第8話:暗殺チャンス
――時間を少し遡り、クラウスが去った後のセラ・フィーンライトの楽屋にて。
静寂を取り戻した室内に、再びノックの音が響いた。
「どうぞ」
セラが許可を出すと、扉が開き、一人の男が入ってきた。
色素の薄い金髪に、病的なまでに白い肌。
その痩身を包むのは、金糸の刺繍が施された帝国様式の礼服だ。
そして、彼の両脇には全く同じ顔をした無表情な双子の少女が控えている。
「えーっと……この時間に来る予定だったのは~……誰だったっけ?」
「お初にお目にかかる、銀河の歌姫。私はアレクセイ・ゼノ・アスガルズ。銀河帝国アスガルズの第十一皇子だ」
青年は親しげに微笑みながら、優雅な足取りで部屋の中へと足を踏み入れた。
「帝国の……へぇ、招待したのは社交辞令のつもりだったんだけど……本当に来ることもあるんだ」
セラは鏡越しに彼を見て、少し驚いたように目を丸くした。
「だって……ほら、帝国の皇子様たちは皆、同族同士の殺し合いで忙しいと思ってたし?」
彼女が歯に衣着せずに言うと、アレクセイはククッと笑った。
「ああ、兄さんたちはそうだろうね。彼らにとって、亡き父の遺した玉座だけがこの宇宙の全てらしいから」
彼は心底どうでもよさそうに肩を竦めて、更に続けていく。
「だが、私は違う。私はくだらない闘争よりも、君に興味があるんだ」
「私に? 皇帝の座よりもアイドルの追っかけが大事なんて変わった皇子様ね」
「君は、我々と同じ『U.S.E.R.』だろう? セラ・フィーンライト」
唐突な指摘。だが、セラの表情は崩れない。
彼女はゆっくりと振り返り、小首をかしげた。
「ゆーざー? 何のこと? ファンコミュニティが考えた新しい愛称? ダサくない?」
「誤魔化しても無駄さ。U.S.E.R.同士は、特殊な引力のようなもので引かれ合っている。私にはその波動が感じ取れるんだ」
アレクセイは自分のこめかみを指先でトントンと叩く。
「君の歌声に同調した星源力の波長……とても素晴らしい。だから今日は是非、君と友達になりたいと思ってきたんだ」
「さっきから何を言ってるのか、さっぱり分からないんだけど……友達? 一緒に宇宙征服の?」
セラが惚けるように言うと、アレクセイは愉快そうに笑った。
「さっきも言ったけれど、私は兄たちと違って、そのような俗事には興味がない。私が目指しているのは、『宇宙の根源』への到達……それだけさ」
「根源……?」
「そう。全ての始まりにして終わり。この世界の真理そのもの」
アレクセイはうっとりとした表情で、虚空に手を伸ばす。
その瞳には、純粋すぎるほどの探究心が宿っている。
「君は、どうして自分がU.S.E.R.としてこの宇宙に生を受けたのか……考えたことはあるかい?」
「もちろん、歌うために。そのゆーざーってのが何かは知らないけど」
「らしい答えだが、その自己原理すらも根源に記された単一の情報でしかないとしたら? 真の意味で、独立した自己を得たいとは思わないかい?」
その熱のこもった勧誘に、セラは少し考えたフリをして、ふわりと微笑んだ。
「生憎だけど、そういう電波的なのには興味ないかな。それに今は私、別のことにお熱だから。こう見えて一途なの」
「……そうか。それは残念だ」
セラの拒絶に、アレクセイは意外な程にあっさりと引き下がる。
「まあ、焦ることはない。運命はいずれ交わるものだからね。今日のところは、ライブを楽しませてもらうよ。じゃあ、行こうか」
彼は両脇の双子に言うと、静かに扉を開けて、楽屋から退出していく。
扉が閉まり、再び一人になった楽屋で、セラは小さく溜息をついた。
「……報告しないと」
彼女は誰にともなく呟き、鏡の中の自分を見つめた。
***
「銀河帝国第十一皇子、アレクセイ・ゼノ・アスガルズです」
「第十一皇子……」
ヒルデの報告に、俺は息を呑んだ。
まさか帝国の皇族が、こんな中立地帯のライブ会場に、しかも護衛も最小限で来ているとは。
人のことは言えないが、帝国の重要人物にしては危機意識が低い。
「はい。現在、帝国の実権を握る第一皇子バルドルと同じく、正室である第一王妃を母に持つ直系の皇族です」
「正室の子か……現状の帝国で、その立場にいて暗殺を免れてるってことは兄貴との仲は良好なのか?」
「いえ、それは当人同士の仲よりも彼自身が王宮での権力闘争に一切の関心を示していないことが大きいようです。第十一皇子アレクセイはかねてより、皇位継承権を放棄するような振る舞いを見せていることでも有名なので」
「ふ~ん……なるほどね……。向こうがこっちに気づいてた様子は?」
「今のところは大丈夫かと」
(……これは、チャンスか?)
脳内で、ストラテジーゲーマーとしての計算が高速で回転する。
これが現在帝国の実権を握っている第一皇子のバルドルや、その派閥の有力皇族であれば、迷わずここで暗殺を狙うべきだろう。
俺らと同じ検査を受けているなら武器は持ち込めていないはずだが、こっちにはヒルデがいる。
だが、第十一皇子となると、そう短絡的な判断を下すには微妙な相手か……?
継承権の低さが、そのまま皇族内での権力の低さを表しているのなら、大きなリスクを取る程の人物ではない。
更に、彼女の情報が正しければ、本人は権力闘争に無頓着な人間だという。
殺したところで、直接的に得られるメリットは少なそうだ。
しかし、ここは何十万もの人間が詰めかけている宇宙一人気のアイドルのライブ会場。
群衆に紛れて上手くやれば、一切の証拠を残さずに、ヴァン派の仕業に仕立て上げられるんじゃないだろうか?
直系の皇族が敵対勢力に暗殺されたとなれば、それを大義名分にして、第一皇子は内乱をさらなる泥沼の地獄へと突入させるはずだ。
争いが混沌になればなるほど、俺たちが付け込める隙は更に大きくなる。
「……ヒルデちゃん、やれる?」
「御意に」
俺の問いかけに、ヒルデは全てを察したように即答してくれた。
その瞳に迷いはない。
彼女は音もなく席を立ち、熱狂する群衆の影に紛れて、アレクセイの座る貴賓席の方へと歩き出す。
俺は座席に深く座り直し、ステージを見つめるふりをしながら、神経を研ぎ澄ませる。
心臓の鼓動が早くなる。
ライブの爆音と群衆が、暗殺という凶行を隠す絶好のカモフラージュになるはずだ。
ヒルデが、標的の約十メートル手前にまで辿り着く。
彼女の手のひらに、星源術によって生成された透明な氷の剣が形成される。
使った後は証拠も残らない、完璧な暗殺のための武器。
周囲の誰もが、本人も含めてまだ気づいてない。
あと五メートル。
もう数秒以内に、大艦隊を撃沈するよりも大きな成果が得られると考えた時だった。
――ズンッ!!
「……っ!?」
突如、コロニー全体を揺るがすような激しい震動が一帯を襲った。
「きゃあああっ!?」
「な、なんだ!?」
悲鳴と怒号が飛び交う中、会場内の照明が明滅し、けたたましい警報音が鳴り響く。
『警告! 警告! コロニー全体に大規模な衝撃を検知! 至急、体勢を低くて身の安全を守ってください!』
無機質なアナウンスに続き、ステージ上の巨大モニターの映像が切り替わる。
そこに映し出されたのは、覆面をして銃を構えた、多種族混成の武装集団だった。
『歌姫の催しへと足を運んできた憎き帝国市民の諸君。本日は、遠路はるばるアルフヘイムへようこそ。』
リーダーと思しき人物が、マスク越しに落ち着いた声で語り始める。
『我々は混種の友愛……そして、我々は、銀河帝国の圧政と搾取に抗う反純血主義解放戦線リバティ・ノア』
周囲からは悲鳴のような戸惑いの声が上がる中、俺はモニターの中に男たちを見据える。
『現在、我々はこのアルフヘイム・プライムコロニーの主要コントロール機関、および港湾施設を完全に掌握した。コロニーは完全に封鎖され、外部との物理的、電子的通信は一切遮断されている』
その言葉を裏付けるように、薄暗い会場の至る所でデバイスの通信エラーを知らせる赤い光が点滅し始めた。
『これより、このコロニー内の者たちは全て我らの「人質」となる。そして、我々の要求はただ一つ……帝国によって不当に捕らえられている、我らが同志たちの解放だ』
武装集団の宣言が終わると同時に、会場の各出入口から黒装束の男たちが雪崩れ込んできた。
「動くな! 動くなァッ!!」
「床に伏せろ! さもなくば撃つ!!」
怒号と共に、天井に向けて威嚇射撃が放たれる。
轟音に、直前まで熱狂していた数十万の観客が一斉に悲鳴を上げる。
『さて、状況を理解してもらったところで……もう一度、繰り返させてもらおう。我々の要求はただ一つ、同士たちの解放だ。今から四十八時間以内に、彼らを乗せたテュール級戦艦一隻をこのアルフヘイム・プライムまで持ってくること』
リーダーの男が、一拍開けて続けていく。
『もしも時間内に条件が満たされなければ……この中に詰め込まれた帝国人民の命がどうなるかは、賢明な次期皇帝陛下のご想像にお任せしよう』
リーダーの言葉の後、モニターの映像が切り替わった。
映し出されたのは、コロニーの要所要所に滞空する最新型の戦闘艇だった。
いくつも、いくつも。
まるで見せびらかすように、カメラがそれらを順番に映し出していく。
観客席から、新たな悲鳴と嗚咽が漏れる。
『以上だ。帝国政府の賢明な判断を期待している』
そこでモニターの映像が暗転し、代わりに武装した男たちが観客席へと展開を始める。
逃げようとした者が銃床で打ち据えられ、その場に崩れ落ちる。
俺はモニターを見上げながら、奥歯を強く噛み締めた。
やられた……! この手があったか……!
俺が思いついたら絶対、先にやってたのに……!!




