第7話:アルフヘイムの妖精姫
「クラウス・フォン・ライン! 本物だ!」
銀河の歌姫セラ・フィーンライトは、弾けるような笑顔で俺を出迎えた。
「お初にお目にかかる。アルフヘイムの妖精姫、セラ・フィーンライト。此度は招待――」
「そんな堅苦しい挨拶は要らないから、ほらっ! 座って座って!」
「お、おい……」
俺の後ろに回った彼女が両手で背中を押し、部屋の真ん中に設えられたソファへと誘導される。
柔らかい材質のそれに、背中からボフッと落ちるように座らされると、テーブルを挟んだ対面に彼女も座った。
映像で見る神秘的なイメージとは裏腹に、その態度は年相応の少女のように無邪気で、親しみやすさを感じさせる。
「わ~! ほんとに来てくれたんだ~! ずっと、会いたかったんだよね~!」
「会いたかった? 俺に?」
「そう! この前のイグニアの演説を見てから、もうずっと気になってて! それで、ゴンちゃんに頼んで招待状を送ってもらったの!」
「お、おぉ……」
思った以上にテンションが高めな様子に、少したじろいでしまう。
「ねえねえ、今日はヴァルキュリアに乗ってきたんでしょ!? 青い方!? それとも赤い方!?」
「……いや、ここへは自家シャトルで来たが」
「え~、なんで~!? 見たかったのに~! てか、貸して欲しかったのに~!」
「か、貸し……?」
「そう! ステージに飾りたいの! あの大きいな手のひらに私が乗って、みんなの前で歌えば絶対に最高のショーになると思わない!?」
身を乗り出し、興奮気味に語り続けるセラ。
な、なんか思ってたのと違う……。
もっと、こう……張り詰めた空気の中で互いの腹の底を読み合う形になるのかと思ってたら……なんだこれは……。
まさか本当にイグニアの演説を見て、俺のファン……もとい、ヴァルキュリアのファンになったから招待されただけ……?
いや、結論を急ぐな。
こういう風に振る舞って、自分のペースに持ち込む事で俺の心理をコントロールしようとしているのかもしれない。
とにかく、変に乱されずに、俺は俺のやるべきことをやろう。
まずはこの女が、本当にU.S.E.R.かどうかを把握しなければならない。
「貸すのは難しいな。うちの領土の防衛を担う重要な機体だからな。おいそれと貸し出すようなことはできない」
「え~……二つあるんだから片方くらいはよくない?」
「残念だが、無理だ。まあ、君がライン領に赴いてくれれば、手に乗って写真撮影くらいは構わないがな」
俺は平静を装いながら、彼女の左手首へと視線を走らせる。
U.S.E.R.であれば、そこに特有の生体文様が刻まれているはずだ。
だが、煌びやかなステージ衣装の長い袖と、手首まで覆うレースの手袋がそれを阻む。
完全にガードされていて、肌の露出がない。
とはいえ、これだけでU.S.E.R.であることを隠していると考えるのはまだ早計か……。
「ん~……行きたいけど、スケジュールがなぁ……って、そんな話をしてたらもうこんな時間だし」
ふと、セラが壁掛け時計を見て、大げさに残念そうな声を上げた。
「もっとヴァルキュリアの話とか聞きたかったけど、まだ他の招待客の対応もしなきゃいけないんだよね」
「……そうか。では、俺はこれで失礼する」
暗に退出を促されたことを悟り、俺はソファから立ち上がる。
今はまだ、深追いする場面じゃない。
この場での確認はできなかったが、明確な敵対の意思がなさそうなのは確認できただけで収穫とすべきか。
「ライブを楽しみにしている」
そう言い残して、俺は楽屋を出る。
すると、外で待機していたヒルデが、すぐに近寄って尋ねてきた。
「どうでしたか?」
「分からん。一応、向こうが接触してきた理由は聞けたが……それも真意なのか。まあ、そんな簡単に情報が手に入るとも懐柔できるとも思ってはいなかったし、ここからも予定通りにやろう」
「はい」
気を取り直して、次の行動へと移ろうと歩き出した時だった。
――ドンッ!
角を曲がろうとしたところで、反対側から歩いてきた誰かと衝突した。
「きゃっ!?」
「おっと……」
俺は咄嗟に相手の腕を掴み、転倒を防ぐ。
ぶつかってきたのは、ピンク色の派手な髪をした女性だった。
小柄な身体に不釣り合いなほど大きなギターケースを背負ったその姿は、どこか自信なさげで弱々しい。
「あ、あわわ……! ご、ごめんなさい! ごめんなさいっ! 前を見てなくて……!」
彼女は真っ青な顔で、小動物のように震えている。
「いや、俺の方こそ悪かった。怪我はないか?」
「は、はい……! す、すみません! 大丈夫ですっ! 本当に申し訳ありません! 私のせいで!」
俺が手を離すと、彼女は何度もペコペコと頭を下げた。
「だったら良かった。すまなかったな」
「い、いえ! こちらこそ! で、では失礼します!」
彼女は逃げるように走り去り、そのままセラの隣の楽屋へと飛び込んでいった。
「……なんだ、あの子は?」
「カノン・シュピーゲル。セラ・フィーンライトの専属バックバンドのギタリストですね」
「はえー、そこまで調べてたんだ。流石、ヒルデちゃん」
即座に答えてくれた彼女に感心する。
とはいえ、バックバンドのメンバーのことまでを考える必要はないだろう。
俺たちは気を取り直し、会場に充てがわれた自分たちの席へと足を運んだ。
***
開演時間。
場内の照明が落とされ、数十万人の観客が振るサイリウムの光だけが、星の海のように揺らめく。
そして――
『私の歌を聞いて!!』
爆音と共に、ステージ中央からセラが飛び出した。
同時に、激しいギターリフと重低音が響き渡り、会場のボルテージは一瞬で最高潮に達する。
「うおおおおおっ!! セラぁアアアアッ!!!!」
近くの席に吸わている巨体のエイリアンが絶叫し、俺の鼓膜を震わせる。
そんなファンの熱気もすごいが、それ以上に生で聴く彼女の歌声は凄まじかった。
ただ上手いだけではない。
脳髄に直接響くような、魂を揺さぶるような、不思議な力がそこにはあった。
時折、自分が何のためにここに来たのかを忘れてしまいそうになる程に。
そうして、あっという間にライブは中盤を過ぎ、終盤へと差し掛かる。
ロックナンバーに合わせて、さっき廊下でぶつかったピンク髪のギタリストが、激しくギターをかき鳴らしている最中――
「どう? ヒルデちゃん、そろそろデータは収集できたんじゃない?」
俺は、同じ熱狂の中にいるとは思えない涼し気な顔をしている補佐官に尋ねる。
すると、彼女が胸元から手のひらサイズの端末を取り出した。
それはアストラルコンバーターを開発中に副産物として生まれた、星源力感知装置。
「やや微弱ですが、星源力の反応があります」
ヒルデが端末の画面を俺の前に掲げる。
そこにはステージの方向から発せられる、微量の星源力を感知した波形が表示されていた。
「ティーン・ベインの証言通り、セラ・フィーンライトがU.S.E.R.であることはほぼ間違いないかと。そして、おそらくはU.S.E.R.としての性質は『精神感応タイプ』。歌声に微量の星源力を乗せ、聴衆の感情を増幅・共鳴させていると推測されます」
「なるほどな。それがこの異常な人気の秘密か……」
俺はステージ上で無邪気に歌っている歌姫を見つめる。
U.S.E.R.であることは確定した。
ならば次は、どうやって彼女をこちらの陣営に引き入れるかを考えないといけない。
ティーンの時みたいに、後ろからガツンと一発ぶん殴って拉致するのは難しいか。
警護は段違いに厳重だろうし、アルフヘイムをまるまる敵に回すことになるよな。
かと言って、まともな交渉を行うような時間的余裕はない。
なら、向こうがヴァルキュリアに興味を持ってるのをなんとか利用できないだろうか……。
ライブをそっちのけで、うんうんと唸って作戦を練っていると――
「……ッ! クラウス様、顔を伏せてください」
突然、ヒルデが鋭い声で警告し、俺の頭を強引に押さえつけてきた。
「な、なんだ?」
「三時の方向……ちょうど逆側の貴賓席です……」
言われるがままに、彼女の影からそっと視線を向ける。
そこにはたった今、俺たちと同じく特別に設えられた貴賓席に着こうとしている数名の姿があった。
一人の痩せた男と、その両隣を挟むようにいる全く同じ顔をした二人の少女。
「あれは……?」
「銀河帝国第十一皇子、アレクセイ・ゼノ・アスガルズです」




