第9話:単独行動
やられた……! この手があったか……!
この騒動の裏にいるであろう敵の姿を思い浮かべて、悔しさに歯噛みする。
テロリストを使って中立地帯でテロを起こさせ、あえて帝国へと要求を出す。
そうすることで、帝国軍のこの地への介入に大義名分を与える。
本来は多少の不自然がある構図も、銀河の歌姫のライブという大勢の帝国市民も集まる場を使って上手く脱臭している。
後は多少の犠牲を出しつつもテロを排除させれば、自然とここに帝国軍の駐留を許すことになる。
武力による征服ではなく、秩序の回復という名目での実効支配。
綺麗な手口だった。
反論できない。文句も言えない。
誰も帝国を悪者にできないまま、アルフヘイムは奴らの手に落ちる。
俺が思いついたら先にやってたのに……!!
アルフヘイム全体の支持を得て、セラとの交渉も優位に進められる。
そんな乾坤一擲の作戦を先んじられた悔しさに、心の中で地団駄を踏む。
だが、今更悔やんでも仕方がない。
とりあえず状況を確認しようと一旦落ち着く。
「……通信機器は連中の言う通り、使えないか」
手元のデバイスを操作してみるが、他の機器との接続が完全に絶たれている。
当然、ヒルデとも連絡がつかない。
彼女の愚直すぎる性格を考えれば、混乱に紛れて姿が見えなくなったアレクセイを追っているのだろう。
奴がこの騒動を仕組んだ張本人かどうかはさておき、現状で不利を背負っている俺たちに待っているだけで勝機はない。
ここは俺の身柄の安全の確保よりも、彼女には色々と動いて、場をかき乱してもらった方がありがたい。
敵に先手を打たれてしまったが、まだ挽回のチャンスはある。
上手く立ち回れば、向こうが得られるはずだった利益を、俺が横取りできる可能性もあるはずだ。
「そのために、まずはどうにかしてこっちに戦力を寄越してもらわないとな……」
通信が断絶されたデバイスを懐に仕舞いながら考える。
俺が滞在しているコロニーがテロリスト占拠されたという速報は、既にライン領にも届いているはずだ。
今頃、どうするかとてんやわんやの大騒ぎになっているだろう。
しかし、向こうにはこれまでほぼワンマンでやってきた俺以外の指揮系統が存在していない問題がある。
ヴァルキュリアの出撃準備をするくらいまでならライラがやるかもしれないが、それ以上の判断を下せる人間がいない。
強いて挙げるならグスタフだが、奴はまだ俺の部下というよりはイグニアの人間である属性の方が強い。
最終的にこちらへと戦力を寄越す判断を下すには、ワンテンポのラグが生じる。
その遅れで帝国に先んじられてしまえば、セラとの交渉の機会を二度と失ってしまうかもしれない。
ナンバーツーの不在は自勢力における課題の一つだったが、ここで浮き彫りになるとは思わなかった。
まずは通信を回復させるために、この妨害電波からなんとかしないとな……と考えた時だった。
「そこのお前! 動くな!!」
鋭い怒号と共に、銃口が俺へと向けられた。
覆面の男が三人。
俺は素直に両手を上げた。
(……まあ、そうなるよな)
自分の格好を、改めて見下ろす。
金糸の刺繍が施された袖口。重厚なベルベットのマント。ジャラジャラとした飾り紐。
どこからどう見ても、絵に描いたような帝国貴族の正装だ。
(ヒルデちゃんが、この服以外での外出を絶対に認めてくれないからなぁ……)
「貴様、帝国の貴族だな? こっちに来い」
「ういうい」
胸の内で深く嘆息しながら、俺はテロリストたちに大人しく連行されることにした。
銃を突きつけられたまま、会場の裏手へと続く通路を歩かされる。
……そろそろ、大丈夫かな?
通路をしばらく進み、ライブ会場の混乱の音が聞こえなくなったところで俺は足を止めた。
「おい、さっさと歩け」
「……ちょっと待ってくれ。靴紐が」
「靴紐? そんな靴を履いて――」
おもむろに振り返り、連中へと向かって手を突き出す。
次の瞬間、胸元の装置が僅かに発光し、通路に不可視の衝撃が炸裂した。
「ぐあっ!!」
三人のテロリストが、まとめて壁まで吹き飛ぶ。
背中から強かに叩きつけられた彼らが、再び立ち上がる気配はなかった。
「……よし」
俺は胸元の装置を軽く触って、満足げに頷く。
それは、拳ほどの大きさしかない小型の機械。
見た目は地味で、身体検査でも医療機器だと簡単に誤魔化せた程度の代物。
その実態は端的に言えば、『小型化したアストラルコンバーター』だ。
本来、スキルポイントのほとんどを星源力最大値増加に振った俺は、ヒルデやセリアの戦闘系のU.S.E.R.と違い、その力を戦闘に転用する術を持っていない。
しかし、この装置を通すことで、その無属性の星源力を単なる力場として外部に放出できるようになった。
繊細な制御などできないし、射程も短い。
だが、非U.S.E.R.のテロリストを数人吹き飛ばすくらいなら、十分すぎる出力がある。
「簡易型とはいえ、あれだけ複雑な機構をここまで小型化できるとは……流石だな。帰ったら褒めてやろう」
俺は倒れた三人を通路脇に転がし、改めて端末を取り出した。
ライン領を経つ前に、ハッキングで取得しておいたコロニーの図面データを開く。
妨害装置の発信源として可能性が高い区画は、おそらく港湾施設に隣接した管制ブロックだろう。
俺は端末を片手に、早足に通路を進み始めた。
カメラの死角を縫い、検問を迂回し、非常用の通気ダクトを抜ける。
テロリストの巡回パターンを読みながら、着実に目標区間へと近づいていく。
そうして、目的地へと半分ほど近づいた時だった。
「ひぃ……!」
廊下の脇にある通路の影から、か細い声が響いてきた。
「た、助けてください……! お願いします……!」
情けない声を上げながら、壁際にへたり込んでいたのは派手なピンク色の髪の女だった。
その背中にあるのは、身体に不釣り合いな程に大きなギターケース。
「お前は……」
セラの楽屋前でぶつかった、あのギタリストの女だった。
彼女は涙と鼻水でグチャグチャになった顔を上げ、掲げた腕の隙間を縫うように俺を見る。
「あ、あれ……テロリストの方じゃない……ですか……?」
涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、彼女は恐る恐る俺を見上げた。
対して、俺は『構う必要もないな』と素知らぬ顔で廊下の先へと進もうとするが――
「ま、待ってください……!!」
背中に、小さな手が縋りついてきた。
「た、頼みます……! お願いします……! 捨てていかないで……!」
その必死な懇願に、俺は足を止めて僅かに振り返った。
「連中の狙いは帝国民だ。お前が帝国と関係ない人間なら、命まで取られることはないだろう」
「そ、それが……! 私、生まれは帝国で……まだ帝国籍のIDカードを持っていて……! 見つかったら……見つかったら絶対に……!」
しゃくりあげながら必死に言葉を紡ぐ彼女を、俺は無言で見下ろした。
(……面倒だな)
正直に言えば、今の俺には余分な荷物を抱える余裕はない。
加えて、たかがバックバンドのギタリスト一人を守ることで得られるメリットは極小だ。
しかし一方で、別の計算も脳裏を過ぎる。
(セラに恩を売れる、か……?)
こいつと彼女の関係性がどの程度かは不明だが、ある程度親しくはあるだろう。
それを助けたとなれば交渉の場において、決して小さくない貸しになる可能性がある。
足手まといを連れて行くことのデメリットと、助けた際に生じるメリット。
天秤に乗せてみれば、どちらが重いとも言い切れない。
(……まあ、この感じだとどのみち付いてきそうか)
ここに置いていっても、泣きながら追いすがってくるのは目に見えている。
それなら、能動的に助けることである程度の安心感を与えた方がマシかと判断した。
「……ついてこい」
俺は溜息交じりに言った。
「静かに、だ。余計な物音を立てたら置いていく。返事は小声で」
「は、はい……! ありがとうございます……!」
彼女はぐしぐしと袖で顔を拭い、素早く立ち上がった。
背中の大きなギターケースを抱え直して、おずおずと俺の後ろに並ぶ。
俺は端末に視線を戻し、再び管制ブロックへと向けて歩き出した。




