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それは劇場、あるいは国会

作者: イチジク

夜の国会は、劇場になった。

石造りの廊下はひんやりとしているが、往く視線は温度をもって人を焼く。カメラの赤いインジケーターが点滅し、誰かの息づかいが小さく波打つ――演出家はそのすべてを数式のように読み上げている。

舞台袖には、女性政治家が立っていた。背筋を伸ばし、手には古い譜面のような政策書が握られている。ページの端には「強い日本を取り戻す」とだけ書かれていて、彼女は舞台で放つ言葉の鋭さを、静かに確かめていた。

対照的に青年政治家は、スマートフォンを掌に抱え、画面に踊る「いいね」と「シェア」を目で追っていた。笑顔は写真映えするよう調整され、言葉は短く、バイラルを狙う刈り込みの済んだ文章のようだ。だが舞台裏の照明は、時折その笑顔の縫い目を映し出す。

舞台監督が近づき、低い声で言った。「今日の芝居は勝負だ。手を抜くな。観客は最後に裏返るかもしれないが、今はその力を与えてやるんだ。」

楽屋は、手際よく仕立てられた宣伝と数字で満ちていた。青年の側には名刺を山のように抱えた若者たちがいて、指先はキーボードを叩き、コメント欄に静かに火を灯す。火は小さく見えるが、集合すれば容易に燃え広がる。

「導線でできている」若者の一人が言った。

「比喩じゃない。火をつける場所を間違えなければ、どんな人間も光る。」

青年は一瞬顔を曇らせ、やがて言った。「でも、その導線が切れたら、帰る場所はどこにもない。」

夜が深まると、テレビの画面は正確な裁判長のように振る舞う。ナレーションは感情の輪郭を作り、グラフは安心と不安を同時に語る。女性政治家の演説には拍手が重なり、青年の場面では「いいね」と「シェア」が音量を上げる。演出は成功しているように見えた。しかしその裏には、いつも小さな亀裂が潜んでいる。

翌朝、急進的なブログの見出しが走る。「操作された賞賛」「コメントの代行」。新聞は慌ただしく動き、SNSは反応の連鎖で震えた。青年の陣営は最初に否定した。否定は巧妙に練られ、言葉の端に「誤解」を置く余白が計算されている。だが誤解は重なると、人々は誤解を本物だと感じ始める。

「誰が始めたのか」記者が問いかける。

「誰が終わらせるのか」青年は答えず、画面を見つめ続ける。

数日後、物語は別の軌道を描き始める。女性政治家の支持層は動揺せず、むしろ強さの象徴として彼女を求心する。青年の支持者は割れ、ある者は弁明を信じ、ある者は冷笑を選ぶ。世論は波紋となり、波紋は小さな島を再形成した。誰もが自分の島で暮らすことを選ぶ。

風刺は冷たい。権力は、真実を必要としない仕方で機能する。演技が上手ければ、嘘は看板を張り替えられる。市民はその看板を見て安心し、安心は時に投票へと変わる。だが投票行為は、拍手と同じ音で鳴ることもある。音は音で、内容を必ずしも反映しない。

ある晩、青年は古いバーに忍び込んだ。店の名前は「反射鏡」。マスターは無口で、グラスの縁に微かな泡だけを残す。青年はカウンターで小さく笑い、言った。「僕たちはいつの間にか、自分の褒め言葉で生きるようになった気がする。」

マスターは目を細めて答えた。「褒め言葉は燃料だ。燃料は使えば尽きる。問題は次に何を焚くかだ。」

青年はふと、遠い日の自分を思い出す。政治を志した理由は、最初は純粋だった。誰かの声を取り、困り事を解くためだった。しかし舞台の熱量が高まるにつれ、彼はその純粋を小さな箱に封じ、見世物の光で箱を磨いた。箱は光るが、中身は見えない。

舞台の中央に立つ女性政治家は、カメラのフレームを読む達人だった。言葉を選び、沈黙を使い、必要な瞬間に鋭く切り込む。勝利は演出の勝利でもあり、政治の古い梯子を一段上がる計算の勝利でもある。勝利の匂いは甘く、だが甘さの奥には鉄の味が混じる。

結末は単純すぎず、残酷でもない。舞台は進み、観客は拍手を送り、時折嘲りの笑いを漏らす者もいる。青年はやがて公の場で言葉を選びながら話すようになる。言葉は以前より慎重になり、時には虚ろにも見えるが、一部には届く。女性政治家は影響力を持ち続け、国の舵を握る。だが舞台の技術はいつでも使えるし、逆にいつでも裏返る。

最後の場面で、舞台袖に一枚の鏡が置かれる。鏡は誰の顔も映すが、映る像は常に少しだけ歪んでいる。観客の一人が近づき、自分の顔を見つめる。ゆっくりと笑い、そして小さなため息をつく。笑いは掌の汗を拭うように、ため息は時代の重量を吸い込むように。

風刺は問いを投げる――演劇を続けるのか、舞台を壊すのか。問いそのものが答えを含まず、それが最も性質の悪い問いだ。だが問いがある限り、誰かが考える。そして考えることは、まだ完全には諦めていない証拠でもある。

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