第14話:次なる目標
「お、御種……?」
月光に照らされた寝室で、俺は呆けた声を漏らした。
そんな俺の身体に跨るヒルデは、薄いネグリジェ姿のまま、至極真面目な顔で首を傾げる。
「はい、御種です。子種、あるいは精液……と、お呼びした方がよろしいでしょうか?」
「いや、意味は分かった。分かったからいい」
そう言いながら、改めて彼女の姿を見る。
月の光を透かす薄布一枚を隔てただけの肢体。
豊満な曲線と、そこから覗く白い肌。
昼間の勇ましいパイロット姿とのギャップも相まって、その破壊力は超銀河級だ。
「えっと……それは、つまり……俺とヒルデちゃんが、その……致すってこと?」
「当然です。何度も申し上げましたが、ライン家の尊き血を後世に繋ぐのも私の役目ですので」
「ふ、ふ~ん……」
彼女は淡々と、俺の煩悩を刺激してくる。
(……マジか)
俺はゴクりと喉を鳴らす。
(血を繋ぐって、そういうことだよな? こんな超銀河級の美女と、セッ……できちゃうってことだよな?)
普通に考えれば唐突すぎるが、ここは貴族社会。
子孫繁栄は当主の義務だ。
それに俺はこの数カ月間、本当に死ぬ気で頑張った。
このライン領を完全な詰みの状況から脱却させ、新たな光明さえ見せられた。
そんな英雄に、これくらいの役得があったってバチは当たらないはずだ。
(そうだ、これは俺の爛れた性欲じゃない。果たさなければならない崇高な使命なんだ!)
俺は内心で必死に言い訳を並べ立て、覚悟を決める。
「……分かった。そこまで言うなら、俺も男だ。覚悟を決めよう」
「ありがとうございます。では、早速……」
そう言って、ヒルデはゴソゴソと背後をまさぐり始めた。
そして、どこに隠し持っていたのか、奇妙な物体を取り出した。
「……ん? 何、それ?」
それは円筒状をした金属製の機械だった。
いや、金属なのは周辺だけで、中心部は柔らかそうな素材で、小さな穴が空いている。
「器具ですが……?」
「き、器具……?」
ヒルデは平然と答え、側面のスイッチを押した。
ウィン、ウィン、ウィン、ウィン……。
機械が規則正しい駆動音を立てて、激しく前後運動を始める。
「これで、効率的かつ衛生的に御種を採取させていただきます」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ったぁッ!」
俺は反射的に後ずさり、彼女の手を掴んで制止した。
「何故、止められるのですか?」
「当たり前だろ! なんでいきなりそんなマシーンが出てくるんだよ!」
「最新式の医療用機器で、確実な採取が可能です」
「そういう問題じゃねぇ!」
不思議そうに首を傾げる彼女に、思わず叫ぶ。
「では、何が問題なのですか? 御種の保存については理解を得られたはずですが……」
「問題しかないだろ」
「吸引力がご心配なら、調整も可能ですが? 動きの種類も100パターンに対応しております」
「違う。そうじゃない。いや、それはそれでご褒美感がなくもないというか、マニアックな需要があるのは否定しないけど……」
ウィンウィンと機械を唸らせているヒルデに、俺はなんとか必死の説得を試みる。
「俺はノーマルだから……もっと、こう……情緒というか、温もりというか……」
「温度調整機能も――」
「だから、そうじゃなくて! せっかくならそのヒルデちゃんと普通に、そういうことがしたいわけよ。種を仕込むというか……愛し合うというか……」
俺が若干照れながら言うと、ヒルデはきょとんとして瞬きをした。
「それは、『自然交接』のことでしょうか?」
「自然交接……? うん、多分そう! てか、それだ!」
微妙に卑猥さを感じない、ジャストな言葉を出してくれたと追認した瞬間だった。
「……っ」
突然、ヒルデの瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。
「えっ!? ど、どうしたのさ!?」
目の前で急に泣かれて狼狽えるしかない俺。
もしかして、そこまで嫌だったのか?
機械的な作業ならまだしも、直接触れ合うのは生理的に無理だった!?
「ご、ごめん! 嫌ならいいんだ! 忘れてくれ! 俺が悪かった!」
そんなに嫌われてたのはかなりショックだけど、今はとにかく彼女を泣き止ませるしかなかった。
「……違います。そうではありません」
しかし、彼女は首を横に振ると、涙を拭いながら感極まった声で言った。
「クラウス様が、私の想像を遥かに超えて、これほどまでにご成長なされていたとは思わず……つい涙が……申し訳有りません……」
「は……? ど、どういうこと……?」
話の脈絡が全く掴めず、頭の上にはてなマークを浮かばせる。
そんな俺を涙で濡れた瞳で真っ直ぐに見据えながら、ヒルデちゃんが説明し始めた。
「この銀河帝国アスガルズにおいて、貴族の出産は遺伝子調整された精子と卵子を用いた『人工受精』が一般的です。『自然交接』によって子を成すことは、銀河の覇者である皇帝のみに許された、最も神聖な儀式の一つ」
彼女はそこで言葉を区切り、熱っぽい息を漏らす。
「つまり、貴方様は今まさに私に宣言されたのですね……。自身が皇帝になると……!」
「……はい?」
「ヴァン派もアース派も諸共に殲滅し、『現在の玉座に納まる偽の皇帝を排し、我こそが真なる銀河の覇者として君臨する』と!」
「いや、ちょ……ちょっと待っ――」
俺は顔を引きつらせる。
(こ、皇帝!? 俺はただ煩悩に従おうとしただけで、そんな覇道シナリオを選択した覚えなんてないんだけど……)
「ああ、クラウス様……! 貴方のその底知れぬ野心と覇気に、私は身も心も震えています……!」
制止する俺の声は、ヒルデの耳に全く届いていない。
己の全てであるライン家の血が、遂に銀河の覇を獲ろうとしていることに感極まってしまっている。
「ちょ、訂正させて! 俺はそこまでのつも――」
――ムニッ……。
必死に抵抗しようとした言葉は、押し付けられた柔肌に押し留められた。
甘い香りと、温かい体温が理性を溶かしていく。
「なれば、この身は全て貴方様に捧げます……共に、銀河を……いえ、宇宙をこの尊き血の物としましょう……」
恍惚とした表情で、言葉通り俺に身を預けてくるヒルデ。
(流石に、宇宙制覇はハードすぎるって……もうちょい良いデータならともかく、戦力も何もかも足りてないし……)
頭の片隅で、冷静な俺がストラテジーゲーマーとして警鐘を鳴らす。
だが、目の前には涙目で頬を染め、俺に全てを委ねようとしている美女がいる。
「うん、すりゅ……」
性欲に頭を支配された男に、『九九の3の段』以上の計算はできない。
こうして俺は次なる目標として、この銀河帝国の皇帝となることを余儀なくされた。
***
翌朝、小鳥の囀りと共に目覚めた俺は、重い腰を上げて執務室の机に向かっていた。
「……やっちまった」
机に肘をついて、頭を抱える。
蘇るのは昨夜の記憶。
性欲と勢いに任せて、とんでもないことを言ってしまった。
銀河皇帝。
つまり、国内の全勢力を敵に回しての完全勝利エンドだ。
現状の戦力はボロ戦艦一隻と、稼働時間の短いワンオフ機が一機のみ。
不可能も不可能の、無理ゲーにも程がある。
「でも、約束しちまった以上はやるしかないよなぁ……」
ていうかあれだけ喜ばせておいて、破ったら今度こそ間違いなく殺されると思う。
デスクの上にホログラムを展開し、銀河帝国の勢力図を表示させる。
ヴァン派、アース派、そして中立勢力や周辺諸国。
こいつらを全員出し抜き、頂点に立つためのストラテジーを構築しなければならない。
「ただの戦略ゲーなら物量で押しつぶされて終わりだけど、ここはそうじゃない……」
俺はこのゲームのことを1mmも知らない。
でも、ここがゲームの世界であるというメタ視点を持っている。
ストーリー、シナリオ、ナラティブ……呼び方は多々あれど、どんなゲームにも『物語』がある。
そして、その中心点には必ず、運命の車輪を回す特異点が存在する。
「まずは見つけるとするか……」
俺は虚空に浮かぶ星図を指でなぞり、一つの結論を導き出す。
「この1mmも知らない世界の主人公を……!」
1ターン目が終わり、2ターン目にやることは決まった。
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