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第13話:デビュー戦を終えて

 ――ライン艦隊旗艦ヤールングレイプルの格納庫。


「……くっ!」


 フリストのコックピットから降りた瞬間に、まるで重力が十倍になったようにその場に崩れ落ちそうになった。


「だ、大丈夫ですか!? お兄様!」

「ちょっとちょっと、せっかく勝ったんだから君まで倒れないでよ~?」


 心配そうに駆け寄ってきたレティシアとライラの二人に、手を振って応える気力も湧かない。

 身体が鉛のように重いし、脳味噌を直接揺さぶられたような酩酊感もある。

 数字では確認できないが、自分のMPが完全に枯渇しているのが分かる。


「……無理もありません」


 倒れそうになった俺の身体を、後ろからふわりと柔らかい感触が支えてくれた。

 同じくコックピットの前部座席から降りてきたヒルデだ。


「ありがとう、ヒルデちゃん……助かるよ」


 感謝の言葉を述べるが、彼女からの返答はない。


「……もしかして、怒ってる?」

「当然です」


 彼女は少しだけ膨れっ面をして、俺の方を見ずに答えた。


「こんな無茶をして……もし失敗していたら、どうなっていたか」

「まじそれなー。いきなり、『緊急脱出装置を外して、複座式に改造しろ』とか言い出した時は正気を疑ったし」

「本当に。私もお兄様が出撃なされると聞いた時は、卒倒しかけましたわ」


 ライラとレティシアの二人も呆れたように肩をすくめる。

 そう、これが俺の用意した『切り札』にして、ヒルデに見せた『覚悟』だ。


 U.S.E.R.専用人型機動兵器『ヴァルキュリア』――その試製一号機『フリスト』には、大きな欠陥があった。

 それは搭乗者の星源力の消費が想定よりも遥かに激しく、フルスペックでの動作が数分と保たないこと。

 特に搭乗者として想定している戦闘タイプのU.S.E.R.は星源力総量が少なく、その欠陥がより顕著に現れる。


 なら、どうすればその問題を解決できる?


 単純な話だ。

 機体に動力を供給するジェネレーターを、もう一つ増やせばいい。


 ヒルデを操縦担当のメインパイロットに据え、増設した後部座席に人間ジェネレーターとして俺が座る。

 ついでに環境データの入力などの補助作業も行えば、一石二鳥だ。


 もちろん、正規の設計ではない突貫工事。

 スペースを確保するために、パイロットの命を守る緊急脱出装置をオミットする狂気の沙汰と引き換えにした。


 おまけに、俺はこのためにスキルポイントの全てを【星源力最大値増加】の小ノード取得にぶち込んでいた。

 戦闘スキル皆無の完全な『人間ジェネレーター特化ビルド』。

 これなら、ヒルデの操縦技術を最大限に活かしつつ、活動時間を数倍に伸ばせる。

 それ以外では何の役にも立たない木偶の坊ができてしまったのは、後々解決することにして……。


「まあ、結果的に上手くいったんだから、万事OKだろ?」

「……結果論です。本当に……無茶を……」

「でもさー、あの演説はまじ最高だったね! 『既存の戦争は終わった。このヴァルキュリアが終わらせた』って! 超クール! 私も言いたーい!」


 ライラが興奮気味に、俺の口調を真似てポーズまで取る。


「まあ、九割はハッタリだけどな」

「えっ!? ハッタリ!?」


 目を丸くするライラに、俺は苦笑しながら説明する。


「当たり前だろ。5隻の戦艦相手でこんだけヘロヘロになってるのに、それ以上の大艦隊が相手なんて無理ゲーにも程がある」

「ええー……じゃあ、なんであんな喧嘩売るようなこと言ったの?」

「『未知の新型兵器』への恐怖を植え付けるためだ」


 俺はレティシアから受け取った栄養ドリンクを一気に飲み干し、息をつく。


「人間ってのは、正体が分からないものを一番恐れる。たった一機で艦隊を全滅させた『謎の新型兵器』。しかも、底が見えない自信満々な態度。これを真っ向から攻めようとする馬鹿はそういない」

「なるほど……。敵に『他にも奥の手があるんじゃないか?』とか『攻め込んだら返り討ちに遭うんじゃないか?』って疑心暗鬼にさせるわけね」

「そういうこと。これで当分の間、大規模な侵攻は防げるはずだ。その間に、本当の意味で対抗できる力をつけなきゃいけないけど」


 そこまで話すと、再び強烈な疲労感が襲ってきた。

 緊張の糸が切れたせいか、立っているのもやっとだ。


「悪い。ちょっと限界……ヒルデちゃん、家に戻るまでベッドで休みたいから部屋まで肩貸してくんない?」

「……仕方ありませんね」


 ヒルデは小さく溜息をつき、けれどその表情はどこか嬉しそうに微笑んでいた。


***


 ――その日の夜、惑星ローレライのライン伯爵邸。


 自室のベッドで泥のように眠っていた俺は、部屋の扉が開く微かな音で目を覚ました。


「んぁ……? 誰……? ヒルデちゃん……?」


 寝ぼけ眼をこすりながら身体を起こすと、月明かりを背にした彼女のシルエットが見えた。

 いつものカッチリとした秘書用の服ではなく、違う格好をしているのがそこから分かる。


「……はい」

「どしたの? こんな夜に……敵襲? それともフリストに何かあった?」

「いえ、私の……役目を果たしに参りました」


 静かな、けれど妙に熱の籠もった声が鼓膜を揺らす。


「役目……?」


 俺がベッドに寝たまま、首を傾げたのと同時だった。

 ギィィ……と軋む音が鳴り、彼女がベッドへと上がり込んでくる。


「ちょ、ヒルデちゃ――」


 制止する間もなく、彼女は俺の身体に跨った。

 至近距離で見下ろす彼女の瞳は、昼間の戦闘時よりも妖しく、潤んでいる。

 そして、月明かりでようやく見えたその姿は、薄い一枚のネグリジェだけに包まれていた。


「あ、あの……ヒルデちゃん……?」


 月光に透ける白い肌と、漂う甘い香りに、思考回路がショートしかける。


「クラウス様」


 彼女は俺の胸に手を置き、熱っぽい吐息と共に囁いた。


「貴方様は証明なさいました。その血の尊さと、領主としての器の大きさを」

「え、あ、うん……?」

「ならば、私の成すべきことは一つ」


 彼女の少し冷たい手が、俺の寝間着のボタンに熱く触れる。


御種(おたね)を、頂戴します」

「……はい?」


 俺の間抜けな返答と共に、夜の静寂は甘美な混乱へと塗り替えられていった。

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