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第3話:撒き餌

 惑星ローレライの第三政令指定都市アウレリアの地下深くに広がる旧時代の廃棄区画。

 湿った空気とオイルの匂いが充満するその場所が、反銀河帝国組織『イグニアの灯火』の隠れ家だった。


「……また、出撃許可が降りなかったんだけど?」


 薄暗い整備ドックの片隅で、少女の鋭い声が響いた。

 燃え盛る炎のような赤髪を揺らし、整備班長に食ってかかる彼女は、セリア・イグニス。

 かつて銀河帝国によって滅ぼされたイグニア王国の王族の末裔にして、この組織が掲げる『希望の灯火』その人である。


「申し訳ありません。セリア様」

「……様を付けるなって何度も言った。今の私は、もう戦士で……王女じゃないんだから」

「重ねて申し訳有りません。ですが、今はまだ時期尚早です。それに……」


 答えたのは、背後から現れた初老の男――かつて、王族の近衛騎士団長を務めていたグスタフだった。

 彼は苦渋に満ちた表情で、首を左右に振る。


「肝心の機体が万全ではありません」


 彼らの視線の先にあるは、イグニアの主星から脱出する際に持ち出した虎の子の局地戦闘艇だ。


「またそれ……今この瞬間も、主星ガーネットに残された民たちは帝国の連中に虐げられ、明日を望むこともできない地獄のような日々を強いられてるかもしれないって言うのに……」

「ですが、これでは自ら敵の的になりにいくようなものです。我らの目的は国を取り戻すこと。そのためには貴方の存在は必要不可欠。今はどうか我慢を……」

「今は、って……あと何年待つ気? 千年? 一万年? それとも、皇帝派と貴族連合が内乱で綺麗に同士討ちしてくれるのを祈る?」


 頭を下げるグスタフに、セリアは吐き捨てるように言う。


 しかし、彼女も本当は分かっていた。

 唯一残された戦闘艇は、継ぎ接ぎだらけの装甲が痛々しく、とても敵に太刀打ちできる状態ではない。


 加えて、旧イグニア領は帝国の要所の一つとして、アース派の巨大な宇宙要塞『ファフニール』が防衛している。

 この機体で立ち向かえば、一瞬にして乗組員ともどもに宇宙の塵となるだろう。


「……技師の件はどうなったの? 新型の推進機を開発してる凄腕がこの星にいるって話は?」


 深呼吸をして落ち着いたセリアが話題を変える。


「ライラ・ブラウン博士のことですね。接触は試みましたが、一足遅かったようです。首都ドラッヘンブルクの第三宇宙港にあった彼女のトレーラー船は既に無くなっていました。目撃情報によれば、何者かと契約を交わし、どこかへ移動した後だと……」

「踏んだり蹴ったりね……」


 セリアは落胆に肩を落とす。

 新型推進機のスピードで、敵要塞に電撃作戦をかける案もこれで白紙になってしまった。


 頼みの綱だった技術者も確保できず、物資もジリ貧。

 これでは帝国の支配を覆すどころか、今日を生き延びることさえままならないのが現実だった。


「グスタフ隊長、セリア様。少しよろしいですか?」


 二人の会話に、上階から降りてきた誰かが割って入ってくる。

 視線を向けると、片手に携帯端末を持った情報担当の者が、狐につままれたような表情を浮かべて立っていた。


「どうした?」

「それが、地上で何やら妙なことが起きてるらしくて……」

「妙なこと?」

「はい。これを見てください。先程から領内のニュースフィードがこの話題で持ち切りなんです……」


 彼が端末を操作すると、空中にホログラム映像が投影された。

 そこに映っていたのは彼らにとって信じがたい光景だった。


 悪名高い領主クラウス・フォン・ラインが民衆の前に立ち、食料や日用品を配っているのだ。

 さらに画面の下には『ライン家、全領民への医療費完全無料化を発表』『民間のあらゆる事業への巨額投資決定』というテロップが踊っている。


「なんだ、これは……? あの『放蕩伯爵』が慈善事業だと……?」


 グスタフが信じられないといった顔で呟く。


「何か裏があるのかと思ったんですが、どうも様子がおかしいんですよ。SNSでも『マジで配給きた』とか『税金免除された』みたいな書き込みばかりで……」

「罠だ。あの悪辣な男がそんなことするわけないだろう」


 グスタフは即座に否定する。

 当然だ、とセリアも思った。


 だが、情報担当の男だけど困惑した顔で続けている。


「ですが、情報操作にしてはあまりに規模が大きすぎると言いますか……。他の地域の同志たちもかなり混乱しているようです……」


 男の言葉に隠れ家の空気が揺らぐ。


 彼らの大義名分は『祖国の解放』だけでなく、他の反体制組織と連動するために『帝国の圧政からの解放』も同時にある。

 故に目下の目標としては、この旧イグニア国領と隣接する第九銀河区の領主であるクラウス・フォン・ラインの打倒を掲げていた。


 しかし、そのクラウスが民を救い、民に感謝される領主となってしまえば戦う理由を失う。

 このライン領を足がかりにし、続いて祖国の解放を行うというプランが破綻する。


「事実。うちの若い者たちの間にも動揺が広がっています……」

「なっ……!?」


 男の言葉にセリアが絶句して立ち上がる。


「落ち着いてください、セリア様」

「でも、このままじゃ……!」

「狼狽えるな、と言っているのです。姫様」


 グスタフが己の立場を再認識させる言葉で彼女を諭し、続けて鋭い眼光を情報担当の男に向ける。


「よいか。皆に伝えろ。『目先の餌に踊らされるな』とな。相手はあの『放蕩伯爵』だ。気まぐれか、あるいは何らかの策謀か……いずれにせよ、タダで甘い汁を吸わせようなどと考える者ではない。今はまだその動きに注視すべき時だ。全員、軽挙妄動は慎むように待機させろ」

「は、はいっ!」


 古強者の威圧感に気圧され、男は直立不動で頷いた。

 グスタフは腕を組み、重々しく続けていく。


「状況が流石に不透明すぎますね。まずは情報の裏を取りましょう」

「……どうするの?」

「この現象がライン領だけのものか、それとも皇帝派か貴族連合による方針転換か。他領の協力組織と連携し、確認を取ります」

「そうね。それがいいと思う」


 グスタフの判断に、セリアがこくりと頷いた。

 その行動がまさか、相手の狙いそのものだと夢にも思わずに。


 ***


 それからしばらくの時間が経っても、ライン領の様子が変わることはなかった。


 むしろ、領民たちに降り注ぐ『黄金の雨』は勢いを増すばかりだった。

 一時の気まぐれかと思われた施策は、驚くべきスピードで実行に移され、今や領内が絶大な活気に包まれていた。

 貧困者への配給は続き、病院は無料で開放され、あちこちで再開発の工事が始まった。

 中にはライン伯爵を讃えようと、ヴァルキュリア饅頭などという便乗商法を行う者までもが現れている始末。


 その光景は、地下に潜む反体制組織の者たちにとって、真綿で首を締められているような絶望があった。


「……また、活動を停止する組織が出たようです」


 沈痛な面持ちで報告に来た部下の言葉に、セリアは唇を噛み締めて俯くことしかできなかった。


 だが、それも無理はない。

 地上では『名君』が自ら新兵器を駆って領地を守り、民を救う一方で、地下の自分たちはただ泥水を啜って耐え忍んでいる。

 どちらが正しいのか……その答えが揺らげば、『正義』は容易く崩壊する。


「このままじゃ、祖国の解放なんて……」


 歯噛みするセリアに、グスタフも返す言葉を持っていなかった。

 最初はプロパガンダを疑ったが、ここまで来れば流石に二人も現実を受け入れざるを得なかった。


「あ、あの……クラウス・フォン・ラインの心変わりが事実であるとするなら、助力を願い出るというのも手ではありませんか?」

「助力……?」


 若い兵士の言葉に、セリアが半ば睨むように視線を向ける。


「は、はい……! 現在、彼が帝国貴族連合と敵対関係にあるのは間違い有りません。皇帝派との関係については不明ですが、もしもそちらとも敵対関係にある板挟み状態であるのなら協力関係になれる可能性も――」

「ふざけるな! 私に帝国貴族へ下れと言うのか!」


 セリアが怒りのままに、板張りの壁を叩いた瞬間だった。


 ――ズゥゥゥンッ!!


 大地を揺さぶるような重い衝撃音が、地下中に響き渡った。


「な、なんだ!? 地震か!?」

「いえ、揺れは上からです。何かが着陸したような……」


 セリアたちが顔を見合わせていると、地上への出入り口の方から監視の男が駆け込んできた。

 その顔は恐怖で真っ青になり、唇は震えている。


「た、大変です! セリア様! グスタフ隊長!」

「どうした!? 何があった!?」

「あ、あれが……あのバケモノが上に……!」


 監視の錯乱ぶりに、ただならぬ事態を察した二人は顔を見合わせて頷く。

 急いで地上へと続く階段を駆け上がり、錆びついたハッチを押し開けて地上区画へと出た。


 そこは、かつて工場だった場所の跡地。

 崩れかけたコンクリートの壁と、錆びた鉄骨が並ぶ如何にも前時代的な廃墟。


 しかし、今はそこに『最新鋭』が鎮座していた。


「なっ……!?」


 セリアは息を呑み、この場で凍りついた。


 夕闇が迫る空を背に、瓦礫の上に屹立する蒼い巨人。

 流線型の美しい装甲と、背中に備えた翼のようなスラスター。


 以前、ヴァン派の艦隊を単機で殲滅した人型機動兵器が、彼女を見下ろしていた。


「……まさか、嗅ぎつけられたというのか?」


 グスタフが剣の柄に手をかけるが、それは眼前に佇む巨人を前にあまりにも貧弱な武器でしかなかった。


 しかし、対する巨人も攻撃してくる様子はない。

 カメラアイは点灯し、武器を握ってはいるが、殺気のようなものは全く感じさせなかった。


 代わりに、シュー……と空気が抜ける音が鳴り、直後に一人の人物がワイヤーリフトで降りてくる。

 優雅な仕草で地面に降り立ったのは、この数日間、ニュース映像で嫌というほどに見せつけられた青年だった。


「クラウス・フォン・ライン……ッ!」


 セリアがその名の後ろに、憎き帝国の姿を幻視して叫ぶ。


「おっと、そこまで憎まれてるのは予想外だった……が、早まった真似はするなよ?」


 クラウスは少し戯けるような口調で続けていく。


「今やSNSで大人気。海賊版フィギュアの製作まで決まってるこのフリストの性能はよく知ってるだろ?」

「……何をしに来た?」


 主導権はこちらにある。

 とでも言うような余裕を見せているクラウスに対し、グスタフが緊張した面持ちで尋ねる。


「おっ、そっちのオッサンは会話ができそうだな」

「何をしに来たと問うている」


 グスタフが二度目の問いかけを行う。


 答え次第では、自分の命に変えてもセリアを逃さなければならない。

 イグニア再興のために、主君の血筋だけは絶対に守らなければならない。

 それが、亡国の近衛騎士団長として……いや、一人の老兵としての最後の務めだ。


「うむ。今は時間も大事なリソースだ。単刀直入に言わせてもらう」

 

 背中に脂汗を滲ませながら生身でフリストと対峙するグスタフ。

 しかし、相対するクラウスの口から出たのは……


「お前たちをスカウトしにきた」


 彼が全く予想していなかった言葉だった。

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