第2話:美女と窮地と殲滅
「バニーガール……?」
俺の叫びに、目の前の女性が眉をひそめて訝しむ。
「い、いやなんでもない……ちょっと、ワープ酔いで……」
慌てて適当な言い訳で誤魔化す。
(危ない危ない……。この世界で唯一の既知の情報と出会って驚きすぎてしまった)
SNSでいつも、バニーガールの格好をさせられているエロい女が今、目の前にいる。
なんとも不思議な感覚だが、この異常事態でようやく、安堵に近い状況を抱けた。
ただ知っているのはそれくらいで、彼女が何者で、どういう立ち位置のキャラなのかも知らない。
分かったのは、あのバニースーツは公式の衣装ではなかったということと、俺の部下らしいということくらいだ。
「ワープ酔いですか?」
「ああ、かなり酷くて記憶が混濁しているみたいだ……自分の名前も、君の名前も、ここがどこだかも曖昧だ……」
頭を抱えて、苦しんでいるフリをしながら言う。
多少不自然に思われたとしても、今は情報を手に入れるのが先決だ。
「では、状況が状況なので端的に説明させていただきます。まず、貴方様の名はクラウス・フォン・ライン伯爵。銀河帝国アスガルズの第九銀河区を統べる領主です」
「あー……そう言えばそうだったな。伯爵だ伯爵。若いのに偉いなぁ」
「はい。先代であるお父上が早逝されたため、若くしてその地位を継がれました」
彼女は、『そうなんだからしっかりしろよ』と言いたげな冷ややかな表情で続けていく。
「そして、私はライン家の当主付き首席補佐官ブリュンヒルデと申します。思い出されましたか?」
「あー……なんとなく思い出してきたわ。確か、ヒルデちゃんって呼んでた?」
「はい。立場のある方なのですから、妻でもないただの部下を愛称で呼ぶのは止めて頂きたい、と何度申してもしつこく」
彼女の口調には隠しきれない棘がある。
元の性格なのか、それとも俺に対してはいつもこうなのか……。
ただ、バニースーツを着せられる所以はなんとなく分かったかもしれない。
「うむ。大体思い出してきたぞ。ところでヒルデちゃん。俺たちは今、具体的に何を――」
俺がそう言いかけた瞬間だった。
「うおあっ!? な、なんだ!?」
突如として艦内にけたたましい警報音が鳴り響き、証明が非常用の赤色灯に切り替わった。
同時に、船体が巨大な何かに殴られたような激しい衝動に襲われる。
「敵襲です」
「て、敵襲!?」
「はい。当艦は植民惑星への航行中に、貴族連合ヴァン派のリンドブルム巡洋艦三隻との交戦状態に入りました」
「そういう大事なことは先に言えよ!」
「クラウス様がご自身の名前も分からないと仰るものですから、まずは基礎情報の共有を優先いたしました」
彼女は冷静に答えながら、手首についた端末を操作している。
「ブリッジ。状況報告を」
『こちらブリッジ! 現在、敵艦から断続的な砲撃を受けています! シールド残量は70%!』
「了解。こちらはクラウス様の身の安全を確保しました。至急、第三デッキに脱出艇の準備を――」
「ちょっ! 待て待て待て! 勝手に話を進めるな!」
当人を置いて、話をさっさと進めていくバニーちゃん改めヒルデを制止する。
「聞き捨てならない言葉を聞いた。逃げる? 却下だ。俺をブリッジまで連れて行け」
「は……?」
ヒルデの手が止まり、心底わけが分からなさそうな表情で俺を見る。
「聞こえなかったか? ブリッジだ。案内しろ」
「お言葉ですが、ワープ酔いが随分とひどいようですね。交戦の際は至急、脱出艇を用意しろと常日頃から命じていたのはクラウス様なのですが」
「だったらその命令を取り下げるだけだ」
俺の言葉に、ヒルデは絶句している。
このクラウス・フォン・ラインなる男が、どういう人間なのかを俺は1mmも知らない。
だが、日頃からそんな指示を出していたということは、どうやらとんだ腰抜けのようだ。
しかし、今その男は俺だ。
そいつがどうだったかは知らないが、俺には俺の行動原理がある。
そして、今この身に火の粉が降りかかる位置で宇宙戦争が行われている。
それを知った上で脱出なる判断を選ぶのは俺の美学……いや、男のロマンに反している。
もっと端的に言えば、『宇宙戦艦のブリッジが見てぇえええ!!』だ。
どうせ何も分からん状況だったら、自分の趣味嗜好を最優先にしたっていいだろ?
「……分かりました。こちらです」
僅かな逡巡の後、ヒルデが俺を廊下の先へと先導してくれる。
彼女の背中を追いかけ。揺れる船内を移動すること数分。
俺達は艦の中枢、ブリッジへとたどり着いた。
プシュー……と重厚な扉が開く。
その瞬間、飛び込んできたのは怒号と熱気、そして正面の巨大スクリーンに映し出された広大な宇宙空間だった。
「右舷シールド被弾! 出力低下!」
「敵艦、第二射きます!」
「回避、間に合いません!」
クルーたちが悲鳴に近い報告を上げている。
爆発音と共に床が激しく傾き、俺は手頃な手すりにしがみついた。
すごいVRなんて目じゃない臨場感だ。
飛び交うレーザー、爆発の閃光。
これが本物の宇宙戦争か。
俺が呑気に感心しながら室内を見渡していいると、ふと下手の中央、一番見晴らしの良い場所にポツンと置かれた豪奢な椅子が目に入った。
「なあ、ヒルデちゃん。なんであの席には誰も座ってないんだ?」
俺が指差すと、彼女は『何を今更』という顔をした。
「艦長席です」
「艦長席? じゃあ、なんで空席なんだ?」
「何を言っておられるのですか、艦長は貴方です。クラウス様。なのに、いつも『座っているだけで腰が痛くなる』『お前らで適当にやっておいてくれ』と職務放棄されて、私に艦長代理を押し付けていたのは貴方ではありませんか」
「……なるほど、思い出した。そうだったな」
なるほど、どうやらこのクラウスという男は、想像以上の無能なボンボンだったらしい。
「では、あるべき姿に戻そう」
だが、今の俺は違う。
そんな面白そうなものを前にして、座らないバカがどこにいる?
「クラウス様、何をなされているのですか」
「いいから黙って見ていろ」
俺はおもむろに歩き出すと、その革張りのシートにどっしりと腰を落とした。
すると、肘掛けについたコンソールが起動し、俺の目の前に半透明のホログラムウィンドウが展開された。
「……ほう」
その画面を見た瞬間、俺の口元が自然と歪んだ。
展開されたホログラムには、自艦を中心とした球状の三次元レーダーが映し出されてる。
無数の光点、複雑に交差する予測軌道、目まぐるしく変動するエネルギー波形。
何も知らない者が見れば、頭が痛くなるような情報の奔流。
だが、俺には一目で全てが理解できた。
「なんだ、意外とそのままだな」
相対速度の計算に、戦力配分のロジック、有効射程の概念。
ここに表示されている『戦場の法則』の全てが俺が前世で費やした『SFストラテジーゲーム』の論理と一致していた。
(なるほど、これならいけそうだ)
「おい、そこの操舵手」
「は、はい……! って、閣下!? 何を!?」
突然、艦長席に座った俺に、操舵担当のクルーが驚愕の声を上げる。
「面舵30度、仰角20度。最大戦速で敵艦隊の懐に飛び込め」
「は!? て、敵艦隊の懐に!? じ、自殺行為です! 集中砲火を受けます!」
「いいからやれ。艦長命令だ」
俺の命令に、クルーが困惑の視線をヒルデに向ける。
彼女も怪訝そうな顔をしているが、最終的には小さく頷いた。
「りょ、了解! 面舵三十! 仰角二十!」
艦が急速に方向転換し、強烈なGがかかる。
ホログラム状の光点から、殺意の籠もった赤いベクトル線が伸びる。
だが、俺はモニターから目を離さない。
無数の赤い線が自艦に殺到し……そして、その全てが船体のギリギリ手前で消失した。
「え……?」
衝撃に備えて、身を固くしていたクルーの人が間の抜けた声を上げる。
「機関室! シールドへのエネルギー供給を50%カット! 浮いた出力を全て主砲へ回せ!」
ここまでは予測通りの展開だが、まだ戦闘が終わったわけじゃない。
気を抜きそうなクルーを一喝するように、声を荒らげて次の指示を出す。
「は!? シールドを!? 正気ですか!?」
「いいからさっさとしろ! 敵が冷静になる前に、早く! ありったけのエネルギーを主砲に詰め込め!」
俺の剣幕に押され、機関室が命令を受け入れる。
手元のコンソールでもエネルギーの流れがシールドから主砲に流れ込んでいくのが確認できた。
艦の全エネルギーが、船首にある主砲一門へと収束していく。
エネルギー充填率120%、過負荷ギリギリの臨界点。
「狙いは正面の敵艦! 外すなよ!」
「しょ、照準固定!」
「撃て!!」
準備完了とほぼ同時に発した号令の直後――
――カッ!
閃光が奔り、空間が歪むほどの極太の熱閃が放たれた。
シールドを展開していようがお構い無しの純粋なエネルギーの暴力。
それは真正面にいた敵巡洋艦の横腹を容易く貫いた。
「て、敵艦大破!」
「残りの二隻は!?」
「回頭しています! て、撤退です! 残存二隻、逃げていきます!」
通信士の言葉通り、ホログラムに表示された敵艦のシルエットが自艦から徐々に離れていく。
そして、レーダーから敵影が消えたのを確認し、俺は背もたれに深く身体を預けて息を吐いた。
内心、心臓は早鐘を打っていた。
もし敵の指揮官が味方の被害を度外視して撃ってくるような奴だったら、今頃俺達が宇宙の藻屑になっていたかもしれない。
ブリッジに静寂が落ちる。
クルー達は呆然とモニターを見つめ、それから恐る恐る振り返り……艦長席の俺を見た。
そこには驚愕と、畏敬と、そして遅れてやってきた歓喜が入り混じっていた。
次の瞬間、ブリッジは割れんばかりの歓声に包まれた。
絶望的な戦闘からの生還、そして鮮やかすぎる逆転勝利。
先程までの悲壮感は消え失せ、室内は祝祭のような空気に支配されていた。
その熱狂の中心で、俺は少しだけ気恥ずかしさを感じながら、努めてクールに足を組んで見せた。




