ! お兄様ァァァァァッ!!」


 大理石のホールに黄色い声が響き渡ったかと思うと、二階の踊り場から猛スピードで駆け下りてきた。


 金髪の縦ロールに、フリルのついた豪奢なドレス。

 それはまるで、砲弾のように俺の胸元へと勢いよく飛び込んできた。


「ぐわっ!?」

「会いたかったですわ! お兄様! 無事のご帰還、このレティシアは涙で枕を濡らして待っておりましたのよ!」


 少女は俺の身体にしがみつき、頬をすりすりと擦り付けてくる。

 愛らしい顔をした、見た目は15歳前後の美少女だ。


「よしよし。ただいま、レティシア。いい子にしてたか?」


 俺は自然と彼女の名前を呼び、その頭を優しく撫でていた。

 まるで、長年そうしてきたのが当たり前のように、愛おしさが胸の奥から溢れてくる。


(……って、あれ?)


 俺は自分の行動に戦慄した。

 俺には妹なんていない。前世では一人っ子だ。

 なのに、この娘の名前も、性格も、抱き心地も、全てを身体が記憶していた。


(……なるほど、そういうことか)


 俺の魂がこの身体に宿った時点で、どうやら元の人格である『クラウス』と混ざりあってしまっているらしい。

 そして、記憶や感情のフィードバックから察するに、このクラウスという男はどうやら重度のシスコンのようだ。


「お兄様! お兄様お兄様! お兄様ぁぁぁ……!」


 そして妹の方も、兄を見る目が完全に『家族』の域を超えている。

 俺を見上げる瞳は、とろんと蕩け、頬は上気している。

 よもや、ハプスブルクってないよな……と、心配になるくらいだ。


「ごほん……」


 二人の世界に入りかけていた俺たちに、背後から氷点下の咳払いが浴びせられた。


「レティシア様。クラウス様はお疲れの上に、これから領民の陳情を聞かなければなりません。お戯れはそのくらいになさってください」

「チッ……」


 愛らしい少女の口から、可愛くない舌打ちが聞こえた。

 レティシアは俺から身体を離すと、露骨に不機嫌な顔でヒルデを睨みつける。

 その瞳には、明確な敵意と嫉妬の炎が燃えていた。


「相変わらず、間の悪い女ね。ブリュンヒルデ」

「恐縮です。ですが、スケジュール管理も首席補佐官たる私の務めですので」

「ふん。たかが側近風情が、私とお兄様の尊い時間に口を挟まないでくれる? いつもいつもお兄様の金魚のフンみたいにくっついて……鬱陶しいのよ、この泥棒猫」


 レティシアの棘のある言葉を、ヒルデは能面のような無表情で受け流している。


 どうやらこの二人、相当に仲が悪いらしい。

 妹からすれば、兄の側に四六時中侍る美女は、排除すべき害虫という認識なのだろう。


「ねえ、お兄様。下々の戯言なんて放っておけばいいじゃないですか。あんな鬱陶しい連中を相手にするより、私とティータイムを楽しみましょう? ね?」

「レティシア」


 俺は彼女の甘い声を遮り、諭すように肩に手を置いた。


「これも領主としての務めだ。すぐに戻るから部屋で待っていてくれ」

「む~……でも、お兄様がそう仰るなら……」


 彼女は不満げに頬を膨らませながらも、渋々と引き下がった。

 火花を散らす二人の女の間で冷や汗をかきつつ、俺はセバスチャン(仮)の案内で応接室へと向かう。

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