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挨拶をしよう②

「おはおは~、みんな今日もよろしくねっ!」


いつものように、雛田さんが右手を挙げながら教室に入る。そんな彼女に呼応するかのように、何人かが同じように手を挙げた。


「おはおは、ひまちゃん。今日も元気だね。」

「もっちろん、ウチから元気を取ったら何も残らへんよ。」

「あっははは、まあひま、元気て言う概念そのものみたいだもんね。」


雛田さんが教室に入ってからほんの数秒しか経っていないのに、彼女の周りには人だかりが出来ていた。


流石だなあ、雛田さん。


一方僕はと言うと、そんな光景をただただ呆然と眺めながら立ち尽くしていた。いや、違うな。僕は見惚れていたんだ。いつもは横目でこっそりと見ていた雛田さんの笑顔を後ろからではあるけれど、真っ直ぐと。

それでも、そんなのはちょっとの差異でしかないだろう。僕と彼女の世界には、目には見えないけれど、超えられないような大きな壁がある、そう感じた。


住む世界が違うな。


さっきは助守の手助けもあり、彼女と会話こそ交わしたかもしれない。けれど、やっぱり僕と彼女の住む世界は別なんだ。僕はこの時、改めてそんなことを思っていた。


けれど、再びいつもとは違うことが起こったんだ。

それは、それまで友人達と朝の挨拶を交わしていた雛田さんが、チラリと僕の方へと目を向けたこと。当然、彼女に見惚れていた僕は向けられたその目と交錯する。


ドクン。


それまで薄暗い靄が掛かっていた気持ちを振り払うように、僕の胸が高鳴る。その瞬間、時が止まったかのような錯覚を覚えた。

恥ずかしい。けれど、キラキラと輝くような彼女の目は、まるで魅惑の魔力を帯びているかのようで、僕は目を逸らすことが出来なかった。


どのくらい時間が経ったのだろう。もっとも、冷静に考えてみれば、ほんの数秒にも満たない一瞬の刹那の出来事だっただろう。それまで爛々と輝く太陽のようなまん丸い目を三日月に変えると、いつもの明るく元気な声で彼女は言った。


「おはよう、小柩君。」


それまで、まるでそこに存在していないかのように、誰からも向けられていなかった視線が一気に僕に向けられる。さながら、いきなり舞台上のど真ん中に立たされたような気分だ。

たらりと僕の背に冷たい汗が流れる。ふと、視線の端にそれまで友人と話していたのであろう助守の姿があるのが見えた。


まったく、お膳立てが過ぎるんじゃないか、助守。


そう心の中で言ちりながらも、折角の雛田さんのトスだ。無視をするなんてあり得ない。だから、僕は塵ほどもない勇気を奮い立たせ、言った。


「お、おはよう。雛田さん。」


それまで友人達との歓談に花を咲かせていた教室が、シンと水を打ったように静まり返る。見ると、多くのクラスメイトが驚きからか口をポカンと開けて、目を丸くしているようだった。


まあ当然だろう。それまで、誰一人交流を持ってこなかった僕が、急に雛田さんと挨拶を交わすなんて、異常以外の何物でもないだろうから。

そんな静まり返る中、最初に口火を切ったのは助守だった。


「おはおは~小柩君。相変わらず、辛気臭い顔してるね~。」

「えっ、夢莉ちゃん。小柩君と面識あったの?超意外!」

「まあね。ヒロくん繋がりでねぇ。」

「あっ四方里君の。それなら納得っ!」

「ちょっ、それどういう意味ぃ?」


えっ、ヒロくん!?というか、さっきから助守のキャラが違い過ぎるんだけれど。


そんな風に僕が別の驚きを感じていると、それを皮切りに次々に他のクラスメイト達が僕に挨拶をしてきた。


「おはよう小柩君。今日もよろしくねっ。」

「おっす小柩。というかお前喋れたんだな。最新鋭の動くロボットかと思ってたわ。」

「いや、言いすぎだろ。まあ、正直俺も小柩は誰とも会話なんてしたくないって思ってると思ってたから、ちょっと距離を置いてたから人のこと言えんかもだけど。でも、これからは同じクラスメイト同士、もっと話そうぜ。」


渡る世間に鬼はない、ということわざもあるけれど、僕はこの時この言葉がふと脳裏に浮かんだ。

それと同時に、僕がいかにこれまでこんなに気持ちのいいクラスメイト達のことから目を逸らし、一人勝手に殻にこもっていたのかと言うことをヒシヒシと身をもって感じていた。


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