挨拶をしよう①
「はあ、憂鬱だ。」
僕は校門の前で吐き捨てるように溜息をつく。
もっとも、いつもワクワクしながら学校に来ているわけでもないし、むしろどちらかと言うと憂鬱な気持ちが強いかもしれない。けれど、今日はこれまでとは比べ物にはならないくらいの憂鬱さだ。
まあ、ここでうだうだ考えていても仕方がない。・・・いくか。
僕は重い足取りで教室へと向かった。
「・・・はあ。」
教室の前にたどり着くと、まだ朝と言うのに、もう何度目なのか分からない溜息が僕の口から漏れた。そして、扉の前で立ち尽くす。
空調の為に完全に締め切られているというのに、中からはクラスメイト達がワイワイと楽し気に騒ぐ声がする。いつもは気にも留めていなかったけれど、今からこの喧騒の中に割って入るのか。
そう思うと、目の前の何の変哲もない引き戸が地獄へと続く大きな門のように見えた。
「うん?どしたの小柩君。入らんの?」
「っ!?」
そんな風に僕がうだうだとしていると、横から突然声を掛けられた。その声に僕は口から心臓が飛び出しそうになる。その驚き様に僕に声を掛けた人物も驚いたような声を上げた。
「うわっ、びっくりした。そんな驚かんでよ。」
ケラケラと可笑しそうに笑いながら、その人物はバシッと僕の肩を叩く。そこでようやく僕はその声の主の方へと顔を向けた。
そこにいたのは、これまで関わることはないと思っていた雛田陽葵、その人だった。
「えっ、あ、いやその。」
今度は別の意味で驚き混乱する。何か返事を返さなければならない。そう思いはするものの、混乱で僕の口から正常な文章を紡ぐことが出来そうになかった。
ただ、雛田さんはそんな僕を気にする様子もなく、未だケラケラと笑いながら言葉を続ける。
「それよりさ、聞いたよ。小柩君、何かコミュニケーショントレーニング?みたいなことを今日からしようとしてるんやって?」
「・・・えっ?」
何だその話。僕自身初耳だぞ。
「まあウチにはよう分からんけど、みんなと仲良くしようと言う事は分かる。それってめっちゃ良いことやと思うわ。」
うんうんと大袈裟に頷く雛田さん。その動きから友人に動きがうるさいなんて冗談を言われている光景を見たことはあるけれど、僕にはそれが大型犬・・・は雛田さんに失礼かもしれないけれど、なにかそれに通ずる愛らしさを感じて、胸に何か温かいものが広がるのを感じた。
・・・いや、見惚れている場合か、僕。
僕は未だ正常に機能していない言語能力をフル稼働させ、捻り出す様に雛田さんに訊ねた。
「あ、えと・・・、い、今の話・・・誰・・・から?」
我ながら酷いなとは思いつつ、言いたいことは伝わったと思う。すると、どうやら予想通り雛田さん伝わったようで、ニコニコと輝くような笑みを浮かべながら答えた。
「誰から?うーん、ウチ等とはクラス違うけん小柩君が知っとるか分からへんのやけど、五組の助守夢莉って子。」
ああ、なるほど。まあ、そりゃそうか。人脈なんて欠片もない僕の情報なんて、四方里か助守のどちらかしかあり得ないのだから。
「ウチ、その子と友達なんやけど・・・ってあれ?よう考えたら、夢莉ちゃんから小柩君の話なんて・・・。あっ、もしかして、小柩君と夢莉ちゃんて知り合い?」
「えっ、ああうん。そうですね。」
「あっやっぱりそうなんや。通りで。やっぱり夢莉ちゃんは優しいな。」
優しい?アイツが?僕としては、今の所悪魔の様にしか思えないんだけど。
それより「通りで」、という言葉に僕は少し引っ掛かりを覚えた。どういう意味なのだろう。ただ、そんな引っ掛かりを気にする余裕もなく、雛田さんは話し続けた。
「じゃあ今度、一緒に夢莉ちゃんに会いに五組へ行こうや。多分、夢莉ちゃんと知り合いってことは四方里君とも知り合いやろうし。あっ、もしかして四方里君繋がり?」
「ああうん。・・・そう言えなくもないかも。」
一緒に!?雛田さんと一緒に!?一体、何が起こっているんだ。
僕は更に混乱を極める。その為、僕の思考回路はショートを起こしそうな程、追い込まれていた。
そんな風に僕が頭を沸騰させていると、何を思ったのか、雛田さんが慌てたように言った。
「ああゴメンね。お喋りが過ぎたよね。じゃあ、小柩君。ウチも手伝うから皆に挨拶をしよう。」
そう言って、雛田さんはガラッと教室の扉を開いた。