第10話:迫る刻限
一方その頃、ライン領から数千光年彼方……ヴァン派貴族連合が支配する領域の深奥。
水の惑星ヴァナ――その全土を覆う海に浮かぶ巨大な海上都市ノアトゥーン。
その中枢にある『海王宮』の大会議室に、重苦しい空気が漂っていた。
円卓を囲むのは、アスガルズ銀河帝国の半分を支配するヴァン派の有力貴族たち。
その中心、上座に座るのは派閥の盟主にして前皇帝の従弟でもあるニョルン大公だ。
彼は卓上に展開された勢力図を見ながら、不機嫌そうに指で卓を叩いていた。
「……して、『ヨルムンガンド』の攻略状況はどうなっている?」
大公の低い問いに、軍務尚書が脂汗を浮かべながら立ち上がる。
「げ、現在……第三、第四艦隊が波状攻撃を仕掛けておりますが、未だ外郭防衛線を突破できておりません」
「被害状況は?」
「巡洋艦が12隻大破、駆逐艦は30隻を喪失。主力戦艦級にも少なくない被害が出ています。率直に申し上げて、これ以上の正面攻撃はいたずらに戦力を浪費するだけかと……」
報告を聞き、円卓の貴族たちが苦々しい顔を見合わせる。
帝国が誇る最大の宇宙要塞『ヨルムンガンド』。
銀河の要衝に鎮座する障壁の攻略をなくして、帝位の簒奪は成らない。
だが、その圧倒的な威力は依然としてヴァン派の侵攻を完全に阻止していた。
「膠着、か。真正面から噛み砕くには骨が折れすぎるな」
ニョルンは冷ややかな視線を『主戦場』から逸らし、広大な銀河の辺境へと向けた。
「……で、あれば必要なのはやはり搦め手か」
彼が指差したのは、主戦場から大きく離れた宙域にある、小さな光点。
「第九銀河区、惑星ローレライ。かつての名門、ライン伯爵家の所領だ」
その言葉に、円卓の貴族たちが僅かに表情を曇らせた。
「ライン領、ですか……確かに、あの場所を押さえれば『虹の橋』の新たな中継点を開放できる可能性が高いと最新の測定結果が出ています。そうすれば、あの忌々しい『ヨルムンガンド』を迂回して、アース派の領域内に拠点を作れるに等しいが……」
片眼鏡の老貴族が、渋い顔で言葉を濁す。
「しかし、あそこは中立を保つ『静観勢力』の一つですぞ」
この帝位争いにおいて、どちらの派閥にも属さず、静観を決め込む領主は少なくない。
彼らに不用意に手を出せば、他の静観勢力まで敵に回す恐れがある。
また、将来的に帝国を統一した際のことを考えれば、国力をいたずらに削ぐのも得策ではない。
それが、この内乱における『暗黙の了解』として、これまでは機能していた。
「ライン家は腐っても、かつての名門です。これに攻め入れば、他の様子見をしている貴族たちが『明日は我が身』と危機感を抱き、第一皇子……アース派へと雪崩込む危険性があります」
「故に、これまで我々は静観していた」
ニョルン大公が、冷徹に告げる。
「だが、状況は変わった。ヨルムンガンドが落ちぬ以上、多少の政治的リスクを冒してでも新たなルートを開拓する価値が出てきたのだ」
「し、しかし……」
「それに、だ」
大公は言葉を遮り、鋭い視線を全体に巡らせた。
「長引く戦況に、日和見主義の小貴族たちが増長し始めている。『ヴァン派は決め手にかけている。最終的には、帝位には届かずに折れるだろう』とな。舐められたものだ」
彼は苛立ちを隠しもせずに、円卓を指で叩く。
「ここらで一つ、武力による『楔』が必要なのだよ」
「で、あればまずは降伏勧告を行うべきでは? 相手は没落貴族。大艦隊を見せつければ即座に恭順を示すでしょう。無血開城させれば、他の勢力への刺激も抑えられます」
「それでは『楔』にならんだろう。必要なのは、恐怖だ。我らに逆らえば、次にこうなるのは自分たちだという恐怖を与えねばならんのだ」
彼は立ち上がり、断言した。
「それに、どちらにせよライン領は戦場になる。アース派の連中もビフレストの件については、既に情報を得ているだろうからな。腐りきった旧体制の手にかかる前に、我々が引導を渡してやるのも、また慈悲の一つだろう」
大公の言葉に反論できるものはいなかった。
後は、誰がその役目を担うのか。
静観勢力を攻撃したとなれば、内乱後の処理で生贄として切り捨てられる可能性もある。
できれば、自分たちに白羽の矢が立たないで欲しいヴァン派の面々は内心で願う。
「エイギル卿」
「はっ」
大公の声に応じ、背後の闇から1人の男が音もなく進み出た。
エイギル・ゼークト騎士爵。
細身の軍服を隙なく着こなし、感情の読めない瞳を湛えた静かな男。
優秀な軍人であり、ヴァン派きっての『智将』と謳われる彼は、静かに大公の言葉を待つ。
「貴様に、ライン領攻略の任を与える。降伏も、弁明も聞く必要はない。徹底的に破壊し、恐怖を刻み込め」
「御意」
短く、しかし力強い承諾。
そこからは主である大公への強い忠誠が感じ取られた。
「そのために、貴様にはこれだけの戦力を預ける」
大公が手元のコンソールを操作し、ホログラムの艦隊を宙空に表示させた。
ニョルズ級戦艦が5隻。
リンドブルム級巡洋艦が20隻に、各級駆逐艦が計50隻。
それを見た各貴族から大きな驚愕の声が上がる。
トール級戦艦1隻しか持たぬ一地方領主を攻めるには、あまりにも過剰な戦力だった。
「有り難く」
だが、エイギルは眉一つ動かさずにそれを受け入れた。
大公の真意――単なる軍事作戦ではない、政治的な処刑をどう実現するかの絵図を心中に描きながら。
***
「レティシア! ヒルデちゃんは!?」
地上へと帰還する輸送船。
その一角にある医務室から白衣姿の妹が出てきた瞬間、俺は詰め寄った。
「落ち着いてください。お兄様。声を荒げなくても聞こえていますわ」
レティシアは狼狽する俺に若干驚きつつも、すぐに冷静に状況を説明し始める。
「単なる『過労』の症状です。今は脳を休めるために鎮静剤で眠っていますが、命に別状はありません」
「過労……? そっか、よかった……」
よもやの最悪の自体は免れたと知り、俺はへなへなと壁に背を預けた。
だが、その安堵も一瞬で消え失せる。
(……いや、単なる過労で済ませていい問題じゃない)
脳裏に蘇るのは、テストの度に汗だくになり、肩で息をしていたヒルデの姿。
てっきり、機体内部の暑さや不慣れな操縦のせいだろうと考えていた。
でも、そうじゃなかった。
あの機体は『U.S.E.R.』の感覚をダイレクトに反映させる操作系を取り入れている。
そのために脳波での感覚的な操作に加えて、U.S.E.R.のみが扱える星源力を補助動力として活用している。
つまり、ゲーム的に言えばMPが垂れ流しの状態。
けど、ヒルデちゃんはゲームデザイン上で近接アタッカーとして設定されているキャラだ。
MP(星源力)の最大容量はあまり高くないのかもしれない。
もちろん、それでも大丈夫なようにフィードバックを重ねて設計をしたはずだった。
でも、本人のあの想像以上に背負いすぎる性格を考慮していなかった。
ずっと気丈に振る舞っていただけで、最初から想像以上の負荷がかかっていたに違いない。
俺は自分の生存ルートばかりに気を取られて、彼女のことを全く気にかけられていなかった。
「……クラウス、様……?」
俺が自分の間抜けさに愕然とした時、開いた扉の奥から細い声が響いてきた。
俺は弾かれたように、医務室の中へと駆け込む。
「ヒルデちゃん!」
無機質な医療用ベッドの上に、彼女が横たわっていた。
顔色は白紙のように青白く、点滴用のチューブが痛々しく繋がれている。
「申し訳、ありません……このような醜態を……」
「なんでヒルデちゃんが謝るんだよ。謝るのは俺の方だ。俺が、もっと早く気づいていれば……」
俺はベッドの脇に膝をついて、彼女の冷たい手を握りしめる。
「向こうのことは俺がなんとかする。ヒルデちゃんは、とにかく今は休んでくれ。後のことは――」
「……いいえ」
ヒルデは弱々しく首を横に振ると、手元のデバイスを操作し、宙空に何かを表示された。
「これは……?」
「帝国領から離脱する、民間シャトルの旅券です。万が一の時を考えて、手配しておりました……」
彼女の言葉に、俺は息を呑む。
「各国間の中立地帯にあるコロニーに、身を隠せる場所も手配してあります……。レティシア様を連れて、そこにお逃げください……」
「は……?」
「ヴァン派の侵攻まではまだ、幾ばくかの猶予があります。後のことは私に任せて、クラウス様は……」
「ふざけるなよ!」
彼女の提案に、俺は思わず大声を上げてしまった。
「逃げろだって? 逃亡するなら介錯してやるって脅したのは、どこの誰だよ! 家を捨てて逃げるなんて恥晒しは許さないんじゃなかったのか!?」
俺の怒声に対し、ヒルデは力なく、けれどどこか誇らしげに微笑んだ。
「……貴方様は、この数ヶ月で示してくださいました」
彼女の瞳が、潤んでいる。
「ライン家を背負うに相応しい、立派なご当主としての姿を……。技術を尽くし、知恵を絞り、最後まで足掻こうとされた。そのお姿を見られただけで、私はもう十分です」
「ヒルデ、ちゃん……」
「その『尊き血』を守るのが、私の最後の役目……どうか、生きてください……」
それは最上級の忠誠だった。
あれだけ激重な覚悟を俺に突きつけておきながら、いざ破滅が確定したら、自分を犠牲にしてでも主君を生かそうとする。
「……なんだよ、それ。散々、逃げるなって脅したのはそっちだろ……」
俺は唇を強く噛み締める。
確かに、このままだと全員揃って死ぬだけだ。
今の彼女を乗せても試製一号機のフルスペックでの稼働可能時間は、数分にも満たない。
攻め入ってくる敵勢力の艦隊を相手取るのは不可能だろう。
ここは戦略的にも、彼女を見捨てて逃げるのが最善手。
どんなに強力なユニットでも、所詮はコマの一つでしかない。
ストラテジーゲームにおいては、時には捨てるのも戦略の一つだ。
指揮官の命さえ繋げば、後からいくらでも逆転の機会は掴めるのだから。
そうするのが、彼女にとっても本望だろう。
「本当に……申し訳有りません……私が、不甲斐ないばかりに……」
涙の滲んだ声を、ヒルデが弱々しく絞り出す。
「分かった。ヒルデちゃん……」
「では――」
「死ぬなら、二人で一緒に死のう」
俺はヒルデの蒼い目を見据えて、はっきりと告げる。
忠臣にここまで言わせて、本当に逃げたら男が廃る。
時には最適解よりもロマンを追い求めるのも、またゲーマーだ。
さっき、彼女は俺が既に覚悟を見せたと言った。
しかし、それは大きな誤りだ。
激重感情には、激重感情。
俺が真に覚悟を見せるのは、ここからだ。




