第4話:オタサーの姫
「ってことで、メインユニット周りの熱排気問題なんだけど、マジでヤバいって話」
工廠のミーティングルーム。
薄暗い部屋に、複雑な怪奇な幾何学模様――恐らくは何かの設計図であろうホログラムが浮かび上がり、技術スタッフたちが深刻な顔で議論を交わしている。
進行役を務めるのは、白衣を羽織り、電子指示棒でホログラムを指し示しているライラだ。
「従来の冷却システムじゃ全然追いつかないっていうか。出力全開にするたびに内部がサウナとか、普通に死ねる。美肌にはいいかもだけど、精密機器はお釈迦確定なわけ」
「そうですね……では、液体金属による循環冷却のパイプを増設しては……」
「それもアリだけどコスパ悪すぎない? 重量も増えるし。だったら、排熱をエネルギーに再変換してシールドの出力に回すシステム組んだほうが早くね? てか、アタシがチャチャッと回路図書き直すから、そっちでよろよろ~!」
彼女はいつものギャル口調で、矢継ぎ早に高度な技術的指示を飛ばしていく。
その態度は昨夜のあられもない姿とは打って変わって、バリバリのエンジニアの顔をしている。
一方で、俺の頭の中はもっと別の、個人的かつ深刻な問題で占められていた。
(全ッ然……頭に入ってこない!)
俺は頬杖をつき、しかめっ面で資料を睨むフリをしながら、昨夜の記憶を反芻していた。
柔らかい肌の感触。甘い匂い。全ての心地よさ。
そして、今朝の気まずい空気。
勢いでヤッてしまった。それは事実だ。
だが、その後どう接すればいいのか、正解が分からない。
技術者たちが熱力学がどうとか、対消滅エネルギーの転用がどうとか、小難しいことを熱く語り合っているが、俺の耳には右から左へ抜けていく。
彼らが作ろうとしているものが何であれ、今の俺にとっての最大の問題はエネルギー効率よりも、目の前で平然と会議を仕切っているギャルとの距離感だ。
俺と目が合っても、特に動揺した様子もない。
むしろ、いつも以上にテンションが高く、仕事が捗っているようにも見える。
(……切り替え早すぎないか?)
俺の方が逆に動揺してしまっているのが情けない。
彼女にとっては、昨夜のことは単なる遊びの一環だったのか?
「――以上! とりあえずこの方針で本設計に入るから。みんな、マジで頼んだよー!」
ライラがパンと手を叩き、会議を強制終了させる。
そして、俺のほうをチラリと見たかと思うと、挨拶一つせずに――
「じゃ、アタシもラボ戻るから解散! おつおつ~!」
――と軽い足取りで部屋を出て行ってしまった。
取り残された俺は、唖然としてその背中を見送る。
完全無視かよ。
これはあれか? 「あのことは忘れて」っていう無言のメッセージか?
だとしたら、それはそれで助かるような、男として少し寂しいような……。
「く、クラウス氏……少し、よろしいですか……?」
呆然とする俺に、一人の男が声をかけてきた。
開発部材料班のリーダー、ナルセ。
瓶底眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな技術者だ。
「ナルセか。どうした?」
「その……少しご相談がありまして……」
「なんだ? 予算の話か?」
「いえ、プライベートな話でして……」
ナルセは周囲を憚るように声を潜め、モジモジと言い出した。
「実はその……ブラウン女史のことなんですが……」
「……ッ!?」
その名前を聞いた途端に、俺は心臓が止まりそうになった。
あいつ……まさか、昨夜のことを言いふらしてるのか……?
しかし、そう考えた危惧は、斜め上の方向に吹き飛ぶこととなる。
「その彼女が、最近やけに私に優しくて……」
「……ん?」
「実験の時に『ナルセっち、マジ神じゃん!』って肩をバンバン叩いてくれたり、顔を近づけて『これどう思う?』って聞いてきたり……これって、僕に気があるってことですかね?」
ナルセは頬を赤らめ、期待に満ちた目で尋ねてくる。
そんな彼の純情を見ながら、俺は昨晩の記憶を思い出していた。
必死に俺の身体へとしがみつきながら、愛の言葉を何度も告げてきた本能的なライラの姿。
「お、おー……そ、そうなんじゃないかな……多分……知らんけど……」
だが、真実を告げる勇気も実利も、俺は持ち合わせていなかった。
「や、やっぱりそう思いますか! で、では今度の休日にどこかに誘うべきでしょうか……」
「い、いやそこは待ってた方がいいんじゃないか……? やっぱり、恋愛は主導権を握るのが大事だし……うん……」
「なるほど、主導権……そういう考え方は持ち合わせておりませんでした……流石はクラウス氏……! 相談に乗ってもらったかいがありましたぞ……!」
尊敬の眼差しで俺を見てくるナルセ。
やめろ。そんな目でこんなに狡い俺を見ないでくれ。
「そ、そうか……なら良かった……」
「では、進展があればまた教えますので!」
ナルセが嬉しそうに去っていくのと入れ違いに、今度は別の研究員が鼻息を荒くして入ってきた。
「りょ、領主殿……実は開発主任のことで相談が……」
彼がそんな言葉を紡いだのと同時に、俺の懐でデバイスがブルっと震えた。
『さっきは無視して出て行っちゃってごめんね。なんか気恥ずかしくって……』
眼前の男が俺の耳には届かない勘違いの言葉を紡いでいる中、そのメッセージに目を通す。
『でも、これでアタシら……好きピ同士ってことでいいんだよね……?』
デフォルメされたキャラクターが顔を覆って恥ずかしがっているスタンプにまで目を通して、再び眼の前の男と向き直る。
「……というわけなんですが、領主殿はどう思われますか?」
「頑張れ。俺は応援してるぞ」
イグニアの姫の次は、オタサーの姫。
これが自分都合にストーリーを捻じ曲げてしまった俺に課せられた、『業』なのかもしれない。
着々と囲い込んでくる運命を、俺は受け入れるしかなかった。




