隣の確率操作
昼休み、静かな図書室では何人かの生徒が読書をしている。
新たに図書室に入ってきた生徒が、一人の生徒の隣に座りながら、触れてしまいそうな距離まで椅子を近づけた。
「次のホームルームで席替えするんだよね?」
読書をしていた生徒は苦笑しながら顔を上げると、本を閉じて机に置いた。
「そうだね。それが?」
「前回の席替えと同じ、くじ引きだとして、希望する席になる確率ってどのくらい?」
質問された生徒は呆れたように溜息をついた。
「それ、本気で聞いてる?」
「ごめんごめん。単純に希望する席じゃなくて、特定の席の隣っていうこと」
「問題の難易度としては、大して変わらないと思うけど」
生徒はそう言うと、からかうような笑みを浮かべる。
「そんな相手がいたんだ? 全然気付かなかった」
「まぁね。それで、どのくらい?」
「隣ならどこでもいいんだよね?」
「うん」
「簡単だけど、意外とめんどくさいな。30人で、等間隔に6列だから」
そう言うと、生徒は少しの間天井を見つめた。
「87分の5かな。思ったよりは高いね」
「数字が中途半端で、想像しづらいんですけど」
口をとがらせる生徒に、相手が苦笑する。
「6パーセントくらい」
「低いよ!」
やや大きな声に、周囲で読書をしていた生徒が顔を上げる。声を上げた生徒はばつが悪そうに軽く頭を下げ、相手はまた苦笑した。
「どうにかならない?」
「確率はどうにもならないよ」
生徒はそう笑いながら首を振った。
「それなら、くじ引きの時に何か出来ないかな?」
「何か細工するにしても、くじを引くだけだからね。くじを作る人じゃないと難しいんじゃない?」
それを聞いた生徒は、不敵な笑みを浮かべた。
「こんなこともあろうかと、くじは私が作るって言ってあるんだ」
「こんなこともあろうかと」
相手の言ったことを呟くように繰り返すと、生徒は笑った。
「細工するつもりだったんなら、最初から確率なんて気にしなくていいのに」
「必要なさそうなら真面目にくじ引きするつもりだったし」
「はいはい」
「それで、どうすればいいの?」
「隣になりたいって人の協力も必要だけど」
「それは大丈夫」
生徒はまた不敵な笑みを浮かべると胸を張った。
「ふーん。まぁ、やることは簡単だよ。自分とその人でそれぞれ抜き取ったくじを持っておいて、引いたふりをすればいいだけ」
「ホントに簡単だ。前回は入口側の前の席から、後ろに向かって数字が並んでたよね?」
「うん」
相手が頷くのを見ると、生徒はすでに用意してあったらしい紙切れの束をポケットから取り出し、次々と数字を書き込んでは折り畳んでいく。相手は机の上の本を手に取ると、読書を再開した。
「それじゃ、はい、これ」
くじの作成を終えた生徒が「30」と書かれたものを相手に差し出す。相手は再び本を閉じて机に置き、それを受け取りながら小さく笑った。
「何? 隣になりたいのって、私?」
尋ねられた生徒は悪戯っぽく笑いながら「25」と書かれたくじをひらひらと指先で揺らした。
「問題ないでしょ?」
「まぁ、席自体は一番いい場所だし、別にいいけど」
「素直じゃないなぁ」
「はいはい。そろそろ教室に戻るよ」
「はいはい」
生徒が苦笑しながら机の上の本を手に席を立ち、笑いながら隣に並んだ相手と、図書室を後にする。
昼休みの終わりを告げるチャイムが響く中、二人は揃って教室に戻った。
二人が教室の黒板に見たのは、座席を表わす格子の中、不規則に並ぶ数字だった。
「6パーセントかぁ」
二人は声を上げて笑った。