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プロローグ

愛とは何なのか。


そんな哲学的な問いの答えを僕のような青二才には持ち合わせていない。ただ最近、その一端をほのかに感じている。

いや、正確には愛ではなく、恋というものなのかもしれない。もっとも、僕には愛と恋の違いもよく分からないのだけれど。


・・・言い訳はここまでにしよう。端的に言うならば、今僕には気になる人がいる。ただ、この気になっているという気持ちが果たして恋愛感情から来るものなのかどうか判断が付かないでいる。

それに、僕は今もこうして————。


「おはおはー、今日もよろしくねっ!」


僕は今もこうして、真夏の向日葵畑のように輝く笑顔を振りまきながら、皆に朝の挨拶をして回る彼女を遠巻きに見ているだけで、心に新鮮な水が注がれるような気持ちになっていた。そう、端的に言うなら幸せを感じていた。

だから、無理に今のこの状況を変える必要なない。仮に、今のこの気持ちが愛だとしても、その愛を成就させる必要もない。


そうだ、それでいい。


それでいい、僕は密かにそう思っていた。・・・そう思っていたんだ。それなのに。


「今君は恋をしているねっ!」


短い春が過ぎ、季節が茹だる様な夏の気配を見せ始めた頃のことだ。昼休みに、僕がいつものように図書室へと向かっていた時のことだった。突然、目の前に二人組の男女が現れたかと思うと、その内の男子生徒がそんな言葉を発してきた。


「・・・はぁ?」


僕は意味が分からず、そう返すと、男は再び言った。


「今君は恋をしているねっ!」

「隠しても無駄。」


ただ、今度は男の後に、連れの女子生徒がそう言葉を続けた。


「いや、だから、と、突然何ですか?藪から棒に。」

「照れる気持ちは理解る。けれど、恋というものは尊いものだ。決して恥ずかしいものではないんだよっ!」


僕の混乱をよそに、男は僕の両肩をポンポンと馴れ馴れしく叩いてきた。流石にこの行動には我慢の限界で、僕は彼の手を振りほどく。そして少し怒気を含めて言った。


「そもそもあなた達は誰なんですか!?」

「誰かだって?」


僕に手を振りほどかられて、少し目を丸くしていた男は、僕のこの言葉を聞くや否や、待ってましたと言わんばかりに鼻を膨らませた。


「私達は恋愛戦略部。恋に悩める人々に手を差し伸べ、後押しする者さ。」

「れ、恋愛戦略部?」


聞いたことがない。僕も春波高校に通い始めて2年になるけれど、そんな部活があるなんて知らなかった。

なので、得意げに話す男の言葉に、僕が少し面を食らっていると、隣にいる少女がボソリと言葉を続けた。


「・・・もっとも学校非公認の同好会みたいなものだけど。」

夢莉(ゆり)くん、何度も言っているだろう。気持ちの問題さ。私達が部活だと思っているならそんな問題は些細なことさ。」


些細なことか?まあどうでもいいけど。


それよりも、勝手に後押しされるなんて、お節介もいい所だ。だから僕は言った。


「そうですか。とにかく、僕には必要なさそうなので、失礼しますね。」


そう言って、僕は彼らを躱して改めて図書室へ向かおうとする。けれど、そんな僕を逃すまいと男が僕の右肩をがっしりと掴んできた。


「まあ待ちたまえよ、仔羊くん。」

小柩(こひつぎ)です。とりあえず、手を離してくれませんか?」


僕は気にせず、歩を進めようとした。けれど、先程とは違い、彼の手はがっしりと僕の肩を掴んでおり、振りほどけなかった。


「・・・好きなんだろ?雛田陽葵(ひなたひまり)のことを。」


その名前を耳にした僕はピクリと身体を硬直させてしまった。


どうして、知っている。


動揺と共に、僕の脳内にはそんな言葉がよぎった。


「・・・どうやら図星のようだね。」


後ろでニヤリと男が笑ったような気がした。けれど、僕は苦し紛れに言った。


「な、なんのことですか?た、確かに雛田さんとは同じクラスメイトではありますが、話したこともほとんどありませんし、正直どういった人なのかも僕は詳しくは知りません。そ、そういったあまり知らない人を好きになることはあまり考えられないと僕は思う訳です。だからそれはあくまでもあなたの推測、思い込みではないでしょうか?」

「言葉が増えた。人は嘘をつく時や何かを誤魔化す時、言い訳などのどうでもいい言い回しが増えることが多い。おそらく、今のあなたにも当てはまる。」


静かに少女が呟く。しかし、その呟きが僕の胸にぐさりと突き刺さるのを感じた。


「ぐっ。」


ぐうの音も出ないとはこのことか。


そう思っていると、男はどこか楽し気に言った。


「まあいいさ、否定するならそれでも。どうやら忙しい君とは違ってこちとら暇で暇でしょうがないんだ。だからついうっかり噂話として今の話を誰かにしてしまうかもしれないかもなぁ。」

「・・・脅迫ですよ、それ。」

「ふふふ、こちとら別に善人を気取ってる訳ではないのさ。私はただ、自分が知ったことが正しいのか、それをじっ・・・もとい検証してみたいだけなんだから。」


おい、コイツ実験て言いかけたぞ。いや、検証もほとんど同じ意味かもしれないけれど。


「・・・なんで、僕なんですか?」

「簡単さ。私も恋愛経験など皆無なんだ。それにコミュニケーション能力も人並み以下だと自負している。だから、私以上に恋愛経験やコミュ力が低そうな君相手なら指導できると思ったのさ。」


・・・殴っていいだろうか。今なら許される気がする。


僕が密かに怒りでわなわなと身を震わせていると、改めて少女が僕の目の前に立ちふさがった。


「それでどうする?私達が暴露させるか、それとも自分自身で告白という形で暴露させるか。」


まるで機械のように無表情でそう告げる彼女に、更に怒りを覚える。けれど、真っ直ぐ僕の目を見ながら話す彼女に、僕はこの脅しは本気である。そう感じざるを得なかった。


別に噂話程度、無視したらいいのではないか?


そう思う人もいるかもしれない。けれど、ただでさえ友人関係が希薄である僕に、そんな噂が立ったらどうなるのか、考えたくもない。

だから、僕はその脅しく。ただただ膝を屈するしかなった。


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