第6話:中立自治区アルフヘイム
ティーンから『銀河の歌姫』がU.S.E.R.であるとの情報を得てからしばらく経った頃。
俺とヒルデは二人でシャトルに乗り、帝国の国境線を超えて、中立地帯『アルフヘイム』の宙域へと赴いていた。
本来なら領主である俺が直接出向くなど愚の骨頂だろうが、ある出来事がキッカケで事情が変わった。
「……まさか、向こうから接近してくるとはな」
俺は手元のタブレットに表示された、豪奢な装飾が施された電子招待状を見つめて溜息をついた。
差出人は『セラ・フィーンライト』。
宛名は、解放の英雄『クラウス・フォン・ライン』。
まさか情報を手にして、幾ばくの時間も経たない内に向こうから接触があるとは夢にも思わなかった。
宛名からして、イグニアの一件で俺に興味を持ったのは推測できる。
だが正直言って、かなり怪しい。タイミングが良すぎる。
だから最初はティーンのことも含めて、全てが俺を誘い出す策謀なのかと考えた。
しかし、ヒルデが彼をどれだけ脅しても、出てきたのは『開発会社の重役の話を盗み聞きして知った』という情報だけ。
念の為に、レティシア同席のもとで脳波を測定してみても、嘘をついているという結果は出なかった。
偶然か、策謀か。
だが、どちらにせよ新たなU.S.E.R.と接触できるかもしれないチャンスをみすみすと逃すわけにはいかない。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
俺は腹を括って、この不審な招待に応じることにした。
「クラウス様。間もなくコロニー『アルフヘイム・プライム』への着陸シーケンスに入ります。揺れにお気をつけください」
操縦席のヒルデが、事務的な口調で告げる。
「ああ、分かった」
その横で、俺は着陸までの暇潰しに、セラ・フィーンライトという人物の資料を眺めていた。
楽曲総ダウンロード数:3500京回
動画総再生回数:計測不能(カウンター上限突破)
天文学的数字とは、まさにこのことだ。
彼女の歌声は、言語の壁、種族の壁、果ては国家間のイデオロギーの壁さえも超えて、全宇宙に響き渡っているらしい。
「『帝国の隣接地域でありながら、アルフヘイムが未だ独立を保てている最大の理由は、彼女の存在にある』……か」
そんなまことしやかに囁かれている噂が、真実であると思える程の影響力が彼女にはある。
実際に帝国軍であれば、武力を以てこの中立地帯を制圧することは容易い。
だが、万が一その過程で『銀河の歌姫』に傷がついた場合、あるいは彼女の活動を制限した場合に帝国市民を含む全宇宙のファンが暴徒化し、帝国すら揺るがしかねない。
たかが歌手、されど歌手。
文化の力というのは、時として戦略兵器以上の抑止力になるらしい。
「まさに『銀河の歌姫』や『アルフヘイムの妖精姫』の二つ名に違わない存在ってわけか」
俺が苦笑している間に、窓の外には巨大なスペースコロニーの威容が迫っていた。
整列された帝国の主要都市とは真逆の、極彩色のネオンサインとホログラム広告で彩られた眠らない街。
シャトルは誘導ビーコンに従い、VIP用の港湾ブロックへと着陸した。
***
「……この胸の機械は?」
「ペースメーカーだ。生まれつき、心臓が弱くてな」
俺の説明に、入港審査官が服の上から胸に固定された機械をジッと見据える。
彼は手元の書類に何かを認めると、「ようこそ。アルフヘイム・プライムコロニーへ」と言って、俺たちを通した。
流石はお姫様直々の招待状。
武器の類こそは持ち込めないようにと厳重に検査されたが、それ以外は簡単に通過できた。
港湾からライブ会場へと直結する長い空中回廊。
円筒形のガラス張りになった自動歩道の上から俺は眼下に広がる光景に息を呑んだ。
「すごい人だな……」
ガラス越しに見下ろす一般エリアの広場は、凄まじい熱気に包まれていた。
視界を埋め尽くすのは、人、人、人。
街中の至るところにセラの巨大なホログラムポスターが貼られ、ビルの壁面モニターには彼女のPVが代わる代わる流れている。
通りを行き交う人々は皆、彼女のイメージカラーであるセレストブルーのグッズを身につけている。
まさに街全体、いやコロニー全体が彼女のためのステージと化していた。
だが、俺が興奮したのはそんな熱気だけではない。
(すげぇ……! 本物の宇宙人もいっぱいいる……!)
俯瞰する視界の中には、全身が毛に覆われた獣人族、皮膚がメタリックに輝く金属生命体。
さらには水槽のようなスーツに入ったゲル状生命体、頭部から触手を生やした異星人などが混じり合っている。
まるで、SF映画の中に入り込んだかのような気分。
徹底した人間純血主義が敷かれている帝国の直接統治領では、絶対にお目にかかれない光景だ。
マイコニドを初めて見た時も興奮したが、この多種多様な宇宙人が入り混じる街の光景は更に心が踊る。
「……クラウス様。あまりガラスに張り付かないでください。田舎者だと思われます」
「す、少し珍しかっただけだ……」
ヒルデに小声でたしなめられ、ガラスから離れる。
危ない危ない。
つい、本来の目的を忘れて、ただのSFファンとして観光気分になるところだった。
そうして、空中回廊を流れ進むこと数十分。
自動歩道は、コロニーの中央にそびえ立つドーム状の巨大建造物――本日のライブ会場の上層階へと接続された。
関係者入り口で招待状のコードを提示すると、緑色の肌をした大柄の警備員が敬礼し、奥へと通される。
華やかな表舞台とは対照的な、静まり返ったバックヤードの長い廊下。
すれ違うスタッフたちが、緊張した面持ちで走り回っている。
その最深部。
一際厳重な警備が敷かれた場所に到達すると、今度は汗だくになった小太りの男が小走りで近づいてきた。
高そうなスーツを着ているが、その顔には疲労と神経質さが張り付いている。
「あー、もし! 貴方様がクラウス・フォン・ライン伯爵ですね!? いや、今は王でしたか? どちらにせよ、お待ちしておりました!」
彼はハンカチで額の汗を拭いながら、早口でまくし立てた。
「ああ、そうだ。開演前に面会を、との招待を受けて参じた。今、時間は取れるか?」
「ええ、ええ! もちろん、大丈夫です! あっ、申し遅れました! 私、セラ・フィーンライトの統括マネージャーを務めております、ゴンドウと申します。本日は遠路はるばる云々……ああもう! 時間がない!」
「だったら、余計な前置きは要らない。案内してくれ」
「はいはい、ではこちらへ! あっ、その前に注意事項を! 写真撮影は禁止! 録音も禁止! 握手はご本人の許可が出ない限りNG! サインねだりもダメ! 面会時間は厳守でお願いしますよ! あと本番前でナーバスになっていると思われるので、絶対に彼女を興奮させたり不快にさせたりするような発言は――」
歩きながら矢継ぎ早に禁止事項を並べ立てるマネージャー。
まるで爆発物を扱うかのような慎重さだ。
彼女一人が生み出す利益と影響力を考えれば、これくらい過保護になるのも無理はないか。
「ここですここです! こちらで彼女がお待ちしております!」
幾重もの身体検査と、うるさいマネージャーの小言を抜け、俺たちはようやくその場所へと辿り着いた。
屈強なセキュリティが守る、重厚な扉の前。
『セラ・フィーンライト』
金色のプレートに刻まれた名前。
ここが、銀河で最も有名な少女の居場所か。
「あー、セラちゃん! お客様だよ! ほら、例の会いたがってたヴァルなんとかっていうあれのあの人! そうそう! 来ちゃってるのよ!」
マネージャーがインターホン越しに、さっきとは打って変わった猫なで声で話しかける。
向こうからの返事は聞こえないが、振り返ったマネージャーの男が俺にニコニコとした笑顔を向けてきた。
「どうぞどうぞお入りください! あっ……と、お付きの方はこちらでお待ち下さい! 彼女は二人きりでの面会を希望しておられるので」
俺に追従して一歩前へと踏み出ようとしたヒルデの前に、男が腕を差し入れる。
「……まあ、仕方ないな」
俺がヒルデの目を見て言うと、彼女は「では、ここでお待ちしております」と足を止めた。
「それでは、私は所用でここを離れますので。くれぐれも、くれぐれも粗相のないようにお願いしますよ!?」
念を押してくる彼に、「分かっている」と答えて、中へと入る。
果たして、鬼が出るか蛇が出るか……。
僅かに緊張する俺の前に広がったのは、外の喧騒や廊下のピリピリした空気が嘘のように静謐な空間だった。
壁一面に飾られた極彩色の花束。高級な調度品。空気清浄機から流れる微かなアロマの香り。
そして、部屋の中央にある化粧台の前。
一人の少女が、こちらを向いて座っていた。
銀河の星々を溶かし込んだような、煌めく青色のロングヘア。
陶器のように白く滑らかな肌。
そして、覗き込む者全てを吸い込みそうな、深い蒼穹の瞳。
「クラウス・フォン・ライン! 本物だ!」
満面の笑みを浮かべた歌姫が、俺に向かってそう言った。




